第3話

 部屋を出るとそこはもう、マルメディの中心部だった。壊れかけの建物や管理されていない野晒しの建物がそこかしこにある。マルメディの建物は白く四角い形をしたものが多く、少し王都とは異なる雰囲気がある。建てる時に効率を重視したのか、ほとんど全てが似た形に見えた。


「知ってると思うが、マルメディは研究都市として元は作られている。どの建物も似たような形が多くて迷いやすいから気をつけてくれ。ただ入り口の全てに扉番号が付けられているから、それを見ればどの建物の入り口かはわかるはずだ」

 ファルトの説明に軽く頷く。

「まだ不明な場所も多いからあまり離れないでくれ」

「わかった」


 同じような建物の間を通り抜け、すでにランカは一人で元の場所に戻れる自信がなかった。

 過去の研究都市としてはかなり立派な場所であったことはこの状態からでも分かる。綺麗に区画整備されており、道はまっすぐ、建物も均等に並んでいる。

 それがなぜこんな状態になってしまったのだろうか。



「魔法陣は五つある。とりあえず今日はその内の一つへ行こう」

 ファルトの言葉に頷きながら、五日間で終わらせたいなと心の中で思う。大きな魔法陣を読むのはいくらランカであっても時間がかかる。

 陣のなかに込められた魔法士の意図や意思を読み取らなければならない。加えて先日の映像を見た限りでは、古語が使用されている。



 前を歩くファルトが一つの建物の扉を開けた。扉自体は手でこじ開けたと言うのが正しい気がする。

「この都市がまともだったころは、この扉は人が前に立つと自動的に開いたらしい」

 扉の上をファルトが指差した。確かに光っていない魔法道具のような飾り石が扉の中央につけられている。そこが人がいるかを判断して開く仕組みになっていたのかもしれない。

 まだ王都にもそんな扉はない。


 魔法はなんでもできるわけではない。

 そもそも精霊に力を借りなければ何もできない。そしてその力をどう使うかは、原理と理論により人間が作り上げなければならない。


 中に入ると、広い部屋があり、そこには机がいくつも均等に並んでいた。昼間とはいえ、窓が閉まっているせいか薄暗い。物も当初のままなのか、本や紙などが机に置かれており、人だけがいなくなったような様子が不気味さを感じさせる。


 そんな部屋を通り過ぎ、下へ降りる階段を進む。階段は仄暗く、その先の部屋はさらに暗いのか、ファルトがどこからかランプを取り出した。光魔法石が入ったそれはかなり強力な光量で、部屋全体が明るくなった。


 するとすぐに床に魔法陣があるのに気がついた。部屋には仕切りが一つもなく、大きな広い部屋が一つあるだけだった。その床にぎりぎりまで大きく描いた円陣を元に、中に古語を含めた文字がびっしりと描かれていた。そこにいくつもの線が連なり、魔法陣の意味を作り上げている。


 これがランカが読み解かなければならないものだとすぐにわかった。

「まずはこれだが、何か手伝う必要はあるか?」

 ファルトの説明にランカは軽く首を横にふった。


 魔法陣は大きく分けて三層の円でできている。大きいものがその魔法陣の大枠の意味を決めて、小さい円ほど具体的な発動する事項を決める。

 そのため外側から読んでいくのだが、巨大な魔法陣のため大枠の意味すらとても細かく決められている。


 魔法陣の外側をぐるり一周して、ランカは魔法陣の始まりの場所を見つける。魔法陣にも書き始めがあり、書き終わりがある。

 斜めがけしていたショルダーケースを掴み、その中に入っていた長方形の魔法道具を起動させる。


 起動した魔法道具は青い光を滲ませる。それを口元に持って行くと、最外層部分を口に出して読み始めた。ぐるっと一周したところで一度起動を止める。

 するとすかさずファルトが寄って来た。


「それはなんだ?」

 それと言って指差したのはランカが手にしている手のひらサイズの長方形の板のような魔法道具だ。ファルトの質問に、ランカは思わずニヤリとする。

「音を保存できる録音の魔法道具よ。しかも一回限りじゃない上に、幾つも保存できるし、聞きたいときも録ったものを自由に選べるの。紙に書きながらでもいいけど時間かかるし、どうせ後から綺麗に清書しなきゃ報告書提出できないし。だったら今は読解したことを声に出して録音で十分でしょ」

 ファルトは興味深そうにランカの持っている魔法道具を覗き込んでいる。

 

 身につけているアクセサリーや魔法道具師の名前がパッと出て来たところからも、ファルトが魔法道具好きなのは何となく感じていた。

 ランカが持っているものは道具屋に出回っているものでないのでファルトは気になるのだろう。


「この読解が終わったら触ってもいいわ」

 魔法陣を指さして言ったランカに、ファルトはハッと仕事を思い出したようだった。ランカから離れると部屋の入り口付近に立つ。

 何かあった時のために出入り口の確保は重要だ。


 引き下がったファルトを見て少し心の中で楽しさを感じながら、ランカは再び魔法陣に目をやった。




 それからかなり長い時間、ランカは魔法陣の読解を進めた。一度集中してしまえば、周りのことなど全く気にならなくなるタイプだ。

 外層を読む時は変わらず外側の円をぐるぐると周りながら古語を読んでいく。

 この国の魔法の力は精霊からの力の貸与だ。どの精霊にどんなことを頼むのかを魔法陣に書くと言うのが基本だ。


 外層が終わると中間層を読み始める。外層とは違い円を回って読む必要はない。中間層へ移動し、外層と同様に描き始めを探して読み始める。

 そして一番中心に描かれている重要な核を読む。


 読解したものを口にしながら、ランカはきゅっと眉を寄せた。この研究都市の目的は何だったのだろうかと想像せざるを得ない。




 核に描かれた最後の意味を読むとどっと疲れを感じながら、魔法道具の使用を停止した。道具をケースにしまった様子を見てか、ファルトがすぐにランカの側にやって来た。

 いつの間にかその手にはボトル入りの水があり、ランカに手渡される。

 

「すぐに飲むんだ!一体どれだけの連続で時間やり続ける気だ!」

 明らかに怒った様子のファルトにランカは目をパチクリする。

「え、でも、さっさと読解したほうがいいでしょ?」

「先に飲んでくれ」

 そう言われると確かに喉の渇きを感じて、ランカ素直に飲むことにした。


 一度飲んでしまうと喉の渇きは酷かったのか、ランカは一気に半分ほど飲み切った。

 ファルトが呆れたように大きくため息をつく。

「ここは地下室だからわからないだろうけど、外は真っ暗だ」


 昼前に来たはずなのにもう夜になったらしい。ファルトの怒りはもっともだ。

 ランカは作業に集中すると周りがなにも見えなくなることがよくある。いつもハッと気がついた時にはとんでもない時間が過ぎているのだ。森で一人暮らしをするようになってから、さらにその傾向が加速している。


「マルメディは寝泊まりは禁止されているから、王宮に戻るぞ」

 そう言えばそう聞いていたなと思いながらランカは頷いた。

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