見習い天女奮闘記 ~私だって、みんなのお役に立ちたいですっ!~
エール
第1話 見習い天女
「仙人とその一族が住む」と言われている、藩内でも有数の大きさを誇り、そして厳重な警備が敷かれている屋敷がある。
一人の少女が、屋敷の規模から考えると質素な造りの廊下を歩いていた。
藩内の夏祭りにて早朝の舞を奉納し、お礼として神主から御神酒を預かったので、その報告を母親にしようとしていたのだ。
彼女の名は、
数え年で十五歳、満年齢ならば十四歳。既に正式な『巫女』の資格を取得している。
父親は、藩内でも有数の大商人であり、また彼が持つ不思議な力で数々の奇跡を起こしてきたこともあり、「時空の仙人」または単に「仙人」と敬われている。
彼の気さくな人柄を知る屋敷の使用人からは、「タクヤ様」または「タクヤさん」と親しげに呼ばれていた。
その正体は、ふとしたことがきっかけで令和の時代と三百年前の過去を、制限付きながら自由に行き来できるようになった、当時はまだ高校生だった青年だ。
彼は両腕にはめている時空間移動装置を使用して、そのタイムトラベルを最初に成功させ、そして「時空の神に、時を遡り、そして帰還することを認められた」ただ一人の人間だ。
母親の名はユウ。
彼女もタクヤと同じ不思議な力を持つことと、その美貌で、「時空の天女」または、やはり単に「天女」と呼称されていた。
彼女の正体は、夫とは逆に、享保の時代から三百年後、令和の時代へと行き来できる、「未来へと向かい、帰還することを認められた」唯一の女性だった。
タクヤとユウは、時空を越えて出会い、恋仲となり、そして十四年前に舞が生まれた。
舞はその母親の部屋の前で、
どうやら、相手は叔母であり、義理の母親の一人でもあるリンのようだった。
「……でも、あの人は江戸に出ずっぱりでしょう? 飢饉に備えての大変な時期らしいし、お願いできないわね……」
「そうね……本来なら、私が出向くべきなのでしょうけど……」
「駄目よ、身重なんだから大人しくしていなくちゃ……」
「でも、子供の命にかかわることだから……」
なにやら、深刻な話のようだ。
このままここでじっと聞いているのも申し訳ないと思った舞は、
「失礼します、舞です。あの、今朝の夏祭りの報告に来ました。入って良いでしょうか」
と挨拶をした。
「あら、舞ちゃん。どうぞ、気を使わなくていいのよ」
リンの優しい言葉だった。
それを聞いて、舞はもう一度、
「失礼します」
と挨拶をして、襖を開け、部屋の中に入っていった。
そして一通り、用件を述べた後、
「えっと、後、さっきなにか困っているような話が聞こえてきたんですけど……」
と、話題を振った。
「ああ、聞こえてたのね……ううん、あなたには関係のない……」
と、ユウがそう言いかけたところに、
「……そうだわ、ユウ。今回の件、舞ちゃんに解決してもらえばいいんじゃないかしら?」
リンは、ぽん、と手を叩いた。
「舞に? ……でも、まだこの子の手には負えないんじゃないかしら?」
ユウは心配そうな表情だ。
「そうかしら? 今まで舞ちゃんが、あなたやタクヤさんを手伝っている様子見てきたけど、もう一人前どころか、事によっては抜かれている部分もあると思うけど」
リンは舞を見て、ニコニコしながらそう話した。
それに対して、当の彼女はきょとんとしている。
「でも、まだ舞はまだ子供で……」
「もう十五歳でしょう? ユキちゃんやハルちゃんがお嫁入りしたの、このぐらいの歳だったと思うわよ」
「……そういえばそうね。いつの間にか、そんな歳になってたのね」
ユウも感慨深げだった。
「えっと……何の話でしょうか。私、何をすれば……」
舞は少々困惑している。
「ああ、ごめんなさいね……実は、大きな声では言えないんだけど……実は藩内で、三歳の子供が七日ほど前から、神隠しに遭っているらしいの」
「……神隠し? 七日も前から、ですか?」
「そう。それで、その子を捜して欲しいって言う投書が、今朝の目安箱に入っていたらしくて……近所の人たちでずっと捜していたけど見つかっていないんですって。同じ話が、役所の方からも来ているみたいなんだけど、あいにくタクヤさんが留守だから……」
「やります! 私、捜します!」
舞は、真剣な表情でそう訴えた。
「……でも、それって凄く大変な事なのよ。ひょっとしたら、怖い人たちに
ユウが沈痛な表情でそう語る。
この時代、残念ながら、いわゆる『神隠し』にあった子供が、七日も経ってから無事帰って来る可能性は低い。
「でも、放っておく訳にはいかないんでしょう? 母様は大きなお腹だし、父様はずっと江戸だし……やっぱり、私が行きます!」
舞の言葉は、相変わらず真剣だった。
「……分かったわ。じゃあ、あなたにお任せする。姉さん、さっきの投書と、お役人様のお話を舞に教えてもらっていい?」
「ええ、分かったわ。じゃあ舞ちゃん、一から説明するね……」
リンは、かわいい姪っ子がやる気を出したことに喜びながら、今回の難事件の説明を始めたのだった。
半刻(約一時間)後、荷物を揃えた舞が、旅装束に着替えて屋敷を後にした。
彼女の左右の手首には、『時空の腕輪』と呼ばれる仙術具が装着されている。
舞はこれを使用して、両親以外は誰も実現できなかった (他の者は、時空の神に認められなかった、とされる)三百年後の西暦2031年とこの時代を、制限付きながら、自由に行き来できるのだ。
しかも、両親は最大でも二日間ごとに一度は自分たちの時代に帰還せねばならないのに対して、舞はどちらの時代にも、何日でも滞在できる。
時空の神に、最も愛された娘だった。
両親と協力してではあるが、数々の難問をその能力で解決してきたことから、同じ力を持つ母と並ぶ『天女』と称されることもある。
しかし、父親からは、
「せいぜいまだ『見習い』だから調子に乗るな」
と釘を刺されている。
そんな彼女が、初めて両親の力を借りず、単独で、この難事件に挑もうとしていたのだった。
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※『時空の腕輪』・・・令和の時代に、物理学者であるタクヤの叔父が作成した時空間移動装置。最初にその時代で使用した者しか使用できない。
(舞は二人の実子のため例外)。高度なスマートウオッチ機能も搭載している。
時代の移動は、周期の法則により三百年に固定されている。
制限1・・・一度実際に行って登録した地点にしか時空間移動できない。
制限2・・・時空間移動は一往復までは瞬時に行えるが、その後の移動には三時間の待機が必要。往路、復路は場所だけの移動はできず、時代の移動を伴う必要がある。
制限3・・・移動できる重量は自身の体重も含めて80Kgまで。
なお、荷物として扱うならば、腕輪の使用者以外も運ぶことができる。
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