第2話 開始前-2

 ルール一 体内にあるカプセルは四十八時間後に中の薬剤が漏れ出るように設計されている。解毒剤はそれぞれのタスクをクリアした時、その暗証番号を調剤室にある機械に打ち込むことにより手に入れることが出来る。またその際使用するスマートフォンはそれぞれ一度しか使えない。


 ルール二 病院から脱出する為には三日後の正午までに屋上に居ないといけない。これはヘリによる救援を行う為である。またその時間を過ぎた時、病院は爆破される。


 ルール三 脱出をすると総額十億円の賞金が与えられる。これは生き残ったもので山分けとなる。


 ルール四 脱出に関しては屋上から以外の方法を認めない。仮に爆破物を発見、解体出来たとしても制限時間後に処分される。また病院の敷地外に出ることも認めない。その際も処分を実行する。


 ルール五 ゲーム開始前、終了後の殺害は認められない。もし殺害した場合、殺した者は処分される。また賞金も殺害した、された者を除いて山分けとする。





 ゲームの開始まであと三十分足らず。手元のスマートフォンがそう告げていた。

 放送終了後、すぐに動いた一人を皮切りに恐る恐るといった様子でそれぞれが用意されていたスマートフォンを手に取っていた。

 蓮はその様子を眺めながら緩慢な動きで立ち上がると、余裕のある足取りでスマートフォンを掴みに行く。早くもなく、遅くもなく、ちょうど真ん中の四人目であった。

 定位置に戻ると、視界を広く取りながらディスプレイを起動する。青い光が浮かび、すぐに表示されたのは時計といくつかのファイルだ。

 蓮はそのうちのひとつ、先頭にあるファイルをタップする。ルールとだけ書かれたファイルはテキストデータを展開し、文字の羅列を脳内に叩き込んでいく。

 ……なるほど。

 悪辣とも言える文章を流し読みした後、もう一度最初から熟読する。それが半ばまで差し掛かった時、怒鳴り声が空を裂いて走った。


「なんだよこれ!」


 視線を向けるとまだ若い男性が立ち上がり、画面を食い入るように見つめていた。

 背丈は成人ほどあるが、その顔つきはまだ幼さが残る。高校生か大学生一年のようで、随分と薄い髪色と耳につけたいくつものアクセサリーがそれを際立たせていた。

 突然の行動に周囲の反応はまちまちだった。目を合わせないようにするものもいれば疎ましく思い表情を歪ませる者もいる。その中でも一際体格のいい男性が学生へ近づくと、その肩に手を乗せて、


「騒ぐな、皆混乱してる」


 端的に告げていた。

 ほとんど脅しに近い行動に少年は睨みで返す。和やかとは言えない雰囲気が漂い始めるなかで、その間に入る人物がいた。


「と、とりあえず情報交換と自己紹介しない? 何かわかるかもしれないし」


 細身の体型を強調しているパンツスーツ姿の女性が二人の胸に手を当てていた。

 それでも引く様子のない二人の男達に女性は眉を顰めていた。

 ……頃合か。

 蓮は他の人が動く様子がないことを確認すると、ゆっくりと口を開いた。


「いや、それは待ってくれないかな?」


「……どうして?」


 女性は猜疑的な目を蓮に向けていた。

 即答してもいいが……

 蓮は考えているというアピールのため眉間に指をあてる仕草をした後、


「理由はいくらでもあるのだがその前に──」


 すべきことがある。そのためにわざわざ話かけたのだから。

 蓮は注目されていることに気づいてわざとらしく周囲の人にそれぞれ目を向ける。

 それにたっぷりの時間を使ってから、


「──まずは裏切り者を吊ろうか」


 今日のランチを決めるかの如く軽い口調でそう言い放った。


「どういう意味だよ」


「そのままさ、まぁ裏切り者って言ってもそう悪いものではないがね」


 話を聴いてどよめき、視線が交差する。お互いの距離を開けるように、それぞれが半歩ずつ後ずさりをしていた。

 行き場のない感情が喉を詰まらせて、緊張のこもる吐息だけが部屋に響いている。

 その中で一挙手一投足、注目を集めているのは蓮だった。誰もが次の言葉を待っている中で蓮は一歩だけ前に進み、

 

「君だろう。裏切り者は」


 いまだ向かい合う二人の男性の、体格のいいほうへと声をかけていた。


「……意味が分からないな」


「そうかな? いの一番にスマートフォンを取りに行き、その後唯一全員が見える位置で待機している。ただそれだけだが私が怪しむには十分な理由ではあったよ」


「全員が見えるというならお前もそうだったように思えたが」


 男性は小さく身を引きながら反論をしていた。

 それ自体が自白のようなものだろうに、と蓮は心中でほくそ笑むが言葉には出さずに、優しく微笑んで返してた。


「ああそうさ。だから違ったなら違うといってくれていい」


「俺は……違う」


「だそうだ」


 振り返り、聴衆に向けて手を広げて見せる。

 間近で見ていた少年は首を傾げて、


「だそうだってそれでいいのかよ」


「いいのさ。裏切り者といってもゲームの参加者。彼には一つ大きなアドバンテージがあるに過ぎないのさ」


 蓮はそこで一旦言葉を区切る。

 気付くものはいるだろうか。そういう目で周りを見るがまだ状況を理解できていない顔が並ぶばかりで反応はない。

 それではいけないのだがね、と小さくため息を漏らす。考えて考えて、どんな時でも考えることを放棄してはいけない。時間がない中でどれだけその種を撒けるかが蓮には重要だった。

 しかし成果は上がらず、これ以上は待てないかと、蓮は男性に向けて声を上げる。


「経験者、リピーター、呼び方はそれぞれだが一度以上このゲームに参加しているというアドバンテージがね」


「つまり……人殺しかよ」


 少年の言葉に蓮は小さく眉を上げる。

 その言葉が、ある程度正しく話を理解した上で出たものだと気付いたからだ。

 悪くない。悪くないなと、思わず顔がほころびそうになるのをこらえて蓮は首を横に振る。


「それはわからないが酔狂であることは間違いないね。命の張りどころを間違えて端金に喜んでしっぽをふる、愚かな家畜さ」


「十億が端金か?」


「端金としか言いようがないだろう。今時宝くじでも当たれば誰だってチャンスのあるものに命をベットしてまで得ようと言うんだ。このゲームを稼げると感じてしまった者はさぞかし人間が枯れているとしか思えないよ」


 挑発的な発言に、男性は見向きもせずに立っていた。しかしその手がきつく握られているのを蓮は目端でとらえていた。

 事情がある、そう言いたげな眼が射るように蓮の体を貫いていた。

 これ以上はよくないか……

 そもそもの目的はそこにないことを思い返す。やけになって暴走されては困ると考えて蓮は話を変える。

 

「……とはいえ利がなければ人はついて行かないことはわかっている。だから私も一世一代の大勝負とやらをやってみようと思うのさ」


「今そういう状況じゃないと思うんだけど」


 話を聞いていた女性が忠告する。

 蓮はそれを無視して、先ほどまでアナウンスをしていたスピーカーに顔を向けると、


「そういうわけで運営側よ、聞こえているだろう?」


 そう語りかけていた。

 ただ反応はなく、しばらく静寂が流れる。

 理解できずに固まっていた人々もそわそわと体を揺さぶり始めているのに気づいて、

 ……よくないな。

 傍からみたら何を言っているんだというように映っていることはわかっていた。うちに秘めた思いは伝わらず、状況をかき回しただけにしか思われない。

 それも間違ってはいない。かき回していること自体は事実だ。ただ状況が良くなっていないだけで。

 蓮は大きく息を吸い込んで、飲み込む。腹を硬く引き締め喉を震わせた。


「君たちのやっているくだらない賭け事に参加しよう。掛け金は十億、内容は全員生存だ」

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