第7話 初日 12:00-3

 ペアを組んでの探索が始まり、春夏は和仁とともにひとつ上のフロアにいた。

 フロアの廊下は暗く、非常灯の灯りが奥地へ誘うように伸びている。まるで大口を開けた怪物のようで進むのを躊躇わせる。

 暗闇は怖い。だから今無理をして奥まで行く必要はない。懐中電灯、ランタン、蝋燭。何かしらの光源が手に入れてからで十分間に合うし、それらがあることは源三郎から聞いていた。

 なのでまずは一番手近な部屋に入る。

 幸いなことにその部屋の中の蛍光灯は生きていた。期待せずに押したスイッチに合わせて文明の利器がその存在を誇示するように眩い光を振らせていた。


「さて、どうしましょうか」


 部屋の中を粗方探索し終えた後、春夏は薄汚れた椅子の座面を手で払ってから腰掛けて言う。


「えっ、探索を続けるんじゃないんですか?」


「そうなんだけどそれだけでいいとも思えないのよね」


「はぁ……」


 和仁は納得の言っていないような曖昧な言葉で返す。

 言葉足らず、よね……

 つい先程タスククリアのために必要そうな物や情報を集めると言ったばかりだ。それを発案者自身が否定し始めたら誰でも理解出来ないと言うだろう。

 別に秘めていた訳でも無く、急に思いついてしまったのだから今以外言う時がなかっただけである。それにまだ自分の中でも確固として決まった考えがある訳では無い。とりあえず口にしながら考えをまとめたかったのだ。

 部屋の探索はそこそこの成果を上げていた。元々が診察室だったようで痛み止めや包帯、ハサミやナイフ、あとはそのナイフでそこら辺にある布を適当に割いたもの。ゲームの攻略には貢献出来てはいないが最初の部屋でこれだけの収穫があれば気も楽になる。

 今後もっと切羽詰まった心情になるかもしれない。余裕のあるうちに考えることをしたかったのだ。


「ゲームの目的、主催側の思惑はわかったじゃない? でもどうしてそれが私達なのかって気にならない?」


「……なんででしょう」


「分からないわ。でも何かそこに糸口があるかもしれないわ」


 憶測に憶測を重ねる話だ。今必要かと言われれば困ってしまうほど無駄になるかもしれない。それでもその余裕が必要だと考えていた。

 ……どうしてなのかしら。

 少しの沈黙の後、考えが纏まらないことに苛立ちを覚える。子供のころから決められたことをこなすのは得意だったがアイデアを出したりすることは苦手であった。学生の時の文化祭の苦い記憶が呼び起こされて憂鬱になる。

 そんな表情が顔に出ていたのか、ちらっと目に入った和仁と目が合うと、彼は小さく身を震い、


「す、すみません。すぐに思いつかなくて」


「責めてるわけじゃないから気にしないで。考えがまとめるのと恐怖を紛らわせるためにただ話していたいの」


「恐怖、ですか?」


 驚いた。そう表情が物語っていた。

 変なことを言ったつもりはないし、常識的な感性をしていると思っていたため、失礼な人ね、と春夏は心の中で呟いた。


「そりゃそうよ。ちょっと、こんな状況でいきなり殺し合いしなさいって言われて怖くないとでも思っていたの?」


「あ、いや、そういう訳じゃないんですよ」


 口早に和仁は否定する。

 その目は何処か遠くを見つめて、


「ただ、あの人もそういう恐怖を乗り越えてクリアしたのにまたゲームに参加したのはなんでだろうって思って」


「いい所に目をつけてるじゃない」


 春夏は感心したと立ち上がり和仁の肩を叩く。

 そしてまた座り直してから、


「彼はああいっていたけど多分一億、もしかしたらそれ以上の大金を手にして尚もお金が必要ってことよね。なんでだと思う?」


 一億。それは決して安くない金だ。

 おおよそ考えつくことの大半は解決出来るだろう。慎ましく生きていけば、かなり長いこと持つ。それが二億、三億となれば働く必要すら無いかもしれない。

 それでも金が必要となれば、すぐに思いつくことは一つだ。


「借金、ですかね?」


 和仁の言葉に春夏は頷いて返す。


「そうね。その可能性は高いんじゃないかしら。でも返済の為に借金取りに連れてこられたってなんかドラマみたいね」


 本人が目の前にいないから出来る会話だ。少し下世話な部分があるかもしれないが、そこもまた楽しみの一つだった。

 話が盛り上がればすらすらと言葉が続いていく。

 

「ひとつ聞くけど、あなた今返せないほどの借金はある?」


「えっ、いやないですよ。借金だって奨学金くらいですしそれも払えないほどじゃないです」


「そうね。ちなみに私もないわ。知ってる? 教師って仕事が忙しくて使ってる暇もないのよ」


「そうなんですね」


 他愛のない話だ。重要そうなことは何も無い。

 それでも和仁からはゲーム開始前の緊張感が少し薄れているように見えた。元々の性格が災いしていたのだろうがある程度打ち解ければ普通に会話出来る人物で良かったと春夏は考える。


「あ、そうだ」


 ぽんと急に思いついた。それを精査する前に口から溢れてしまったことは少しだけ気恥しい。

 どうしたんですか、と問う和仁に、


「あのさ、ここに連れてこられる直前って何してた?」


「直前……ですか」


 なんだったかな、と天井を見上げる和仁がいた。ここまで衝撃的な事があったため思い出すのにも時間がかかるだろう。

 春夏も記憶を辿り、

 

「私の最後の記憶は仕事終わりに家に帰ってそのまま寝たって感じね。日付は六月七日だったわ」


 ここで大事なのは日付だ、そう春夏は感じて言葉に出していた。


「僕も同じ日に家に居たと思います」


「なら今日は六月八日ということになるわね」


「そうなんですか?」


 和仁が疑問を表情にも浮かべていた。

 そんなに難しいことを言っている訳では無かった。六月七日に眠ってからここで起きるまで記憶が無い。つまり目が覚めていないということだ。

 その環境を長時間維持する、そんなことは出来ないという理由から今日の日付を割り出していた。


「三日も四日も眠らせる薬なんてないわよ。でもそうなるとここも近場ってことになるわね」


「運べないからですか?」


「そう、少なくとも近隣県くらいまでね。和仁君は何処に住んでいるの?」


「横浜です」


「あら、ずいぶん都会ね。私は川越よ。思いの外遠いけど無理な距離って訳でもないわね」


「本当にそうなんでしょうか?」


 再度繰り出された疑問は春夏自身も感じていたことだ。

 会話という体を取っているが実際は春夏の一人芝居に近い。ただの憶測を常識的な視点から補強、再構築、または破壊する。

 どこまで考えても確証は得られない。思考だけが暴走して全く違う真実に納得したくもなる。それを是正修正して有り得る答えに導く。きっとそれはなにかに役立つはずだからと。

 だから春夏は取り繕った言葉よりも本心を話す。


「分からないわ。私たちの知らない技術で一ヶ月以上経ってるのかもしれない。そうだった場合、ゲームクリアの後勤めている学校は首になってるでしょうね。それが嫌で有利な判断をしているのかも」


 冗談めかして、春夏は小さく舌を出す。

 今はこれでいい。今後思考材料は増えていく。その時に勘違いかもと黙殺してしまうことの方が恐ろしい。


「なんにせよ、考えることを止めた時人は弱くなるわ。だからあなたも気がついたことがあったらなんでも相談してね」


「はい、分かりました」


 春夏の真意をわかっているのかわかっていないのか、和仁は大きく頷いていた。

 ……頑張んないとなぁ。

 唐突に蓮の最後の言葉が思い出される。


『順調な時こそ大きな罠に嵌っていると思え』


 それが呪いのように頭から離れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る