14話

 私とめるは昼食を食べ終えました。


「ふぁぁぁ〜。お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった」


 めるは大きな欠伸あくびをして、猫のように丸くなって横になります。


「菜乃葉ぁ〜、菜乃葉もこっち来てお昼寝しようよ」

「えっ……」

「何もしないからさぁ」


 そう言った何もしない人を私は見たことがないのですが。でもまぁ、めるなら……。

 私はちょっと期待しつつ、めるの隣で寝転がりました。目の前には大きな青が広がり、隣には女神がいます。ここは天国でしょうか。

 すると、突然、めるが手を握ってきました。

 私がめるのほうを見ると、めるは優しく笑って言います。


「菜乃葉の手、あったかーい」

「そ、そうかな……?」

「うん。それに、柔らかくて気持ち良い」

「う、うん」


 私は空を見上げます。

 これが、幸せというやつなのでしょうか。

 ずっとストーキングをしていためるが、私の手を握って横にいる。

 少し前の私からしたら考えられません。


「……な、なんかさ、める変わったよね」

「えー? どこがー?」

「しゃ、喋り方とか、わ、私に対する接し方とか……」

「そりゃ変わるでしょ。付き合ってるんだもん。ふぁぁぁ〜……菜乃葉ぁ……わた……し、寝ちゃうけど……お昼……休み……終わった……ら、起こし……て……」


 めるは瞬く間に可愛らしい寝音を立てて、眠ってしまいました。

 眠るめるも可愛いです。

 写真を撮ろうと思い、上半身を起こしポケットに入っているスマホを取り出したときでした。


「──おー、やっぱここにいた」


 入り口のほうからひかりちゃんの声が聞こえてきて、入り口のほうを見るとひかりちゃんがこちらへ歩いてきてました。


「める寝てんの?」


 ひかりちゃんはめるを見て言います。


「あ、う、うん」

「イタズラしろよ。いつもやられてんだからさ」

「い、いいのかな」

「やっちゃえ! 責任は取らんけど」

「な、なら、や、やめようかな……」

「はは。そりゃ賢明だね」


 ひかりちゃんは笑うと、フェンス際に向かい、寄りかかるように立ちます。


「あの後、めるに会えたんだな」


 ひかりちゃんは笑顔のまま言います。

 先日のことを言ってるのでしょう。


「う、うん」

「なんで私がここに来たか、わかるよね?」

「え、あ、う、うん」

「じゃあ、ほら──


 そう言って、ひかりちゃんは手のひらを私に向けます。そして、催促するように、揺らします。

 私は震えながら、財布に手を伸ばします。


「ほら、ファミレスの。お前ら注文したくせに、どっか行っちまっただろ? 1人で全部食うの大変だったんだぞ、あれ」

「ご、ごめん」

「会計も私持ちだし、会計のときドリンクバー1人で3個分払うのちょっと恥ずかしかったんだからな」

「ほ、ほんと、ごめん」

「まぁ、中学からのよしみだから許してやるけどな」

「う、うん」


 私は財布から千円札を2枚取り出し、ひかりちゃんに手渡します。

 ひかりちゃんはそれを濃い桃色の、ブランド物の長財布にしまいました。




 ────そして、言いました。




「と、ほら、

「へ……?」


 ひかりちゃんは笑っています。笑いながら、手のひらを揺らして差し出しています。


「ないの?」


 ひかりちゃんは笑いながら言います。


「菜乃葉?」


 ひかりちゃんは笑っています。


「ねぇ?」


 ひかりちゃんは笑っています。


「早く」


 ひかりちゃんは笑っています。


「なにしてんの?」


 ひかりちゃんは笑っています。


「ひっ……」


 ひかりちゃんは笑っていませんでした。


「いつものだよ。友達代、いや、友達やってやってる代。早くよこせっつてんだよ」


 ひかりちゃんは無機質な表情を浮かべ、私をゴミを見るような目で見て、唾を吐き捨てるように言いました。

 私は思わず、笑みが溢れます。

 知っていますか? 人は本当に怖いとき、笑みが溢れるらしいです。


「……えっ、えっと……い、今?」


 私はめるに視線をやります。

 当然、めるは眠っています。


「当たり前だろ。いま、金欠で金ねぇからさ。まだたくさん持ってんだろ?」

「……え、う、うん」

「ならさっさとしろ。めるに言っちまうぞ」

「……ご、ごめん! わ、渡すから! い、言わないでっ……!」


 私は慌てて財布から一万円札を5枚一気に取り出し、ひかりちゃんに渡します。

 ひかりちゃんは受け取り、それをまた濃い桃色の長財布にしまいました。


「チッ、鈍臭ぇな、本当に」

「め、めるには……い、言わないで」

「言わねえよ。こんな金ヅル、手放す訳ないじゃん。結局さ、金でしょ、アンタの良い所は。金がなきゃ、誰がアンタみたいな鈍臭い奴と友達になりたいとか思うわけ?」

「…………」


 否定はしません。できませんから。

 ひかりちゃんが財布をしまうのを見て、私も財布をしまいます。


「めるにもやってんだろ? 友達料ってやつ」

「……や、やってないよ」

「マジ? アンタの言ってること、ようやくわかったわぁ。めるってマジで優しいんだね」

「そ、そうだよ。と、というか、め、めるとはもうと、友達じゃないよ?」

「はぁ? そこで寝てんじゃん? 喧嘩したの?」

「こ、恋人に……な、なったから……」

「…………」


 ひかりちゃんは驚いたように目をパチクリさせます。


「え? マジ?」

「う、うん」

「そりゃお幸せに。一応、友達だから、祝ってやるよ」

「あ、ありがとう」

「じゃあ、今週も友達として過ごそうや」


 ひかりちゃんは私の肩に手を置き、ニコッと笑うと屋上を後にしました。

 言葉遣いは荒いし、私からお金を奪っていきますが、祝福してくれる友達は素晴らしいです、と私は思いました。

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