第19話 遭遇
行く先々で女性陣に囲まれてしまい、早々にリュイは獣の姿に戻った。しかも「人間こわい」という悪印象付きという最悪の結果に。
私の腕に首に巻き付いている。
ヴァイスは執事服に姿を変え前髪を伸ばすことで存在感を希薄な雰囲気にした途端、令嬢に囲まれることがなくなった。
ホッとしたところでおじいちゃんの誕生日プレゼントを探すことにした。カフレ都市の地図をローランさんから貰っているので、道に迷うことはないだろう。
白とオレンジ色の石畳が敷き詰められ舗装路はしっかりいてブラウン色の建物を基調として至るところに植物が植えられていて公園も多い。衛生面もしっかりと管理されて警備兵も適度に巡回している。
「マリーさま。服屋では散々でしたが、あちら……その……別の服屋に向かいますか?」
「(ヴァイスにまでトラウマが……)ううん。一応、二人が令嬢に囲まれている間に店員さんと話したけれど、おじいちゃんって基本的にスーツとか着てないし、ハンカチもあったけれどもっと高価そうなものとかいいかなって……」
「なるほど。それでは時計などはいかがでしょう? よく分刻みのスケジュールとおっしゃっていたので、仕事をしている途中にマリーさまから貰った時計を見たら元気ができるのでは?」
「時計。うん、いい案かも!」
『是。我も賛成』
少し落ち着いたのか小刻みに震えていたリュイが復活したようだ。優しく頭を撫でたら少し元気が出たようなので少しホッとした。
時計屋に入ると、銀色に煌めく機械仕掛け時計が私たちを出迎える。壁に掛ける時計から腕時計など様々な種類がある。その中で目に付いたのは懐中時計だ。
シンプルな者から蓋ありのものなどがあり、アンティークのものなどは一点ものも多くとても装飾が凝っている。
(あ。この太陽と星の紋様が入ったものがいいわね)
店員に贈り物として懐中時計を頼み、それから隣接したブースにちょっとしたアクセサリーがあったので見ることにした。
(あ、このイヤリングはヴァイスに似合いそう。こっちのシルバーネックレスはリュイにいいかも?)
せっかくなので二人の分も購入して、文房具ではローランさんに万年筆を買うことにした。誰かの為に選ぶ買い物はなんだかワクワクして楽しい。
一通りの買い物が終わり時計屋には帰りに寄って贈り物を受け取るまでの間、時間に余裕ができたので中央広場にある露店を見て回ることにした。お腹も減ってきていたので、軽く食べられるのもありだろう。
(ああー、一度こういう所で買い食いというのをしてみたいと思っていたのよね!)
『マリー嬢、いい匂い』
「ふふ、そうね。牛串って書いてあるからいくつか買っておきましょう」
「では私が買ってきましょう」
そう言ってヴァイスは店に買いに行っている間に、私は飲み物を用意しようと周りを見渡していると、軽く人にぶつかってしまった。
「す、すみません」
「チッ、気をつけろ」
粗野な顔の男は、さっさと人混みの中に消えてしまった。あまりにもあっという間だったので呆然としてしまう。
『…………マリー嬢、ちょっと野暮用を思い出した』
「え?」
私が何か聞く前にリュイは私の首から離れて消えてしまう。ヴァイスと合流しようとしたものの人混みに流されて気付けば人気の無い場所へ出てしまった。
数秒考えた結果、認めたくない事実を受け入れる。
(これって迷子よね……)
まさか二人とはぐれて迷子になってしまうとは情けない。少し焦ったもののこんな時のために集合場所を決めている。私は地図を広げて神殿までの道を確認し、ここからだと細い道を通ればすぐだ。
見た目的に薄暗くて人の気配のない裏通りだが、突っ切ってしまえば大丈夫なはずだ。
(早くヴァイスとリュイと合流しないと!)
「待て!」
駆け出そうとした私を制止する声が届いた。振り返ると立派な馬車が大通りに止まっている。あの紋章は何処かで――。
そう思っていた矢先、馬車から降り立った人物を見て硬直した。ミッドナイトブルーの髪にインディゴの瞳、漆黒の服に身を包んだ偉丈夫――伯爵が姿を現す。
伯爵は焦った顔ですぐさま私の元に駆け寄ってくる。
「マリー!」
(な、な、なんで伯爵がいるのよぉおおおおお!)
「こんなところで何をしているんだ?」
まさかこのタイミングで伯爵に会うなんて、本当に最悪だ。
この数日、面会を断っているので気まずいというか関わりたくないものの、これ以上角を立てることはよくないだろう。無視するよりは適当に話をしてこの場を去るべきだと考えをまとめる。
「これは伯爵様、ごきげんよう」
この場では軽く頭を下げる程度の挨拶に止めたのだが、それで「ハイさよなら」という感じにはならなかった。
「護衛は? どうして一人なんだ?」
「あー……、人混みではぐれてしまっただけです。しかしすぐに落ち合うのでご心配なく」
「そう……か。では護衛者が戻るまで僕が傍にいよう。それか落ち合う場所があるのならそこまで同行させてほしい」
「お断り致します」と即答したい気持ちをグッと堪えて、顔を俯かせることで耐えた。
楽しかった気分が一瞬で最悪なものに上書きされてしまう。下唇を噛みしめ、やんわりと断る言い回しを必死で考える。
伯爵がどんな顔をしているのか顔を上げる勇気は無い。あの日、侮蔑に似た眼差しが脳裏から離れなかったのと、目を合わせたら最後また言い返しそうになるからだ。
「(平常心、平常心……)お心使いありがとうございます。しかし伯爵様のお手を煩わせる気はありませんので、お気になさらずに。これで失礼させて頂きます」
「……っ」
(これでしつこく食い下がられたらどうしよう)
「そうか。……呼び止めてしまってすまなかった」
(よし、このまま――)
「マリー嬢、数日前の暴言と非礼を謝らせてほしい」
「え」
そう言って伯爵は私に深々と頭を下げた。気位が高い数日前の彼と同一人物とは思えない程、彼は真摯に謝罪をしてきた。言い訳などもない。
きっと私が言うまで頭を下げたままだろう。
「もう結構です。それと手紙と花束、贈り物も今後は必要ありません」
「……っ、そうか」
伯爵の顔を恐る恐る見つめると苦しそうな、悲しげな目をしていた。この数日で何があったというのか激変する雰囲気に困惑してしまう。
(傍若無人さはどこに! というか本当に同一人物!? ううん……騙されてはダメよ。きっと何か裏があるはず!)
「とりあえず、合流場所までは送らせてほしい。その後で貴女に何かあっては目覚めが悪い」
「……わかりました」
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