第9話 トモダチ
どうやらこの精霊は昔私が読み聞かせた王と騎士の関係に憧れているらしい。自らの忠義を捧げるたった一人の主人。その特別な枠に入りたいという。ちょっと変わっているが、忠義に厚いのは何だか頼もしいものの、些か私には荷が重い。もう少し気軽な方がいい。
「うん。えっとね、私、昔のことをちょっと思い出したのだけれど一緒に遊んで、成長して、困ったことがあったらお互いに協力し合う……そういう関係に憧れていて……」
白狐の尾がぶんぶんと揺れながら、私の言葉を咀嚼しようとしてくれている。急に友達宣言されたら嫌だろうか。それとも精霊に友達の概念がなかったら一から説明することになるのだが、「解釈が違っていたら事態はさらに悪化するのでは?」と内心バクバクしていた。
『つまり、マリーさまと共感や信頼の情を抱き合って互いを肯定し』
「うんうん」
『苦楽を分かち合い、傍にいて』
「そうそう」
『マリーさまのために、この血の一滴まで捧げ、いざという時は命を賭す覚悟を持つと言うことですね!』
「全然違う! 特に途中から色々可笑しい……」
『ハッ、失礼しました。次の魂に生まれ変わるまでは血脈に対して加護をすることが』
「違う、違う! そして重い」
『……違うのですか?』
「うん。もっとこう対等というか……」
前肢で頭を抱えている姿が可愛い。
『了。健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも』
「そう、それ……?」
『マリー嬢を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓う』
「それ夫婦の誓い! 途中でそうじゃないかと思ったけれど! 違う、もっとフランクで何というかううーーーん」
膝の上でとぐろを巻いていた蛇のリュイの声が聞こえるようになっていた。こっちも解釈が重い。やっぱり友達の概念を説明するのが難しいようだ。
『では、マリーさま。これから私どもにトモダチがどのようなものがご教授いただけませんでしょうか?』
「え」
『求、我も知りたい』
他の子たちも「うんうん」と首を上下に振って答えた。どうやら友達をこの子たちに教えていくことから始めなければならないらしい。何だかそれ自体が嬉しい。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「わかったわ。それじゃあ、これからよろしくね。リュイ、ヴァイス」
***
夢を見る。
まるで過去をなぞるように。
幼い頃、おばあちゃんに精霊の話を聞いて「早く私も契約したい」と思って水晶を手に一人で深い森へと向かった。
できるだけ自然の多い場所がいいって、言っていたから。
私の後ろを付いてくるのは泣き虫なフードを被った男の子。髪が長いから女の子かもしれない。いつも泣いて私の後を追いかけてくる。
『マリー、置いていかないでよ』
いつも私は「もうしょうがないな」と言って手を掴んで森を進んだ。
どうしてだろう。
その子の名前を――私は口にしているのに、
朝露と霧の濃い森の中で、私は精霊を呼び出した。
現れたのは私と同じくらいの男の子たち。
一緒に遊んでいるうちに名前を決めた。
白銀の髪と青い瞳のヴァイス。
深緑色の髪と細目のリュイ。
「私とお友達になってほしいの!」
『トモダチ……と言う関係は、主従関係とは異なるのですか?』
「うーん、そうじゃなくって……」
再会して同じ話題をなぞったのは、繰り返すことで絆を強化する魔法だったのだろう。あるいは幼い頃の出来事を思い出せるようにヴァイスはそう答えたのかもしれない。はたまたあの頃の私と変わっていないか、確認のための問いだったのだろうか。
「一緒にいて、遊んで、ご飯を食べてなかよくすること!」
『つまり、マリーさまと共感や信頼の情を抱き合って互いを肯定し苦楽を分かち合い、傍にいてマリーさまのために、この血の一滴まで捧げ、いざという時は命を賭す覚悟を持つと言うことですね!』
「違う!」
『了。健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときもマリー嬢を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓う』
「それは結婚だと思う?」
『難。難しい。でもこれが近い、違うカ?』
「うーん」
『ダメ、マリーと――するのは僕だから!』
ふとフードを被っていたその子は精霊に向かって叫んだ。
この子は、精霊じゃない?
でも、それなら誰なのだろう。
(あなたは――だれ? あなたが私の中で忘れてしまった大切な――人?)
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