窮鼠は甘い罠を仕掛ける
吉良えり
第1話 夕食時の訪問者
「お前……いい加減にしろよ……」
突然目の前に現れた男の人は、
低い声を響かせるとゆっくりと顔をこちらに向けた。
限りなく白に近い銀髪に、
色を抜いたように白い肌。
すっと高い鼻に小さな口、細いあご。
彼は木造2階建ての古いこのアパートに似つかわしくない美しい姿をしている。
「だ、誰?ですか?どこから入ったんですか?
いつからいたんですか?」
チン!
と、パンが焼きあがった音が響き渡る。
「さっきからずっといた」
「えっ?ずっと?
ここにいるのはわたしとハムのすけ……」
彼はわたしの後方に視線を移す。
そんな────嘘だよね?
振り返ると食器棚の上のケージが開いていて、
さっきまでいた筈のハムスターのハムのすけがいない。
ハムのすけは10日前にこの部屋に迷い込んできた真っ白なハムスター。
えっ、えーーーーっ!!!!
嘘でしょ……。
だってこれじゃあまるであの話だよ!
助けてもらった鶴が人の姿で現れるあの有名な───。
今から遡ること10日前───。
この日はアルバイトがなく、クラスメイトの
中学を卒業してすぐに地元を離れ木造2階建ての古いアパートの101号室で1人暮らしを始めたわたしはろくにやってこなかった料理にこの日も苦戦していた。
フライパンで材料を炒めながら袋からパスタを1人前取り出すとコンロの脇に置き、
冷蔵庫からケチャップを取り出すとフタを開けてパスタの脇に立ててスタンバイ。
と、ここまでは良かった。
けど、気付いた時にはコンロの火がパスタに引火し半分丸焦げになっていた。
慌てたわたしはフタの空いたケチャップを床に落とし拾おうとした時にフライパンからジリジリと焦げる音がして火を止めるも、
すでに食べれる状態ではなく泣く泣く三角コーナーに入れようとしたその時床に落としたケチャップを踏んづけ大噴射。
もう最悪だ~とへたり込んだところに真っ白なハムスターがいた。
これが、わたしとハムのすけの出会いだった。
「君、ハムスター……だよね?可愛い!」
どういう訳か昔から家の中で見知らぬ動物と出会う機会が多かったわたし。
家に帰ったら部屋の中に知らない猫がいたなんてことも今までに数回あった。
だから突然ハムスターが現れても驚いたりはしなかった。
あっ鳩がいたこともあったなぁ。
わたしはハムスターを両手でそっと持ち上げると顔に近づけた。
「良かった~ケチャップ付いてない。それにしても本当、可愛いなぁ。しかも真っ白できれい。動物に触ったの久しぶりだなぁ癒される~」
夕食時の訪問者はわたしに最高の癒しを与えてくれる以外に、
一人暮らしを始めて3ヶ月の寂しくて仕方がなかった日々に終止符を打ってくれる存在になろうとしていた。
実はハムスターは実家にいる時に飼っていた。
一人暮らしを始めたらまた飼おうと思って、
ハムスター用のケージを実家から持ってきていた。
押し入れから出したケージにハムスターを入れるとわたしはハムスターの飼い主がこのアパートにいるか確認をしに部屋を出た。
わたしが住むアパートはよくある木造2階建てのアパート。
けど、他のアパートとは少し違って2階は201~204号室まであるのに、
1階はわたしが住む101号室しかない。
本来102号室103号室104号室の玄関である場所は掃き出し窓(窓の下部分が床まである、引き戸式の窓)になっている。
どうやら部屋3つ分が一部屋になっているようで、玄関のドアも大きく外の光が取り込めるすりガラスが入ったものだった。
他とはまるで違うその部屋にはまだ引っ越しの挨拶にも行っていない。
たまたま住人と会ったら声を掛けようとも思っていたけど、
玄関が並びにない為たまたま会うこともなく3ヶ月の月日が経ってしまった。
かなり古いこのアパートには、1人暮らしの中年男性や高齢の夫婦しか住んでいない。
一番遠い204号室から回るけどハムスターの飼い主だという住人はおらず、最後にあの謎の部屋へと行った。
緊張しながらも勇気を出してインターフォンを鳴らした。
表札には【西条】と書いてあった。
「今、ドアを開けますので少々お待ちいただけますか?」
「はい」
丁寧な言葉遣いに安心していると、
ドアを開けたのはまだ中学生くらいの短髪が爽やかな男の子だった。
「お待たせしました」
「こんばんは101号室の清水です。
あの、突然ですがこちらでハムスターは飼われていますか?」
「いいえ、ハムスターは飼っていませんが、いかがなさいましたか?」
「いや、それならいいんです。
突然すみません失礼いたします」
一礼してドアを閉めるとわたしは走って部屋に戻った。
こうして、正式にハムスターの飼い主となった。
そして現在、わたしは銀髪の美しい彼に睨まれている。
人間の姿になって現れたということはやっぱり……そういうことだよね?
「あ、あの……これって鶴の恩返し的なことですか?」
「んあ゛?」
あれ?なんか顔が険しくなった……なんで?怒ってる?
「ち、違いました……?」
彼は低く静かな声で淡々と話し始めた。
「俺がお前から恩返しをされることがあっても俺がお前に恩返しする義理はない。
毎日毎日胸が成長しないだの英語のテストが30点だっただの彼氏がいるとかいないとか仕様もない愚痴を聞かされて…」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!ぜ、全部聞いてたわけ!!」
彼の口から飛び出す言葉は全てわたしがハムのすけに話したことだけど、こんなこと言われて冷静でいられる筈がない。
動揺しまくるわたしに彼は淡々と言葉を返す。
「聞いてたんじゃない聞かされていたんだ。毎日毎日お前の下らない愚痴を聞かされて俺がどれだけ苦痛だったと思う?
なのに恩返しだと?ふざけるな。俺がお前に感謝されることがあってもお前に俺が感謝することなど何一つない」
す、凄い言ってくるじゃん。
「て、ていうか、そ、それはハムスターだと思っていたから話した訳で、実は人間でした~なんて反則だよ!!」
さ、最悪なんだけど……。
まさかハムのすけが人間だったなんて……。
わたし今までハムのすけにどんな話したっけ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます