第5話 宝箱

 僕は結局、彼女の部屋でひと晩を明かした。彼女が不安定で心配だったのもあるけれど、祭壇が不気味だったから。床で寝たので背中が痛いけれど、そこは構わない。添い寝は丁重にお断りさせていただいた。


 翌朝、彼女の洗脳は解けたように見える。ちゃんと僕を認識してた。ただ、金貨への渇望のようなものがあるらしく、怪物を狩りにいかないと落ち着かないそうだ。仮に願い事で帰るにしても、金貨は必要になる。僕は命だけは大切にしてと彼女に頼み込んだ。死んでも帰れない可能性が高いからだ。



 ◇◇◇◇◇



「なんか……背が高くなってない?」


 待ち合わせ場所の『公園』と僕が呼び始めた場所で、かなり早めに宿舎から出てきたさやっちに遭遇する。


「背が高い子が好きなの?」


「えっ、いや、うん、そうだけど……」


 彼女に問われて戸惑う。わけがわからない。昨日までせいぜい160弱くらいだった彼女の身長が、今では170近くある。


「なんでそうなってるの?」


「あたしもわからない」


 確かに背の高い子は好きだし、彼女の黒髪は魅力的に見える。だけど何だこれは。僕の頭の中を覗いているのか? いや、となると彼女の望みって――。


「ごめん、さやっち。少し込み入った話、いいかな」


 僕はベンチに座ると、彼女も隣に座ってくる。


「いいよ。どうぞ」


「さやっちの望みって何? 最近何を願った? 最初に何を願った?」


「え、それ聞いちゃう?」


「ごめん、プライベートなことだから嫌ならいいんだ」


「んー。言っても嫌わない?」


「誓って」


「それマジに? 誓われたの初めてだし」


「マジに」


「……最初は優しい彼が欲しいなって思ったの」


「ちょ、ちょっと待って。今日のさやっち、喋り方ちょっと変わってない?」


 最初に比べたらずいぶんと落ち着いている気がする。


「そうかな。こんなもんだと思うよ。それでね、ミナトっちがその優しい彼かなって思って――」


「何か願い事したんだね?」


「――ミナトっちのタイプの女の子になりたいなって」


 僕は頭を抱えた。洗脳はまだいい。篠崎さんみたいに解ければ元通りだから。でもこれは……。


「その黒髪って地毛?」


「地毛っぽいね。艶々で綺麗」


「身長、元に戻るの、それ?」


「あたしもわかんない。思ってもみなかった」


「もしかして、喋り方がちょっと落ち着いてるの、自分で気づいてない?」


「えっ、そうなの? 落ち着いてる方がやっぱ好きなんだ?」


「えっ、あっ、いやね。そこは問題じゃなくてね、洗脳だよそれ。さやっちがさやっちじゃ無くなったら悲しいでしょ?」


「あたしが消えるってこと?」


「消えるとまでは言えないけど、別の誰かになるようなもんでしょ」


「それはやかなあ」


「だからもう祭壇に祈るのはやめたほうがいいよ。あと佐伯さんが昨日、急に変わったのもそれだよね」


「ミナトっちはあかりっちみたいな子、好きなんだよね?」


「えっ、いや、でもあれは無いかなあ。あ、どうしてそう思ったの?」


「だってあかりっちに優しくしてたでしょ?」


「いや、うん、下心が無かったとは言い切れません。すみません」


 今はもう吹っ切れたので別にいいかなとも思って白状した。


「なにそれ、謝るようなことじゃないよね、おかしいっ」


 さやっちさんはクスクス笑った。いちいち仕草が魅力的に見えてしまう。これも祭壇の力なんだろうか。となると僕の心も見透かされている? どうやって? 祭壇に祈ったから? いや、祈る前。昨日の時点で彼女は黒髪だった。僕には彼女の内面の変化も単なる洗脳なんかじゃないような気がしてきた。



 ◇◇◇◇◇



 『公園』で他のパーティと合流した僕たちは、再び西のカタコンベに向かった。

 件の佐伯さんはと言うと、今度は髪の色が変わっていた……緑に。緑? 緑だよ緑。そしてリップも緑。さすがにそっちは塗ってるだけだろうけれど、髪は染めてる? 勝手に変わった? どちらにしても一昨日の佐伯さんからは想像もできない。


 そして男はと言うと、まず三島。髪が伸びている。さらにトゲトゲしく。会うなりカッコイイだろと聞いてくる。わけがわからず僕とさやっちさんは生返事を返したが、他の三人は称賛していた。


 そしてついに白木。顔に向こう傷ができていた。なんで? そんなところ怪我しなかったよね。どうしたのそれ? ――と聞いたら、――古傷が疼く――と。いや、新しい傷だよねそれ。昨日まで無かったし。



 地下に降りた僕たちは、ついに新しいステージへの階段を発見した。地下二階への階段を降りると、やはりそこも平坦な構造の地下通路だった。ただ、通路に扉があった。鍵穴のようなものは無い。ノブもレバーもなく、取っ手のようなバーが付いているだけ。


 宮下が押し開けて入る。中は広いようだ。そして扉はバネでもあるのか、手を離すと自然に閉まる。中はこれだけ広いのに何もなかった。手分けして調べたが何も。


 部屋を後にしてさらに進むと再び扉。宮下が開けて入る。再び何もない部屋。何のための部屋? 中は先ほどと同じく何もない。がらんどうの部屋。


 しばらくまた道なりに進む。やがて突き当りに扉。宮下がまた押し開けて入る――べちゃ――天井から何かが降ってきた。それは宮下の上にべったりと纏わりつく。


「ギャー! 熱い! 痛い! 取ってくれ!」


 巨大なゾウリムシのような何かが宮下を飲み込もうとしていた。

 ――宮下は剣を手放し、必死で顔を守っていた。

 ――白木はゾウリムシを突きまくっている。

 ――三島が魔法を使う。ゾウリムシは弾け飛ぶ。


 四散したゾウリムシは動く様子は無い。他に居ないか天井を見渡すが、それらしきものは見えない。


「痛い! 顔と腕が痛い!」


 ヘルメットで頭は無事なようだが、顔が爛れているように見える。三島が慌てて水筒から水をかける。左腕は盾があるから無事だが、右手の甲冑がだらりと垂れ下がっている。水で洗い流すと顔の腫れは引くが、まだ赤くなっていて痛々しい。腕はというと――。


「み、右腕が!」


 右の手甲を外すと、右腕の表面が溶けて、骨が大きく露出していた。これ、どうにかなるのか? 水で洗い流すと痛みは訴えなくなったが、尋常な怪我じゃない。痛いどころの騒ぎじゃない。さすがに皆、顔を引き攣らせていた。


「これなに?」


 佐伯さんが言う。四散したゾウリムシは既に消失していたが、何故かそこに櫃が現れていた。櫃には正面に鍵穴が付いている。


「宝箱じゃん!」


 三島が言う。いや、それどころじゃないでしょ。それにこれ。どこから湧いて出たの? いや、これも皆にとっては当たり前のことなの? 皆の顔を伺う。宮下はそれどころじゃない。白木は平然としている。佐伯さんは最初こそ驚いていたが、宝箱と聞いて目を輝かせている。さやっちさんは――狼狽している?


「鍵がかかってんな。さやっち頼むわ」


 三島はさやっちさんにそう促すが、彼女に何とかできるのか? いや、最初に盗賊と言っていたな。盗賊ってそういうことができるの? 彼女はピッキングの道具のようなものを取り出して、震えながら鍵穴に差し込む。


 すごいな――最初こそ手元が震えていたが、やがて当然のように道具を使いこなしている。眺めていた僕は、ふと、他の四人が僕たちから距離を取っていることに気が付いた。



 カチャリ――錠が外れた音だろう。その音と共に、視界が一瞬で切り替わった。



 ◇◇◇◇◇



 宝箱はある。そしてさやっちさんもその前に屈んでいる。しかし他の四人が居ない。部屋が違う。扉が三方にある。あの球体の明かりも瞬間的に位置が変わったので残像が残る。


「ここは……どこ?」


「転移の罠があるって聞いてた……」


 さやっちさんは泣きそうな顔で僕を振り返った。


「他にも毒針とか、矢とか、爆発したりして死んじゃうこともあるって!」


 なるほど。彼女のさっきの狼狽はこの危険を感じていたからか。


「大丈夫。生きてるから落ち着いて」


 内心、落ち着いてなど居られず僕も叫びたかったが、狼狽えているさやっちさんの前で取り乱すわけにもいかない。


「せっかく開けたんだ。見てみよう」


 櫃を開けると、中にはたくさんの金貨が入っていた。これは――金だとしたら持ちきれないな。とりあえず、持てるだけ持っていこうと言うことになったが、不思議なことに何枚詰めても重さを感じなかった。


「金貨だよね、これ」


 一枚持ってみると確かに重さを感じる。しかし金貨用に渡された袋に何枚詰めてもそれほど重さを感じず、体積も増えない。


「普通じゃないよね、これ」


「ミナトっちは本当に何も聞いてないよね。なんだって」


「それって説明されたからそう感じるの?」


「そう……かも」


「僕は……実のところあの集会で寝ててさ、途中から全然話を聞いてなかったんだ。だから自分は洗脳されてないって思ってる」


 さやっちさんは黒髪になったこともあってか、最初の頃の陽気さが無くなってしまった。自分の好みに変わるより、元のままの方が今ではかわいかったような気がする。



 ◇◇◇◇◇



 とにかく移動することにした。こんな時にしか役に立たないが、こんな時は何より頼りになる探知の魔法を使い、教会に戻るための道順を呼び起こす。地図と照らし合わせると、大体の位置がわかる。


「さっきの部屋からは遠いけど、まだ地下二階だ。大丈夫、帰れるよ」


 僕たちは天井に気を付けながら進む。扉を開けた先は通路。そこをまっすぐ行く。途中の扉は無視する。右に曲がる。


「(何かいるよ)」


 さやっちさんが小声で警告する。背の高い人影がひとつ。ひたひたと歩いているがこちらには気づいていない。手に何か持っている。


 ――やがてその人影は経路外に歩いて行ってしまった。


「無理に戦わなくてもいいんじゃないか」


「そだね」


 さやっちさんもちょっと笑った。

 彼女には元通り元気になって欲しい。

 


 ぱちん――何かが弾けたような音がした。



 ◇◇◇◇◇



 その後、彼女の視力の良さと僕の探知を使って上手く怪物を回避し、教会まで戻ることができた。ホッとするも、残りの四人――特に宮下のことが気がかりだった。


「宮下、大丈夫だろうか。あの右手」


「大丈夫だよ思うよ。向こうが聖堂になってて、金貨を捧げればどんな怪我でも治せるから」


「あれを治せるんだ」


「たぶん……」



 そのまま教会で待っていると、先に篠崎さんたちが南の階段から戻ってきた。


「篠崎さん」


「あ、先輩!」


 彼女が駆け寄ってくる。後ろではあの五十嵐が彼女を引き止めようと手を出すが、空振りして悲しそうにしている。なんかちょっとごめんな。


「先輩、その人は?」


「こっちはさやっちさん。一緒のパーティなんだけど、転移の罠で二人だけ飛ばされちゃってさ」


「さんは要らないってば。ちわ。さやっちでいいよ。そっちは?」


「こっちは篠崎さん。高校の部活の後輩」


「私も別にさんは要らないんスけど……。よろしくッス」


 変な喋り方は辞めたんじゃなかったのかと思ったけれど、今は突っ込まない方がよさそう。


「転移の罠はかなり危ないらしいッスから、無事でよかった……です」


「そっちもね」


「先輩、分配終わったらご飯行きましょ」


「ご飯ってあるんだ」


 僕の質問に、事情を知っている二人は変な顔はしなかったけれど、『食堂』に行けば金貨でおいしいご飯が食べられると教えてくれた。何でも食べられるらしい。


「ごめん、まだパーティの残りが帰ってきてなくてさ、待たないとね」


「わかりました……じゃ、夕飯は一緒してください」


「うん、わかった」



 ◇◇◇◇◇



 篠崎さんを見送る僕たち。


「あの子、ミナトっちに気がある」


 やっぱりそう来たか。しかし――。


「お願いだから、彼女をどうこうしようとか祭壇に願わないでね」


「あたしはそういうことしないし!」


「そっか。よかった」



「ミナトっちはどうなの?」


「僕は……わからないな。前はお互い興味も無い間柄だと思ってた。けど、彼女が想ってくれてるって知って、ちょっと考えてるところ」


「ふぅん……」


「あとね、さやっちもそんな僕好みに変わらなくていいから。元のままの方がいいと思ったんだ、さっき」


「考えとく……」



 そんな話をしていたら、見覚えのある金髪のトゲトゲが西の階段から帰ってきた。三人で……。



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