第5話:ポルトス

「あれを斃してみろ」


 ポルトスと名乗った巨躯、筋肉達磨が、大きな牙を持つ全長80センチくらいの灰色ネズミを指差した。


 バシュ!


 俺が何かする前に、九尾の大山猫に変化したサクラが魔術を放った。

 牙か角を持つウサギの首が刎ね飛ばされ、宙に舞う。


「ふん、移動する。

 目の前に現れた灰牙兎と灰角兎は皆殺しにしろ。

 従魔にだけ戦わせないで、お前もやれ。

 ドロップは俺の荷役に回収させる」


 ギルド最強の冒険者らしい横柄な態度だ。

 しかたがない、俺はまだ何の実績もないド素人だ


 サクラは俺以外の人間の言葉も理解できるようになっていた。

 必ず単体で現れるウサギを殺してくれる。

 俺はギルドを出る時に貸し与えられた剣を持って見ているだけだ。


「従魔だけにやらせるな。

 お前も狩れ」


 ぶっきらぼうな言い方だが、こいつ、思いやりがあるのかもしれない。

 従魔だけが経験を積んでしまったら、従魔に手に負えなくなった時に、俺は何の抵抗もできずに殺されてしまう。


「サクラ、俺にもやらせてくれ」


 サクラはとても賢いから、俺の言う通りにしてくれる。

 狩ってみると、面白いというか、何の危険もなくウサギが狩れる。


 確か、十匹狩れたら木上級に成れたはずだ。

 もう二百匹近く狩っているぞ。


 あ、でも、魔境とダンジョンでは違うのかもしれない。

 魔境なら獲物が丸々残るが、ダンジョンだとドロップ品しか残らない。

 持ち帰ったドトップの数で進級が決められるのかもしれない。


 ドロップ率は十分の一くらいか。

 ウサギ肉と思われる100gくらいの肉塊を、二十個は手に入れた。


「ふむ、次だ。

 駆け抜けるが、荷役を置き去りにするな。

 斃せる灰牙兎と灰角兎は皆殺しにしろ。

 駆け出しなら、良い小遣いになる」


 下に向かう階段の前でポルトスが言った。

 態度は悪いが、性格は悪くないようだ。

 悪くないどころか、良い奴なのだろう。


 ラノベでは人間扱いされない事が多い、荷役の事を気にかけている。

 それと、俺の懐具合も考えてくれている。


「次はあれを狩れ。

 お前達なら簡単なはずだ。

 最短ルートを通るから、目につくウサギは皆殺しだ」


 地下二階にいたのは地下一階と同じウサギだった。

 もう昇級条件は達成したのだろう。

 地下一階よりも短い距離で下に向かう階段についた。


「すげえ、こんな新人初めて見たぞ!」

「普通なら数カ月かけて木級から鉄級になるんだぞ!」

「今日は結構稼げるかもしれないぞ!」


 荷役達の言う事が気になる。

 現世では賞賛される事なんてほとんどなかったからなぁ。

 それにしても、荷役も誰に雇われるかで当たり外れがあるんだな。


「さっさと数をこなせ。

 少し大きくなる程度だ」


 言い方はこれまで通りだが、少しは実力を認めてくれたようだ。

 サクラと俺となら、簡単にノルマを達成できると思ってくれている。


 地下三階に降りた俺達の前には、地下一階と地下二階にいたウサギより一回りも二回りも大きいネズミがいた。


 中型犬でも小さいほう、足の短さから考えて、ウェルシュコーギーペンブローク暗いと思ってもらえたら分かりやすい。


 いや、ネズミなのだから、ヌートリアを想像してもらう方が良いか?

 よく見かけるヌートリアよりは一回りは大きいと思うが。


 そんな体重10キロくらいのヌートリアが、最大五匹の群れを作って襲って来る。

 だが、俺の目の前に現れるのは必ず一匹だ。

 サクラが他のネズミを皆殺しにしてくれる。


 このネズミが落とすのは200gくらいの肉塊だった。

 俺はとても食べる気にはならないが、この世界では普通に食べられているのだろう、荷役達がうれしそうに拾っている。


 ドロップ率はウサギと同じだと思う。

 多少の差はあるだろうが、十分の一くらいだと思う。


「十分だ。

 五階まで一気に下りるぞ」


 ポルトスはそう言うと先頭に立って走り始めた。

 余り足が速くないのは巨体の所為か、荷役の事を考えてか?

 現れるウサギを手当たり次第狩っているから、荷役の事を考えてだろう。


 ポルトスは言った通り脇目も振らずに最短距離を進んだのだろう。

 駆け出しと思える冒険者達に、迷惑な表情をされている。


「狩って見せろ」


 地下五階にいたのは、中型犬よりも大きいが超大型犬ほどは大きくないウサギ。

 脚の短いジャーマンシェパードやゴールデンレトリーバーくらいだ。


 そんな大きさの牙や角を持つ猛獣が、こちらを殺す気で飛び跳ね突撃してくる。

 集団で襲い掛かってきたりもする。


 地獄で修業する前の俺なら、その場にへたり込むか逃げていた。

 だが今の俺なら無双ができる。

 もっとも、俺の前まで来るのは常に一匹だけだ。


「ちっ、俺様の荷役だけでは持ちきれない。

 これまでの獲物を捨てて下に行くか?

 一旦ギルドに戻って荷役を増やすか?」


 鉄上級に進級するには、赤角兎級を二十匹以上狩らなければいかなかったはず。

 だからだろう、地下五階を巡回させられている。

 

「雇い主は荷役の食事を保証する義務がある。

 一階の兎肉を喰わすのか、五階の兎肉を喰わすのかで評判が変わる」


 ポルトスはぶっきらぼうに言い捨てるが、荷役に尊敬されたいのなら、五階の美味い肉を喰わせてやれと言いたいのだろう。


「俺の田舎では兎や鼠は喰わなかったんだ。

 俺だけアイテムボックスにある食材を食べてもいいか?」


「アイテムボックスがあるなら言っておけ!

 荷役を雇う必要などなかったのだろうが!」


「食べるのに困っているような寡婦や孤児を雇うのが、尊敬される冒険者の行いなら、アイテムボックスが有ろうと雇うぞ」


「うっ、そうか、だが、だったら同じ物を喰え!」


 なるほど、この世界にも同じ釜の飯を喰った仲間という考えがあるのか。


「分かった、そうさせてもらうが、味付けは俺に任せてくれ」


 悪いが、独特の臭みがあるかもしれない異世界の兎肉を、塩味だけで食べるのは勘弁させてもらう。


 ダンジョンの中だから、唐揚げなんて下拵えに時間のかかる揚げ物はできないが、焼くなら香辛料を利かせたいに、煮るならカレーかシチューにしたい。


「味付けだと、塩でも持っているのか?」


 まさか、塩も振らずに兎や鼠を喰う気だったのか?

 この世界では、胡椒だけではなく塩まで貴重なのか?


「塩はもちろん、胡椒などの香辛料も持っている。

 焼くにしても煮るにしても、全員分を提供させてもらう」


「ほう、それは感心だな。

 だったら階段にいくぞ」


 階段、セーフティーエリアになっているのか?


「ここなら大丈夫だ」


「何が大丈夫なんだ」


「大丈夫だから大丈夫なのだ」


「いや、だから、その大丈夫は何が大丈夫なのか分からない」


「だから、大丈夫だと言ったら大丈夫なのだ」


「あのう、説明させてもらってもいいですか?」


 俺とポルトスの不毛な会話に嫌気がさしたのか、四十代くらいに見える女性が説明してくれた。


 ダンジョン内では、薪を使って火を起こしても、時間が経つと薪ごと吸収されてしまうのだそうだ。


「おい、おい、おい、大丈夫なのか?

 俺達まで吸収されたりしないだろうな?」


「冒険者や荷役は、ダンジョンに何十日いても大丈夫です」


 女性はそう言ってくれるが、信じきれないぞ!

 まあ、郷に入っては郷に従えと言う。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うからな。


「分かった、だったら、ここは別なんだな?」


「はい、五階ごとの階段では吸収されないとこが分かっています。

 長期間ダンジョンで過ごす人は、五階で寝泊まりしています」


 ポルトスは、人は良いが頭は良くないのだろう。

 不得意な説明は荷役に任せよう。


「階段では肉を焼くのか?

 それとも鍋なんかも用意して煮炊きするのか?」


「持ち込める水や薪には限りがありますので、煮炊きする事が多いです。

 そのために、私らのような荷役も鉄兜を貸し与えられます」


 あああああ、戦国時代の足軽が、陣笠で煮炊きしたのと同じだな。

 場所が変わってもやる事は同じだな。


「分かった、五階の兎肉を腹一杯食べてもいいぞ」


「「「「「やったぁあ!」」」」」

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