第18話
それからは朝8時に王宮門前で待ち合わせパン屋によってからマルメディに行くようになった。パン屋が非常に気に入ったらしいランカは毎日ここのパン屋が良いというため、新しい店を開拓することはなかった。
魔法陣の読解自体は非常に順調だった。ランカ自身の古語の知識が高く、ほとんど困ることはなかった。
読解を進めるランカの様子を気にしながら、ファルトは別件の報告書を書きつつ過ごす。
相変わらずランカの澱みなく古語を読んでいく姿はとても綺麗だった。長い銀色の髪を揺らしながらゆっくりと歩く姿を目が追ってしまい、つい報告書から目が離れてしまう。自分だけ仕事をしていない気になり、罪悪感が募り、再び報告書に目を落とすことを繰り返している。
そしてこれまでと違い録音の魔法道具が自分の魔力で赤く光っているのが見てて何とも言えない気分になる。初日の魔法道具の起動は、ランカ自身の魔力のため、青系統の魔法士の証として青く光っていた。いまはファルトの魔力を込めた魔力石を原動にしているため魔法道具は赤く輝いている。当然なのだが不思議な気がした。
以前から話してみたいと思っていたのは確かだが、たった数日で徐々に膨れ上がる自分の気持ちに我ながら呆れていた。まるで親しくなったかのように勘違いしそうになる、今はただの仕事の協力者だというのに。
「ファルト、空っぽ」
空の魔石を見せて手を振るランカに頷く。
「休憩しよう」
適度に休憩しながら進めているが、何の問題もないため、近いうちにこの仕事は完了するだろう。それを考えるとファルトは気分が沈むのを感じた。良いことのはずなのに、仕事の終わりはランカとの関わりの終わりだと言うことを示している。
美味しそうにお昼ご飯を平らげたランカは最後に水を飲むと再び録音の魔法道具を手にする。
「残り半分だから今日中には終わると思う」
「わかった」
ランカは再び魔法陣の元へ歩いていく。最後の1つはこれまでと比べてもとても巨大な魔法陣だった。建物の地下にあるのだが、他の場所より地下室自体が広く、それに合わせるように魔法陣も大きいかった。
魔法陣の真ん中辺りを歩くランカを何となく眺めた。古語を歌うように読み上げるランカは何度見ても綺麗で、ファルトは目が離せない。
そんな彼女が唐突にしゃがみ込んだ。何かを見つけたのか床に目を凝らしているのが見える。何か変わったものがあったのかもしれないと思いファルトが椅子から立ち上がった時、地面が急激に赤く光るのが見えた。しかしその光は巨大な魔法陣の大きさではなく、もっと小さいものだ。
「別の魔法陣か!」
ちゃんと魔法陣を読めば何が起きるか予想はつくのだが、ファルトからは見えないし、ランカもきちんと読めたのかは怪しい。どちらかと言うと魔力石を持っていたせいで誤って発動したようにも見えた。
慌てて駆け寄ろうと走り出したところで彼女の足元に黒い円が出来た。丁度今発動した魔法陣と同じ大きさの穴だ。
ランカが少し青ざめた顔でこちらを見たが、ファルトも間に合わないと感じ、予想通りランカが穴に落ちるのが見えた。
「ランカ!!」
声をあげて叫んだもののすでに黒い穴は閉じており、彼女には届かなかったに違いない。苛立ちながらもファルトは彼女のいたはずの床に目を凝らす。そこにはやはり別の魔法陣があった。一回切りの発動ではないタイプらしくホッとする。
ファルトは躊躇いなく自分の魔力を魔法陣に流し込むと魔法陣を起動させた。どこに落ちるかの恐怖より、ランカに何かあった場合の恐怖の方が強かった。
黒い穴が開くと、ファルトはそのまま身を任せた。
足元に軽い浮遊の魔法だけかけておくと、床らしきところに着地する。辺りは暗いが、青白い光の先に装置を光らせているランカの姿を見つけてホッとしたもの束の間、部屋の様子がおかしいことに気づく。
いくつもの同じ形の大きな箱のような魔法道具がずらりと部屋の周りに並んでいる。
まるで大砲のように見える装置には魔法回路がびっしりと描かれており、明らかに攻撃性をしめしている。しかもその装置は全て起動しておりエネルギーを溜め、こちらに向かって放たれんばかりだ。
さらに起動音が大きくなるのを感じて、ファルトはコートを脱ぎ取るとランカに投げるように被せた。同時に防御壁を繰り出すために短く詠唱する。
全ての大砲型の装置から放たれたエネルギーが防御壁に当たり耳を塞ぎたくなるような凄まじい音が響いた。
装置の攻撃は1回目の後さらに再起動され、側面に描かれた回路が光り出す。
続けて来るのか。
ランカのことが先だと思い彼女を確認すると、すでにコートから抜け出していた。短い詠唱で、ファルトの防御壁のより少し大きめな防御壁を張ったようだ。さっきは身を守る術を忘れたような姿に見えたが、もう気持ちは落ち着いているらしい。
ランカ立ち上がりコートをファルトに差し出した。
「ごめん、大事なコートなのに」
「使い道としては正しい形だ」
このコートは防御用だ。魔法の詠唱が間に合わないような場合に士官の身を守るためのものだ。生産方法は秘匿とされており、ファルトもどのようなつくりになっているかは知らない。
ランカから受け取ると適当に払ってからファルトはいつものように羽織った。
装置の起動音は止まない。
「これ、このままここにいるとずっと攻撃を受けそうよね」
「ここに人が来たら攻撃するようになっていそうだ」
「でも無限に魔力があるとは思えないけど。ここに人はいないのよね?」
「あぁ。この装置のどこかに蓄力石があるんだろう」
かなり大きな魔力を溜めておくことができる魔石を蓄力石と言う。石の質によりどれだけの量をとどめてとくことができるかは決まるが、蓄力石に分類される魔石はかなり優秀で拳大以上のもののことをさす。
装置から二回目の攻撃が来て、ランカの張った防御壁に強い衝撃が走る。それと同時にランカの体が揺れ、彼女の表情が歪んだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫。それよりまだまだ攻撃を繰り返すみたいだから、装置の蓄力石を探して動きを止めた方がいいかも」
装置の側面の回路は再び光り始め、ランカもファルトも警戒を強める。いつまでもこれを受け続けていては防御壁を壊されかねない。
「……そうだな。そうしよう」
先程のランカの表情を見ると一人で置いていくのは心配ではあったが、攻撃が向かって来ては蓄力石を探せない。危険に晒すようなことはしたくないのだが、ファルトは今の取り得る最善を判断する。
「俺が探すから、悪いが標的になっててくれないか」
そう口にするとランカはすぐに頷いたため、ファルトは防御壁の中から出て一つの装置に向かった。
さっさと見つけるしかない。
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