第17話 ペアチケット②

帰り道、完成した絵を渡すため、藤沢宅を訪問した。

「こんばんは三浦君、今帰ってきたところ?」

出迎えてくれた藤沢さんを見て、さっきのことが頭をよぎり、つい目をそらしてしまう。

「あの、水島さんに渡したいものがあって」

そう言うと、壁の裏に潜んでいた水島さんがひょこりと姿を見せる。

「約束していたやつです」

僕はカバンの中からスケッチブックを取り出し、今日描いた絵を見せる。

「わあ、すごい」

そう言って、水島さんが一歩、絵に近づく。

藤沢さんも絵をまじまじと見て、

「やっぱり三浦君は絵の天才だね。それに、色のついた三浦君の絵、新鮮だなぁ」

と少々オーバーに褒めてくれた。

これではまるで、描いた絵を自慢しに来た子供みたいだなと気恥ずかしくなり、僕はさっさとスケッチブックからその絵を切り取って水島さんに渡した。

「本当にもらっていいんですか?」

「料理を教えてもらったからね。そのお返し」

「えへへ、ありがとうございます」

水島さんは壊れ物を扱うように、丁寧にそれを受け取る。


目的を果たしたので、僕が帰ろうと、床に置いていたカバンを持ち上げたとき、カバンの中からヒラヒラと何かが落ちた。僕はすぐに、それが健二からもらったペアチケットだということに気づく。少しの間宙を舞ったチケットは、藤沢さんの足元に着地した。

「あれ、これって」

拾い上げた藤沢さんは、すぐにその紙が何なのか理解したようで、

「誰と行くの?」

と興味津々の様子で聞いてくる。

「それなんですけど...」

僕は、藤沢さんと行けばいいという健二の言葉だけを伏せ、サークルでの出来事をありのまま話す。

「なるほど、森君に押し付けられちゃったのね」

藤沢さんが苦笑する。

その様子を見ながら、次の言葉をどうしようかと考える。藤沢さんを誘うなら今がベストタイミングだ。でも、そばに水島さんがいる状況で、二人で遊びに行こうなんていう話を持ちかけるのは無神経な気もする。


やっぱり諦めようと思ったその時、水島さんが口を開いた。

「あの、詩乃ちゃんと行ってくれませんか?」

それを聞いた僕と藤沢さんが同時に水島さんを見たものだから、彼女は委縮してしまったようで、「もちろん、二人がよければ」と慌てて付け加えた。

「な、那澄ちゃん、そんなこと言ったら三浦君困っちゃうでしょ」

そう言って、藤沢さんは取り繕ったように笑うが、僕はその流れに甘えなかった。

「藤沢さんがよければ、ぜひ」

「ほら、三浦君はオッケーだって。詩乃ちゃんも行ってきなよ」

水島さんが藤沢さんの肩を揺する。

「三浦君、本当にいいの?」

僕の意志をもう一度確かめようとする藤沢さんは、少し照れた様子だった。でも、声も出さずに頷いた僕は、きっとそれ以上にぎこちなかっただろう。

藤沢さんは色々と迷いがあったようだが、結局水島さんに押されて了承した。本格的に就職活動が始まる前に行きたいとのことだったので、急ではあったが、来週の休日に行くことが決まった。「最後の楽しみになるなぁ」と言って、藤沢さんは笑った。

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