第5話 ラス、ボス?

そして神崎との修行が始まった。その日々はあまりにも過酷だった。そして三週間が経った今でも僕はまともにマナを使えなかった。

「さぁ立つんだ賀来!!君の弱点は攻撃にマナをのせられないこと!まずはこれを克服するぞ!」

「そんなこと言ったって、どうやってするんだよ」

「マナを感じるそれだけさ!授業でやらなかった?」

「いや、それは·····」

「まぁいいや!とりあえず実践あるのみ!ほらやってみて」

雑だなーー、まぁやってみるかマナを感じるということを。


「すぅー、はぁー」

目をつむる、体の中を駆け巡る血液を探知する。心臓の音をよく聞く。マナとは血液、それを理解しろ。


血液、血液、ウーム


「いや!わからん!!」

「うわ!ちょっと急に叫ばないでよ」

「なんかつかめそうでつかめないんだよなー」

「……賀来さ防御の時マナ使えてるよ?それを攻撃に転換させればいいだけなんじゃない?」

「え、まじ?」

「おおまじ」

そうなのか、僕マナを使えてたのか。それが少しうれしかったりする。


「わかった、んじゃあもう一回………」

と僕がもう一度目をつむったとき昇降口の出口から快活な声が聞こえてきた。

「おーい華ー帰ろー!」

「あ、舞!ちょっと待ってて」

あの特徴的なオレンジの髪にポニーテール、それでいて目鼻立ちの整ったお決まりの美人ときた、そんな人はこの世界において一人しかいない、究極のドジっ子佐藤舞か!


「てわけでごめん、今日の修行はここまでだ」

「いや気にするな、僕はさみしく一人で帰ることにするよ」

「うー、賀来ってもしかして意地悪なのかな?」

神崎は気まずそうに眼を細めた。

「冗談だ、じゃあね神崎」

「うん、ほんとごめんねー」

僕が神崎から目を離すまで神崎は大手を振り続けた。ほんといいやつだな。


神崎達に背を向けて通学バッグに手をかけたタイミングで背後からとんでもなない悲鳴が聞こえてきた。

「ぎゃぁ!校長先生の銅像がぁ!!」

佐藤舞の声だった。

「おい、橘ちょっと職員室来い」

「ぎゃぁぁぁーーー!!」

そして先生に肩をたたかれた僕の悲鳴だった。



クーラーの効いた涼しい部屋である職員室、その端にある客人ようの椅子に僕は座らせられていた。想像以上に沈む椅子にちょっと驚きながらも腰を落ち着かせた。


たぶん僕は生きてきた中で一度も職員室に入ったことがない。だからちょっと興奮してたところもあるんだけど先生からの呼び出しだったことを思い出してすんとなった。その後に何を言われるのだろうかと心臓の鼓動が早まってきた。


先生がコーヒーを片手に僕の前に座る。隣にはなぜか杖をついたおばぁちゃんがいる。先生はコーヒーを目の前の白塗りのテーブルに置いた後で口周りの無精髭をさすりながら口を開いた。

「お前友達少ないよな?」

「え、なんですか急に」

めちゃくちゃ失礼だなおい。


「つーことは暇だよな?」

「え、え、なんですか」

だめだいやな予感しかしない。


「このばぁちゃんを駅まで連れてけ」

「はぁーーー!!!?」

「黙れ」

がんと頭を思いっきり殴られた。鈍い痛みが走る。そこに愛という一文字を感じることはできずただただ痛かった。


「俺は困った人は見捨てないたちでなぁ、校門前で困ってたもんだからつい助けちまった、まぁ俺が案内してもいいが何分俺は忙しいからな頼んだぞ」

「いやそんなめんどくさいこと………」

「いいな?」

「……はい」

圧に負けた。教師なんてみんなカスだぜ全くよぉゆるせねぇぼかぁゆるせねぇよぉ。


「よろしくねぇぼうや」

細い目をした優しそうなおばぁちゃんだ。もう夏にさしかかるような季節だっていうのに羽織や厚手のスカートと随分着込んでいる。暑くないのだろうか。


「は、はい」

そんなおばぁちゃんの頼みを断ることができずつい頼みを受け入れてしまった。


「ん?そういえばなんで俺橘に頼んだんだ?」

そう言った先生の声は職員室を離れた僕には聞こえ無かった。



僕はおばあさんを特になんの問題もなく駅前まで連れていく。その間におばあちゃんが気を利かせて話してくれたがあのおばあちゃん特有のマシンガントークだったためにまともな返事すらできずただ苦笑いするしか無かった。


そして駅が真近に迫ってきた所でおばあちゃんが僕の折れた左腕に言及してきた。


「その腕、折れてるのかい?」

「え、あ、はい、ちょっと無茶し過ぎてしまって」

「全く最近の若者は無茶をし過ぎだねぇ、もうちょっと力を抜いてもいいんじゃないかい?」

おばあちゃんのその気の抜けたシワを寄せた笑みに少し毒気を抜かれた気がした。


「私は少し治癒の魔術が使えてね、腕を見せてみな」

「え、はい」

治癒の魔術?そんなの魔術100家の神秘の一つじゃないか。


相手がおばあちゃんだったからなのだろうか、僕は特に躊躇わずに腕を差し出してしまった。その流れに違和感があったとしても気づくことが出来なかった。

「治れ」

おばあちゃんが僕の腕に手をかざした。不安になるほどのしわしわの手だったけどどこか力強かった。


瞬間黒い光が僕の腕に纏わりつくように出現し、気づけば僕の左腕は完治されていた。

「これ、は·····」

僕は知っていたこの黒い光を、何度も何度も見た、この光が傷を治す光景を。


「あそこに人がいるねぇ、たくさんいるねぇ」

おばあちゃんの弱々しい腕の先には確かに多くの人が行き交っていた。部活帰りの高校生、早上がりの社会人、子供連れのお母さん、ここはこの時間帯になると人が多く歩きづらくなるほどだ。


嫌な予感がした、胸の高鳴りが激しい動悸を作り出す。

「はぁはぁはぁ」

呼吸がしづらい、威圧感が生への執着がこれを引き起こしている。

「なぁ、あそこに魔獣を出したらどうなるんだろうなぁ、なぁ橘賀来?」

「お前、はっ」

ガタガタの歯、震えている弱々しい腕、立っているのもやっとのような細い足、湾曲した背骨、見た目は完全に高齢者のそれだった。


だがゲームでもはそういう擬態が得意だった。


「堂明雁夜!!」

「正解だ混ざり者」

おばあちゃんの周りに再びあの黒い光が集まりだした。

「がっ!?」

一気に周りの空気が重くなる、息をするのを忘れるほどに目の前の人間の姿をした化け物に目が離せなかった。



黒い光が晴れてくると現れたのは紫色の着物に、漆黒の髪を腰まで伸ばし猫のような細い目をした少し小柄な女性だった。


このビジュアルは何度も見た、何度も絶望した。こいつは史上最悪の人型魔獣、生きているはずがない魔獣、僕にゲームの知識がなければ信じられなかっただろうな。


「妾の暇つぶしに付き合うといい、混ざり者よ」

「「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあっ!」」

悲鳴の方に首をやると駅前には大型の狐の魔獣が現れていた。


「あの魔獣はお前の今の強さの一段階上のような存在だ、まぁ命懸けで戦えば倒せなくは無いだろうな」

じゃあ助けを待つしか·····

「あぁ言っとくが助けは来ない、ここら一体に退魔師と対魔獣隊の確かゲル何とかは入って来ることはできないぞ、妾が結界なる特定の人だけを避ける力を使っているからな」

堂明雁夜は僕の心を見透かしたようにそう言い放った。


小さい口をめいいっぱいに開き堂明雁夜は続ける。

「さぁどうする、今この場であの市民達を助けられるのはお前しかいないぞ混ざり者」

どこからともなく取り出した扇子を振るって引き起こされた風に乗ってそのまま堂明雁夜は消え去っていた。


「っ!」

巻き上がった砂埃につい目を瞑った。腕に砂利が当たる。


その風が収まった後僕は駅前の方を向いた。

「きゃぁぁぁぁぁっ!」「誰か、誰かァァァ!」


阿鼻叫喚の嵐、既に数人は魔獣に食われている。今助けに行かなければもっと多くの犠牲を出すことになる。


けど行っても勝てる訳が·····


そうだ行っても死ぬだけ、なら今僕だけが生き残る道を·····


魔獣に背を向ける。


「助けてぇぇぇぇ!」


その言葉が僕の背中に重くのしかかる。


「誰かァァァ!!」


悲鳴が僕の足を動かなくさせる。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、僕はまだ生きていたい、だからっ!


「僕を強くしてくれ神崎」


それは僕が自身が放った言葉。


「クッ、ソ、タレぇぇぇ!!!」

僕は向けた背を元に戻して魔獣の元へと走りだしていた。












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