第31話 デトックス

 カミツレさんが中庭の手入れの最中、現状報告した。


「……なるほど、ゼニンドとやらは取り逃がしてしまったのだな?」

「ローレルさんが合流した途端、急いで撤退に舵を切ったみたい」

「道理だな。悪徳商人も、ハーブで人心を狂わされるのは避けたいところか」

「もし、カミツレさん?」


 おハーブ大好きお嬢様、ご立腹である。


「私はハーブに関して素人だ。思い入れは、ローレルのせいで良くない……しかし、お前たちと作り上げたものを軽んじられたのだ。いずれケリをつけてやるさ」

「カミツレさんは結果的に、ハーブティー、ハーブキャンドル、ハーブソルト、ハーブバスソルトを何度も嗜んでいますよね。それって、もうローレルさんと同列――」


「エンドー氏! それ以上は、言うなっ」


 後生だから、と必死な形相を見せたポニテ美人。


「わたくしの親友が、タクミ様のおハーブ色に染められまして? 真の仲間……?」

「違う。断じて、否だ。私はお前ほど、理性蒸発しておらん」


「共におハーブで汗を流した仲ですわ。同じ釜のおハーブ飯を食った仲でしてよっ」

「犯人に同情を禁じ得ない。私も転移結晶の持ち合わせがあれば、この場を離脱したぞッ」


 そして、共感である。

 ひとまず、ゼニンドの件は新しい情報が入るまで持ち越しだ。

 ハーブショップに戻り、アイテムの補充をしていると。

 よそ見した間に、ローレルさんが例のブツをキメていた。ただの日常風景。


「くぅ~、仕事終わりのキンキンに冷やしたおハーブティーは格別ですの!」

「まだ日は暮れていないぞ。バカな酒飲みの真似事はよせ」

「気分は、華金でしてよ? この高揚感、プレミアム金曜日と呼んでくださいませっ」


 プレミアムフライデー。そういえばあったな大賞、優秀賞。

 呆れるカミツレさんと、ティーカップを死守するローレルさん。

 おじさんは、2人のじゃれ合いを眺めてふと思い出す。


「そういえば、バスソルト。改良版、作りました」

「入浴して感想を述べろとおっしゃいまして? タクミ様がそこまで言うなら仕方がありません。カミツレさん、可及的速やかに準備してくださいまし!」

「ナンマイダー」


 ローレルさんの耳に念仏だった。


「こ、断るっ。あのような醜態、二度とごめんだ」


 顔をしかめたポニテ美人に、ローレルさんが嬉々とした様相で。


「かつて、古人は申し上げました。おハーブは急げと」

「言わんぞ」

「言わないよ」

「――思い立ったがおハーブですの」


 ゴリ押し大好きお嬢様、強しッ。

 多分、逆らえない流れ。諦めよう。カミツレさんへ、せめて吉報を。


「今回は、解放感少なめ。発汗作用に富んだタイプだし、おハーブ堕ちの心配はないかと」

「まことか? 汗をかいて、水風呂に入るのは好みだが……」

「タクミ様、デトックスおハーブでして? デラックスですわね」

「昔から分らなかったんだけど、デトックスとリラックスの違いって何?」


 おじさんの疑問に、答えてくれる者はいなかった。デラックス寂しい。

 それから再び、3人で銭湯を訪れた。

 おハーブが、山吹色だったり、袖の下だったり。閉店後は貸し切りである。


「此度はあなたも道連れだ。さしずめ、煉獄の湯の再来か。逝くぞッ」

「そんな覚悟を決めなくても……釜茹での刑じゃあるまいし」


 おじさん、平然と女湯ののれんをくぐっていく。慣れとは恐ろしいね。


「ちょっと、待って。ローレルさんはいざ知らず。カミツレさん、混浴否定派では?」

「わたくしに常識が欠けたかのごとき言い草ですわ! タクミ様、何か誤解してまして?」


「あぁ、こやつはさておき。若い男女が、むやみやたらに混浴するものではない」

「淫らな行為が目的ではありませんのよ? 全ては、おハーブの探求心がなせる業ですわ」


 ローレルさんに全く取り合わず、カミツレさんはある意味達観していた。


「ハーブに与して、散々醜態を晒してしまったよ。羞恥が今更増えたとて、変わらないさ」

「カミツレさんは、辛い体験をたくさんしたんだね……」

「フッ、試練と考えよう。心配な友の未来を展望させるため、乗り越えるのみだ」


 ぐすん、イイハナシダナー。

 おじさん、親友のために自己犠牲な話にすこぶる弱い。あ、自分親友いないんで。

 これを聞けば、さしものローレルさんも感傷的になっちゃうよ。チラリズムすると。


「新・おハーブバスソルト、楽しみでしてよ! 浴びさせてもらいますわ、新しい入浴剤の効能とやらをっ。ニューフレーバーは伊達じゃありませんわぁ~」


 そして、ご機嫌である。

 とっくに、タオル姿に着替えていた。うん、とてもあなたらしいですね。


「若干、意志が揺らぐぞ……シャワーで済ませる寸前だな」

「気分転換がてら、改良版バスソルトをお試しください」

「……初めてハーブに浸りたい気分だよ。元凶がハーブ狂いゆえ、とんだ皮肉だが」


 心なしかポニテが垂れて、元気がないように見えた。

 ひとまず、温泉へ入ってもらおう。肩まで浸かるんじゃ。

 おじさん、ナイスバデーな美人たちと一緒に入浴タイム。かぽんと謎の音が響いた。


 風呂に入る時、髪を結い上げた女子の色っぽさに見惚れてしまう。

 ローレルさんは口を紡ぐと、深窓のお嬢様に早変わり。紅潮した頬が艶めいた。

 カミツレさんの濡れた髪先が、薄桃色の唇にかかっている。

 極楽浄土へ誘われるかと思えば、煩悩が募っていくばかり。


「む。どうしたのだ、必死に耐えるような顔をして?」

「いや、解脱するにはまだまだ修行不足だなって」

「エンドー氏、一体どこを目指しているのだ……」

「大手を振ってまかり通るは、おハーブ道でしてよっ」


 口を開けば、いつものおハーブ大好きお嬢様が帰還した。安定感がダンチ。

 ふぅ、安心ついでに解脱っと。おじさんは、冷静になった!

 アイテム欄から、作ったアイテムを選択する。


「今回のブツは、ローズマリーが主成分。そこに、トウガラシ、ヨモギ、ショウガエキスを配合。ローレルさんの清めのソルトと、余ったドライハーブを砕いて煮詰めました」


 小さな容器をブラウン色の液体が満たし、底には塩とハーブの欠片が沈殿している。


「効能は、血行促進、冷え性緩和、発汗、保温、その他もろもろ」

「その他もろもろは大雑把すぎないか?」

「すいません。おじさんのハーブ、結構ぶっ壊れなもんで……」

「呆れるほど、承知しているよ。今更、何が飛び出そうが驚かん」


 もはや、全てを受け入れるに至ったカミツレさん。


「は、はやくっ。タクミ様のおハーブバスソルト! 温泉に投入してくださいませっ」


 はあはあと息を荒げた、ローレルさん。ちゃぷんちゃぷんとお湯を叩く。

 飲むだけでは飽き足らず、全身で浴びなければその渇きを潤せないのかもしれない。


「前回の反省点を考慮し、半分の量で調整したから。それでは、実験スタート」


 ギラついた視線に気圧され、おじさんは温泉に入浴剤をドボドボ入れていく。

 一瞬の出来事、浴槽の水面に濁った液体が波紋する。

 すぐさま透き通った温泉に戻り、お湯全体に例のブツの成分が広がった頃合い。


「――っ!?」


 ビクンと、カミツレさんが反応を示した。


「クッ、身体が熱い……っ!?」

「カミツレさん?」

「いつも冷えやすい……つま先から中心めがけて温められている!?」

「保温効果だっ」


 毎度のことながら、おじさんのハーブは即効性が高い。


「あ、汗が止まらん……っ! だが、嫌な感じはせぬ。新陳代謝が活性化され、じっくりと身体に良き成分が浸透していくのだ。否……いくら私をハーブ漬けにしても、心までハーブに染まると思うなッ」

「発汗もバッチリ、と。湯加減はどう?」


「……クッ、癒されるとはこのことかっ! はぁぁあああんんんんーーっっ!?」


 必死の抵抗空しく、カミツレさんは嬌声を発して快楽に堕ちた。

 浴槽の手すりにしな垂れかかった姿は、とてもエッチだと思いました。

 図らずも、ポニテ美人がおハーブの末路を辿ってしまう。

 おじさんは、全てを悟った。


 覚悟を決め、懸念しかないお方の様子を窺えば。


「あぁ~、ポカポカですわぁ~。身体の芯がじわりましてよぉ~」


 口をあんぐりと開き、悦楽の笑みを漏らしていた。


「ローレルさん、大丈夫!? いつもはさておき、今の話だけど?」

「わたくし……幸福の国へ旅立ちましたのぉ~。世界まるごとおハーブでしてよぉ~」

「思考が溶けてる!? ダメだ、もう手遅れかっ」


 諦めるんじゃない。もうちょっと頑張れ。己を鼓舞するや、必死に考えた。

 幸い、おじさん自身はおバカな発言を垂れ流さなかった。

 きっと、おハーブマイスターは、おハーブ耐性が強いのだ。おハーブ耐性って何だい?


 セルフツッコミをそこそこに、おじさんは賭けに打って出よう。

 曰く、


「できることは1つしかない。おハーブを以って、おハーブを制する」


 カモミールとラベンダーのブレンドを取り出すや、おじさんは2人に飲ませた。

 ゴクゴク、と。グビグビ、と。火照った顔色が見る見るうちに沈静化していく。


「――ハッ! 私は今、熱に浮かされていた!?」

「……はて、わたくしのおハーブ王国は何処でして?」

「戻って、良かった。カミツレさんとローレルさんは些か、火照っちゃったね」


 ……元通りです。元に、戻った! そうに違いないったら!


「おハーブティーを盛って、おハーブバスソルトを制する」


 つまり、そういうことである。詳しくは聞かないで。これ以上説明できないよ。


「うーん、ちゃんと改良したつもりだけど。これも失敗か?」

「いや、不思議と身体の調子は良いぞ。肩が軽い。まぁ、水分補給の備えが必要だろう」

「やはり、デトックスですわね」

「どゆこと?」


 ローレルさんは、全てを察したようだ。


「わたくし、ひしひしと感じましたの。身体の悪いものや毒素が抜ける解放感を!」

「いわゆる体の内側から綺麗にするというやつだな」

「それが、デトックスかあ」


 おじさん、ついにデトックスを知る。タメになりました。


「え、それってつまり! ローレルさんからおハーブ大好き要素が抜け落ちたってこと?」

「残念ながら、魂にこびり付いた淀みまでは浄化できんよ」


「どういう意味でして!? うぅ、心なき中傷を受けましたの。今すぐ、ストレスに効くおハーブティーを用意してくださいましっ」


 まさか、ローレルさんが一般お嬢様に……あ、ならないみたいですね。

 活力に満ちた先方がおじさんに近寄って、おねだり攻撃。


 ……ちょ、腕を引っ張らないで。むにゅって当たっちゃう。タオルを巻いても、ほとんど柔肌の感触伝わっちゃう。ハーブキャンドルより甘い芳香に、おじさんクラクラですわ! 


「タクミ様のおハーブをたっぷり注いでくださいませ!」


 おハーブ大好きお嬢様が爛々と目を輝かせ、おハーブおじさんを追い詰めていく。

押し倒される寸前――


「そ、そそそ、それ以上は、らめぇぇ~~っっ!」

「……お前たち、貸し切りといえどこれ以上無様を晒すなッ。私も頭ハーブ集団の一派だと数えられては、先祖に顔向けできん」


 おハーブハラスメントからおじさんを救った、カミツレさん。きゃっ、きゅんです。


「今回の経験を踏まえて、カミツレさんを真の仲間と認める頃合いでしょう。おハーブの下に集いし三銃士、その契りを交わしましてよ!」

「――絶対に、嫌だ! 私は、怪しい草などに屈しないぞっ」


 ローレルさんに抱き着かれながら、カミツレさんは億劫そうな渋面で。


「エンドー氏、これの世話はあなたに任せたはずだろう? 疾く、どうにかしてくれっ」

「非力なおじさんでは、御身に対抗する術はなく……」


「今夜は、おハーブパーティーですわ! テッペン過ぎても、寝かせませんのよぉ~っ!」


 ローレルさんが、おじさんの手を繋いで意気揚々と宣言。きゃっ、きゅんです。

 いつも、おハーブキメてるだろ! いい加減にしろ! そんなツッコミは適用外。

 なんせ、おハーブお嬢様にとって、日々のおハーブは一期一会なのだから。

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