第27話 初日 20:00-8

「探索、終わっちゃいましたね」


 三階を探索し始めて二時間が経過した頃、桜がぽつりと漏らした。

 今いる所は登ってきた方とは真逆にあるもう一つの階段だ。下に降りれば誰かと合流出来るかもしれないが、集合時間まではまだ少し早い。

 予想ではまだ探索中のはずなのに、さっさと終わってしまったのはひとえに祐子から受け取った懐中電灯のおかげだった。

 見えると見えないでここまで差があるとは思わず、何より暗闇の中怯えずに通路を歩けることが精神的に余裕を作り、疲労の度合いに大きな差を生んでいた。

 そのせいで手持ち無沙汰になるという弊害までは読めなかったが。

 颯斗は近くの椅子に腰掛け、


「もう見てない所がないんだよなあ」


「意外と狭いですよね」


「三組で探索してりゃそんなもんだろ」


 まだ上が残っているが想定外のリスクを考えると行きたいとは思わない。そんなことをしなくとも明日に回すくらいの余裕があった。

 ただ問題は全員のタスククリアまでの見通しが全くたっていないことだ。颯斗は意図的にそのことを話題にするのを避けていた。


「……私たち、生きて出られますかね」


 突然の問いかけに、臓腑を鋭利なナイフで裂かれたような気持ちになる。

 大目標を達成するために今しっかりできているか、そう言われてしまえば答えることは難しい。今後時間との戦いを強く意識するようになればこんなのんびりと過ごす時間もなくなるだろう。

 だがバカ正直にそんなことを言えるはずもなく、


「生きてでるだけなら簡単だろ。俺なんてタスク終わってるし。過半数はこっちにいるんだ、仲間割れするより残ってる敵とやりやった方がいい」


「それって──」


「全員生存が出来ない可能性はある。今もどこかで殺し合いになってるかもしれねえしな。手の届かないところで事故が起きたら切り替えなきゃいけないし」

 

「そう、だけど……」


 あくまで可能性の話。しかしそれほど的外れでは無いことに桜は小さく頬をふくらませていた。

 言いたいことは分かる。しかし覚悟することも必要だった。


「納得しろなんて言ってねえよ。俺はそう考えてるってだけの話だ」


「……大人なんですね」


 予想外の返答に颯斗は目を丸くする。

 なにか脈絡があったようにも思えず、またその言葉の響きに以前ほどの嫌悪感を抱かなくなっていたことに対しても驚きを覚えていた。

 

「大人、か」


 颯斗は自嘲気味に笑っていた。

 大人と言われまず頭に浮かんだのは両親だった。共働きで忙しく、たまに家で鉢合わせると口汚い言葉を浴びせあう。それは金の事、家事のこと、一番多かったのは子供のことだ。

 いつのころからだったろうか、邪険に扱われていると気付いたのは。相手を責める理由が欲しくて子を監視している両親それぞれの目が怖く恐ろしく、年を取るにつれうっとおしく感じていた。

 また、次に浮かんだのは学校の先生だった。人間関係に一切立ち入らず、生徒間の関係性を一切無視する大人たちに不信感を抱くのは当然のことだった。

 それを反抗期という言葉でかたどられるのが嫌で、非行と呼ばれる程度には無茶をする日々を送っていた。警察にも何度か補導されることはあったが、引き取りに来た両親ともにこんな子供に育ったのはあんたのせいだと罵り合い、警官を困らせていた。

 子供にも劣る、大人ろくでなしになるくらいならしっかりとした子供おとなになろうと思うまで時間は必要ではなかった。

 なのに、今は違うと思えるのには、想像していなかった大人の姿を見てきたからだろう。

 ちゃんとした大人は春夏くらいのものだけれど。だらしないながらもしっかりと成果を上げる益人に人殺しの口下手な源三郎。誰よりも頼りない和仁と、振り返ってみれば、

 ……やっぱり碌な大人がいねえ!

 大人を大人という枠組みで見ず、個人毎に判断できるようになったことを颯斗はまだ分かっておらず、


「大人ってなんなんだろうな」


「はい?」


 小さく呟いた声に桜は頬に指を当てていた。


「見てわかるだろ。世間的には不良って奴なんだよ」


 颯斗は意味もなく手を広げてみせる。

 殆ど白に近い黄ばんだ髪に耳が変形しそうなほど大量に垂れ下がるピアス。普段ならボロボロになった学ランか特服を来ているところだが今はただのシャツ、いやそれも洗ってポンチョのような物を来ていた。

 格好はつかないがそれでも近寄りがたい雰囲気は健在だ。


「親も学校も教師も糞みたいな奴しかいなかった。こんな奴らのようになるかって反抗して、じゃあ何か出来た訳でもない。子供だから、子供のくせに、人のことを画一的にしか見ない癖にいい子ちゃんレールの上を走らせようとする大人にうんざりしてたんだ」


 でも、と一息入れてから颯斗は言う。


「同世代であんなに頭が切れて啖呵を切る奴がいるしよお。見ず知らずのガキを心配して気丈にふるまういるし、それに比べて俺がしてきたことなんてちっせえよな」


「よく考えているんですね」


「考えてるんじゃない。マイナスに振り切れて自己嫌悪してるだけさ」


 言い終わり、うなだれる。

 かっこいいことがしたかったわけじゃない。駄目な大人に従うことが嫌で、じゃあ何をしてきたかといえば人に迷惑をかけてきただけ。いつもちゃんとしなければと思うのにその手段が思いつかず、溜まった鬱憤を晴らしてはまた大人に文句を言われる悪循環だ。

 ……どこでまちがえたんだろうな。

 もっと親の言うことを聞く素直さがあれば、考える力があれば、いっそのことなにも気づけないほどの鈍感さがあればうまく生きていけたのだろうか。

 考えても無駄なifに自虐の笑みを浮かべていると、


「私もいい子にしていれば親が喜んでくれるってそれだけしかないんです。そうすれば幸せに生きていられるって信じてました」


 同じく視線を地面に向けた桜が声を漏らしていた。


「期待通りになんてできなかったんですけどね。私、どんくさいので。それにどれだけ従っても突然訪れる不幸には関係ないみたいですし」


「いや、これは予想出来ねえから」


「そうですけど、こういう時にいい子にしているメリットってないじゃないですか」


「そりゃ、まぁ」


 庇護してくれる相手がいなければ自分で立つしかない。いままでそんなことしたことがなかったのなら怖くて仕方がないはずなのに、気丈にふるまう姿はそんな様子は見て取れない。

 本来の性格か、無理をしているのか、吹っ切れたのか。いずれにせよ変に泣きじゃくってどうにもならないよりは好感が持てる。

 ただそこからどうも話が変なほうへと転がっていっていた。


「きっと大人になるってそういうことなんじゃないかって思うんです。でも誰も教えてくれない。なんでだと思いますか?」


「……教えられないからか?」


「楽だからですよ、管理が。予定外のことって疲れるです。自分一人でも大変なのに子供のことなんて見ていられないんでしょうね」


 そうだろうか? あまりに穿った見方のせいで颯斗は共感できず適当な相槌しか打てずにいた。


「そういう親なのか?」


「はい。よくいう教育熱心な親ですよ。今思えば家庭教師に任せ切りで大した会話もした覚えがありません」


「良かったじゃねえか」


「何がですか?」


 何に対しての肯定か分からず桜は聞き返していた。

 ……ああ、根本的に違うんだよな。

 答える前に颯斗は軽く息を吸う。

 同じように大人を好ましく思っていなくとも、無責任さと束縛という、ある意味真逆なことに対して憤慨しているのだ。

 だから話を聞いても引っかかってしまう。お互い苦労してますねというスタンスで話をされているのだから当然だった。

 逆に言えば、他人の家庭の話と割り切ってしまえば、

 

「これからは好きなことを好きなだけできるぞ。金なら山のようにあるんだ、つまんねえ親元を離れて勝手に生きて勝手に死ぬ。最高だろ?」


 投げやりにも聞こえる内容に、桜は小さく吹き出して笑う。


「そうですね、最高です」


「今は生きてゲームに勝つことだけに集中しな」


 危うい。

 会話の裏で颯斗はそう感じていた。

 大した失敗経験もなくいきなり大きな試合に出て想像通りの活躍ができず、折れてしまった選手の姿が脳裏にチラついていた。


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