小指をからめて(五)

 見坂井前監督が、白森FCに戻ってきた。うれしかった!


 とはいえ、体調は万全ではなく、週一にしか来られないとか。


 ともかく、わたし・江藤ハヤカに出場のチャンスがめぐってきた!


 テストは一週間後だって。体力づくりをしとかなきゃ!


 わたしはさっそくスマートフォンで、メッセージを送ったの。


 倉石に。ちょっとドキドキしてきちゃう。敵同士なのにヒミツのつながりがあるなんて、のっとりってフシギだね。


 あっ、やばっ。――わたしってば、無神経だ。


 倉石があのあとどうなったか、心配でたまらなかったのに。


『白い右手』で生霊をはがすと、魂に傷がつくんだっけ?


 霊障から回復しないと、倉石とまともに会話できない――?


 わたしはあわてて『そっちはどう?』って、メッセージをつけ足した。


 どうか無事でいますように。スタートラインはこれからだ。リハビリもしなきゃいけないんだし。


 倉石も、たいへんだよ。


 ピロンッ。――倉石から着信! メッセージだ!


『よかった。ハヤカ、がんばれよ』


 続いて一件。


『おれのほうはだいじょうぶだ。変な夢を見ちまった。あれがのっとりの副作用か……』


 どんな夢かはわからないけど、きっと怖い夢だよね……。


 霊障が治ってよかったよ。


『見坂井さんはいい人だな。おれが眠っているあいだに、謝罪に来てくれたんだ。戻ってきたなら、あのオッサンも悪いことはできないな』


『あとは実力勝負のみ! 選ばれるようにがんばるぞーっ!』


『おれもリハビリがんばるぞーっ!』


 お互いに表情スタンプを送って、倉石といっしょに励ましあう。


 いいな、こういう関係って。ライバルだけど、友だちだ。


 わたし、出場するからね! 正々堂々、戦おう!




 ――ジュニアカップ予選当日。


 わたしはベンチに座りながら、声を張り上げていくしかない。


「行けっ、先輩! ボール止めろぉぉぉっ!」


 現実はそんなに甘くない。テストした結果の実力だ。しょうがないよ。


 見坂井前監督は、女性だからってヒイキしない。平等だ。くやしいよ。


 ――「女とはしょせん、そんなものだ」


 あのとき笑った田賀監督ったら、まったくもって憎たらしい!


 だけどそれは別として、先発のみんなを応援する。


 チームだもん。みんな許してくれたから。仲間に混ぜてくれたから。


 汗水垂らして、走り回って。


 特訓の成果を見せてやれ!


「草本キャプテン、ナイスカット!」


 倉石にパスが回る前に、草本先輩が食い止めた!


 そのまま味方のフォワードにつないで、ゴールシュートを決めていく。


 まず一点! 調子よし!


 倉石がチラリとこちらを見た。


『見ていろよ』――クチパクだ。


 さっそく倉石にボールが渡り、ガードをグイグイ抜けていく。


 なんて軽いフットワーク。治ったばかりとは思えない!


 右サイドからシュートを打って、ボールはゴールネットへと。


 速かった。キーパーが反応できなかった。


 黒海FCの応援席から、歓声と拍手がわき起こる。


「倉石逸斗の復活だああ――っっっ!」


 うれしそう。うれしいよ。わたしも待ち望んでいた。


 ――戦いたい。彼を止めたい!


 こんなに素晴らしいサッカー選手と、全力をぶつけあえたなら――。


「まだいけるっ! がんばれぇぇぇぇっっっ!!」


 フィールドにわたしが立てないなら、仲間に全力をたくすしかない。


 ……約束を守りたかったけど。小指と小指をからませて。


「ハヤカちゃん。行ってみる?」


 見坂井前監督が、わたしの背中をトンと押す。


 え? わたしがフィールドに――?


 田賀監督はシブい顔。スルメを強く噛んでいる。


「ダメに決まっておるだろが。そいつは瞬発力がない」


「だけど今の北尾くんもだいぶ疲れていますよね。元気なハヤカちゃんのほうが、動けるとは思うけど?」


「ぐっ……。仕方あるまいか……」


 ものすんごく不本意そう。


「江藤。行ってこい」


 耳もとで小さくささやかれる。


「勝ちたければ、ヤってこい。倉石と対等と思うなよ」


「……っ。…………行ってきます」


 どこまでもイヤミなヤツなんだ。


 わかってるよ。実力は倉石のほうが上。対等な立場じゃないってこと。


 でも、約束したんだから。正々堂々と勝負する。全力を出す。


 たとえ負けてしまっても、卑怯になるよりずっといい。


 チームに恥はかかせない。みんなにそう誓ったんだ。


 北尾先輩と交代して、わたしはフィールドへと歩く。


 黒海FCの陣営から、どよめきの声がわき上がる。


「江藤ハヤカだ、気をつけろ!」


「白森はまた卑劣な手を……」


 刺さる視線が胸に痛い。でも、ここは誠意を出す!


「あの節はすみませんでした! 正々堂々と戦います!」


 大きな声を響かせる。黒海のみんなは固まった。


 ただ一人、進み出る。倉石逸斗が大きな手を、わたしの前に差し出した。


「待ってたぞ。このときを」


 ひたいの汗がきらめいた。近くで見る倉石は、たくましくってカッコいい。


 握手する。そのあと小指をからませる。


 やってきたよ。わたしたち。倉石は足が治ったし、わたしはフィールドに立てたんだ。


 さあ、約束を果たすとき。


 ホイッスルが鳴り響く。

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