第34話

 ランカにはソファに座ってもらい、ファルトはテーブルに備え付けられる椅子を引っ張ってきて座った。

「今日はどうして王都に?」

 ファルトとしては一番話しやすそうな話題を振ったつもりだったのだが、その質問をされたランカは何故か真っ赤になって固まってしまった。

「すまない、そんな言いにくことなら」

「違うの。レモレが先んずれば人を制すなんて言うから」


 全く話が読めない。


 ランカが赤い顔をしたままファルトを見てくる。

「あ、あのね。ファルトのことを、……その、……好きって気づいたら、居ても立ってもいられなくなって!」

 さらに真っ赤になったランカがそう言い切ると、言ってしまったという表情で手に顔を覆う。


 これはまた都合のいい夢か。

 言っていることも嬉しすぎるし、真っ赤になっているランカも可愛すぎる。


「ちょっとなんか言ってよー!!」

 無言のままだったファルトにたえきれなくなったランカが声をあげて喚くと、ファルトはようやく正気を取り戻した。


「抱きしめても?」

「話飛んでない!?」


 真っ赤のままのランカがそうツッコミを入れたが、ファルトが立ち上がって手を伸ばすとランカは特に抵抗することなくファルトの腕に収まってくれる。見た目以上にほっそりとした体が腕の中にいる。艶やかな銀色の髪を思わず撫でると、怨みがましい声が少しくぐもって聞こえた。

「前のも、夢じゃないんだけど……」

「流石に気づいてる……」


 自分の腕の中にランカがいることが不思議だ。不思議だけど、嬉しくて顔が緩む。

「嬉しい」

 ファルトが素直にそう口にするとランカが腕の中で顔を上げた。

「ファルトって意外とはっきり言うよね」

「はっきり言った方が通じやすいかと」

「そうだけど!なんか恥ずかしい……」


 そんななかランカが気まずそうに口を開ける。

「昼間の、綺麗な女性って誰なの?」

「あの方は、隣国の姫だ。視察などを兼ねて今いらっしゃってるんだ。街や別の都市に行くときに士官が護衛を務めてる」

「そう、なんだ」

 隣国の姫と言えば、とても綺麗で、まるで人ではないかの様な美しさだと言う噂の人物で、ファルトもそれは知っていた。

「しばらく前からたまに護衛してるんだが、気に入られたのか、よく呼ばれてて、……つらい」

 ランカが腕の中で不思議そうな顔をする。

「どうして?綺麗な人の護衛って、良くない?」

「……、ちょっと性格に難ありで。珍しくヴィザさんさえ疲れてる。」

 ヴィザもよく呼ばれているのだが「またか」と深くため息をついている。意外な答えだったのか、ランカは不思議そうにファルトを見ている。きょとんとした表情は、見ていてとても可愛いものだった。


「そっか。よかった」

 ふと安心した様に表情を崩して笑ったランカを見ると、心臓を鷲掴みされたような気分になった。



 そのままランカを抱きしめていたのだが、ファルトの方から彼女を少し離した。

「どこか食べに出ようか」

 もう日も暮れて夕食時である。ランカもずっとここにいたのだから少し外に出たいのではと思って提案した。ついでにいうと、抱きしめたままでいると別の欲望が顔を出しそうで不安だったのもある。


 しかし、意外にもランカは頷かない。

「お腹は空いてるけど」

「けど?」

「……、もう少しファルトと二人でいたい、かも」


 何か、試されてるのか?


 そんな風に疑わずにいられないレベルで目の前のランカが上目遣いに見上げてくる。ファルトはとりあえず仕事用の作り物の笑顔を貼り付けて見たが、目の前でお願いをしてくるランカには敵わない。

 

「特に深い意味はないんだよな」

「どういう意味?」

「何でもない」

 自分も恋愛には疎いが、きっとランカはもっと疎い。勝手にそう決めつけて諦めたファルトは、別の提案をしてみることにした。

「じゃあ何か買ってきてここで食べるのは?テーブルと椅子ぐらいはあるから、食べれなくはない。テーブルの上は片付ける必要があるが」

 ファルトの提案にランカはすぐに「いいね!」と返事をくれる。


 二人してテーブルの上を片付けることにする。テーブルの上はメモに使われた紙と読みかけの本など、ファルトが休日に遊び半分で試している魔法道具の改良などための道具たちだ。

「ファルトも魔法道具作るの?」

 ランカはこの前持っていた自作の魔法道具もあるぐらいなので、一から作ることもあるのだろう。

「俺は改良の方が好きなんだ。一から作ったりはしないな」

「このメモも回路の変更っぽかったもんね」

 見られたらしい。部屋に招き入れたのだから全てを見られていてもおかしくないのだが、考え途中のものを見られたりするのは何となく気恥ずかしい。ファルトの様子には気づかないのか、ランカは置かれていた紙を指差した。

 

「この回路さ、こっちに繋げたらもう少し魔力少なく済むんじゃない?小さくできそう」

 ランカにそう言われて描きかけの魔法回路を覗き込む。魔法回路は魔力の流し方を決めるもので、魔法道具のスムーズな機動や内部の魔法の発動に関わる。いかに綺麗で有効な回路を組むかが魔法道具にも重要である。

「あぁ、確かに。じゃあ、ここの補助回路もこっちへ持ってこれば」

「うんうん、もっと効率も良くなりそう」

 二人して頭を突き合わせながらそんなこと話しているとあっという間に時間が過ぎていく。


「はっ!片付け!」

 唐突に気づいたランカが顔を上げる。ファルトもハッとして顔を上げた。ランカと目が合うと、どちらともなく笑い出した。

「もう、買いに行こう。テーブルも半分片付いてるから大丈夫だよ」

「そうだな」

 ランカの言葉頷き、二人は部屋をでた。



 裏路地から大通りまで出ると街灯の光がたくさんあり、人の姿もまだそれなりにある。夕食を楽しむ人が多いのか店から漏れる光も多い。

「何か食べたいものは?」

 ファルトの言葉にランカは俯いたままだ。何故か部屋を出てからずっと黙っている。先ほどまであんなに話をしていたのに。心配になって立ち止まる。

「どうした?体調でも……」

「これ、ファルトは無意識なの?」

 恥ずかしそうに言ったランカは、自分の右手を上げた。そこにはファルトの左手もある。どうやら手を繋いでいたらしい。

「すまない」

 思わず謝って手を離すとランカが「あ」と小さく声をあげた。

「違うの、嬉しいのに私だけ恥ずかしがってて悔しかったの!」

「俺が照れてないとダメなのか?」

「理不尽なこと言ってるよね!私もそう思う!」


 ファルトはもう一度ランカに手を差し出してみた。ランカはファルトの手と表情を見比べたあと、その手を差し出してくれる。先ほどまでは無意識で握っていたのだが、いざランカの手を見ながら意識して握ってみるといろんな考えが頭を巡った。


 白い、細い、小さい。これは握っていていいのか?

 思わず険しい顔になってしまう。


 握っていたランカの手を緩め、ファルトの手の上のランカの手をじっと観察し始めた。爪に何か塗っているのか、少しツヤツヤと輝いている。ファルトの親指でその細いランカの人差し指を撫でる。順番に触れたくなり、次に中指を撫でたところでランカが声をあげた。

「そんな風に観察し始めないで!」

「あ」

 真っ赤になって怒るランカも可愛い。そう思いながら、ファルトは素直に謝っておいた。


 手を繋ぎ直すと流石にファルトも少し緊張した。自分の手の中に自分より小さなランカの手があることを不思議に感じる。少し耳の辺りが熱いのはおそらく気のせいではない。そんなファルトの様子にランカは若干満足そうな表情を見せてくる。


 得意げな表情も、かわい……ってもう、これダメだな。

 自分の感情にそう思いながら二人は持ち帰れる夕食を求めて街を歩いた。

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