古い物が好きな魔女は、真面目な士官に落とされる。でも、見られてたなんて聞いてない!

花織すいら

出会い?(魔女視点)

第1話

 よく晴れた日の早朝。

 森の中を誰が踏み入った感覚に、ランカは微睡の中から意識を戻し始めた。


 規則正しい歩き方。

 変な侵襲者ではない……。

 ちゃんと自分の属性を歩いてる。


 しばらくすると、森に唯一ある建物の扉を、何度も何度もノックする音が響く。眠たさに目を擦りながら、ランカはギシギシと軋む寝台から、身を起こそうと上掛けの中をもぞもぞとゆっくりと動く。

 分厚い上掛けからなんとか這い出したが、銀色の柔らかな髪はくしゃくしゃで、頬には布目の跡がついている。薄い夜着の紐は今にも肩からずり落ちそうだ。肌寒さに身震いをして、近くにあったガウンを肩から掛けた。

 一度大きな欠伸をしてからランカは、玄関へと向かう。


 この家の玄関扉がノックされることはほぼない。奇妙なことだ。そう思いながらランカはなんとか立て付けの悪い扉を開いた。


 扉の向こうにいた人物を見て、ランカは首を傾げた。


 扉を開けて最初に目に映ったのは黒のロングコート。一般的に良くあるそれではなく、銀の刺繍の縁取りに胸に王室の紋章がついたこれは、いくら外に興味のないランカでも知っている。

 

 国の王宮士官だけが身につけることが許された制服である。


「……、王宮士官が一体何の用?」


 ランカは思わず目を細めた。

 相手は真面目そうな顔の男性だった。歳はランカとあまり変わらないように見える。おそらく二十台前半だろう。

 女性から人気のありそうな整った顔で、加えて金髪碧眼だ。それで王宮士官となれば、きっと女性には困らない。そしてランカと目が合うと一瞬目を見開き、驚いた顔をした。

 そんなどうでもいいことまで考えたところで、ランカは頭を切り替えた。


 魔女の森に人が訪れるのは、特殊な薬草を求める薬師や、特別な日の特別な植物の採取を除いてはとても少ない。

 ちなみに今日は何でもない日である。


 疑問を口にしたランカに対して、相手の男性は視線をあからさまにそらす。

「待つから着替えてくれ」

 寝巻きにガウンの格好では王宮士官の前に立つのも許されないらしい。ランカが開けたはずの扉は勝手に閉められた。


 このまま二度寝してやろうかと思ったが、国を敵には回したくない。ランカは王宮士官の要望通り、着替えるために部屋の中へ戻った。


 ガウンを寝台へ放り投げ、クローゼットから取り出すのは真っ黒な服。ただの黒い服ではない。



 ここは、礎都市とよばれる場所の一角。

 広大な森の中にポツンとある建物は、一見ただの大きな木と見間違えるような、自然な形をそのまま使った家だった。

 この森は通称、魔女の森と呼ばれる場所で、一般的には好んで足を踏み入れる場所ではない。また、入り方が決められており、それを知らなければ、魔女の家に辿りつくこともできない。


 そう。ここに住んでいるランカは魔女だ。

 ドミエの魔女と呼ばれる、古き仕来りを守る魔女。彼女たちはこの国が建国された当初から存在する由緒正しき魔女であり、人と離れて暮らすことを好む。血による相続ではなく、資質を重んじる。



 身につけた服は黒いワンピース。たっぷりとした布が使われたそれは前は膝丈ほどの長さで、後ろはくるぶしほどまで長い。歩くたびにゆらりゆらりと波打つ。

 ランカは古びた化粧台の前に立つと、くしゃくしゃだった髪を整え、いつも通り化粧をし、最後の口紅を引いた。

 そして化粧台の横の定位置にあるドミエの魔女の証の真っ黒な尖り帽子を手にした。とんがった先はくにゃりと折れ曲がっている。


 ぽすっと音がしそうな勢いで頭上に乗せると、鏡に映る自身を見てランカは「完璧」と呟いた。



 かれこれ30分以上経っただろうか、改めて玄関扉を開くと、腕を組んで近くの木にもたれ掛かる王宮士官を見つけた。

 ランカを見るとホッとしたような顔をした。


 もしかしたらもう出てこないと思われていたのかもしれない。


「どうぞ」


 ランカは、商売用の笑みを取り出して王宮士官を家に招き入れた。国からの依頼であれば報酬は良いはずだ。



 この家にはランカしか住んでいないが、4人掛けのテーブルがあった。その席に王宮士官を勧め、ランカはお茶を淹れる。


 なんせ自分もまだ起きてから一滴も水分を取っていないことに気がつき、急に喉の渇きを覚えたからだ。


 温かい紅茶を出し、毒味の意味も込めてランカは先にカップに口をつけた。それを見て王宮士官もあたたかな紅茶を口にした。

 まだ秋口とはいえ、朝は冷える。こんな早朝の森に立たされたのだから、体は冷えただろう。


 あ、でもこの士官用のコートってとんでもない材料使っててめっちゃ機能性高いって聞いたことあるような。


 思わずじっと黒いコートを眺めてしまう。何の材料を使っているか見極められないかなと思ったが、流石に無理そうだった。


 

 一息ついたらしい士官が、ようやく口を開いた。

「私は、王宮士官のファルト」

 そう言った彼は、じっとランカを見つめた。何故そんなに見られるのかわからず、特に返す反応もない。

 聞いた事ある名前だなと思ったが、この国では名前が同じなどよくある事だ。

 

 小さなため息をついた彼は本題に入るためか、コートのポケットから何やら取り出した。

 手のひらに乗る小さなガラスの半球のようなもので、これは画像を投影できる装置だ。歴史上有名な魔法道具師がこのサイズまで小さくしたのだと言うのは誰でも知っている話だ。



 このラエティア王国は魔法が発展した国だった。国の中枢を担うのは高度な魔法、魔力の高い者であり、士官であると言う目の前の男もそうなのだと言うことだ。


 この国に生まれる誰もが基本的には魔力を生まれながらに持っている。ただし誰でも自由に魔法が使えるわけではなく、魔法を使うには訓練が必要だった。そのため、この国に生まれた子供たちは魔法の使い方を学ぶための学校へ通う。

 

 ランカとてそうだ。初めから魔女だったわけではない。魔法学校へ通い、卒業してからドミエの魔女になったのだ。



 小さなガラスの道具にファルトが魔力を込めると、ガラスの半球は輝き始め、四角の白い光の枠を作り出す。


「このタイプ初めて見た」

 魔法道具にも製作者により同じ構造の道具でも、種類や質が異なる。だいたいはぼんやりとした枠が浮かび上がるのだが、ここまで整った光の枠ができるのは珍しい。思わず呟いたランカにファルトが答える。

「これはスフリエ氏の製作だ」

「へー」


 この国には歴史上有名な魔法道具師は何人かいるのだが、何れもとても優秀な人物だったのは言うまでもない。そんな人物が製作した道具はとても高価で、思わず色んな角度から見てしまう。

 ドミエの魔女は薬を作ることはあっても道具を作ることはないのだが、ランカの個人的な興味としては道具もどのようにできているかは気になるところである。探究心を忘れてはいけない。



 ついつい道具を眺めてしまったランカに、ファルトが顔を覗き込んでくる。

「本題に移っていいか?」

「あ、どうぞ」

 若干存在を忘れており、ランカは話を促した。

 現れた白い光の枠には白い四角の建物が映し出されていた。しかし、それは綺麗な物ではなく、壁には蔦がのび、ひび割れがあるなど悲惨な状況だ。

 

 ランカにはそれがどこかわからず首を傾げる。

「マルメディを知っているか?」

 ファルトの疑問にランカは頷く。


 幻影都市マルメディと呼ばれたその場所は、今は閉鎖された都市である。国がその場所を管理しており、民間人が侵入することができないようになっている。大昔は研究都市として活動していた場所だが、魔法の研究に失敗し、都市全体を封鎖することになったのだ。


「今この場所の再開発が検討されていて、国が実態調査をしている」


 マルメディは王都の西にあり、王都より大きな土地を持つ。何もせず封鎖しているのは勿体無いと言えばその通りだった。

 ただ、これはまでは閉鎖されて長いため、都市で研究されていた内容に不明な点が多く、王宮士官たちによる調査も積極的には行われて来なかった。それがここにきての方針転換ということか。


 そこまで話すと映像が変わった。大きな円形の魔法陣が描かれた映像が出てくる。

「これについて教えてほしい」

 映像は巨大な魔法陣の全体を写した後、細かな文字が見えるように拡大し、縁をなぞるように写して行く。


 現代の魔法は、大きな魔法陣や呪文の詠唱を極力減らしていっており、段々と魔法陣の知識を持つ者が減って行った。学校でも基礎的なところしか学ぶことがなくなり、複雑な魔法陣を読み解く事が難しくなりつつある。

 魔法学校の教師でも魔法陣を専門とする者もいるが、魔法陣の簡易化へ研究が大きく、逆に大昔からの巨大で複雑な魔法陣への理解が浅くなりつつある。



 ランカはその珍しい映像に目を凝らした。

 映された魔法陣はランカには馴染みのある物だった。


 ランカはドミエの魔女だ。

 ドミエの魔女とは、この国の建国当初から存在する魔女の集団のことである。今では国中探してもランカを含めて数人しかいないが、当時は最大規模の魔女たちの集まりであり、力も強かった。当初から魔法の成り立ちを重んじる集団であり、現在でも古き魔法を大切にしている。

 ランカも数少ないドミエの魔女に昔ながらの魔法の使い方や魔法陣、魔法薬の作り方まで一通り学んでいる。他の魔法士に比べれば古き魔法陣を読み解くこともできる自信がある。


「……、この映像だけじゃ足りない」

 一部映っていないところなどがあり、魔法陣の意味を読み解くには不足があり、ランカは首を横に振った。

「この魔法陣以外にも複数の巨大な魔法陣がマルメディにはある。その魔法陣の内容の解明と、可能であれば撤去の協力を依頼したい」

 そう言ってファルトは自身の左手首にしていたブレスレットに手をかけた。細い銀色の輪に幾つか赤い石が嵌め込まれており、見たことのある意匠にランカは「いいもの使ってるな」とこっそり心の中で思った。力の強い魔法士には魔法制御のアクセサリーが欠かせない。


 ブレスレットに手をかざすと赤い石の中から、一枚の紙が出てくる。別の空間に合ったものを取り出したのだ。それをランカの前へ差し出す。

「国からの正式な依頼になる。契約内容を読んで問題なければ協力頂きたい」

 紙に書かれていたのは、主にこの仕事の範囲と秘密厳守、そして報酬だ。


 さすが国からの依頼。報酬がいいわ。特にランカが不利になることもない。

 せいぜいこの森を少しの間離れる必要があるぐらいだ。魔法陣の確認のために直接幻影都市マルメディを訪れる必要がある。しかし、この森はランカがいないところで困ることはない。むしろ困るのは森の外から中へ入ってくる人間ぐらいである。しかし、それもこの時期には大して困ることではない。


 ランカはテーブルに置いてあったペンを手にすると契約書に「ランカ」とサインをした。


 この国に住む者は、自分の真の名を普段使うことはない。そして契約する場合も真名を書くことはない。魔法士は名を決して他人に知られてはならない。名を教えることはその者に服従することを示す。

 ランカ自身も真名は自身しか知らず、その名を普段使うことは決してない。

 この目の前の士官もファルトと名乗ったが、それは真の名前ではないのだ。


 ランカはサインした契約書をファルトに手渡す。内容を確認するとファルトは小さく頷いて、またブレスレットへ紙を戻した。


「マルメディへ行く間は王宮に部屋を準備する。すでに準備は整っているが、いつから対応可能だろうか」

「準備があるので、明後日に王宮に行くわ」

「迎えは」

「いらない」

「承知した」


 ランカがこの初対面の士官に対して遜らないのには訳がある。ドミエの魔女は、王宮や王家の下には付かないというのが昔からの決まりなのだ。だから契約をしなければ依頼も受けない。気に食わなければ断ることだって当然ある。

 士官は国の手足だ。ドミエの魔女から見れば王宮であり王家である。彼らとは常に対等であるとドミエの魔女は主張してきた。それはこの人数が減った状態であったも変わらない。


 話は終わったとファルトが立ち上がったところで、彼の足元で何かがモゾりと動いた。それに驚いたのか、今までの畏まった顔が崩れ、完全に仰天した顔で飛び退いた。

 その表情が意外で、ランカは思わず声に出して笑ってしまうと、ファルトが眉を寄せて先ほどまで自分が立っていた足元を見た。


 そこには銀色ののっそりと動く生き物がいた。光沢のある艶やかな硬い鱗の体に四本の足、そして長い尻尾を持ったそれを、ランカはひょいと抱き上げた。


「安心して。ただの銀色のトカゲよ」

 ギョロリとした金色の目とあったのか、ファルトが一歩引いた。ランカが持ち上げたそれは、彼女の片腕ぐらいの大きさはある、かなり大きなトカゲだった。

「ちょっと食にこだわりがあったりする変わったトカゲだけど、人を襲ったりしないわ」

 グイッとファルトに向けて差し出すと、「それ以上は結構だ」と拒否られた。


 慣れてくると可愛いのに。


 ランカはそっと銀色のトカゲを自分の足元に下ろして少し頭を撫でた。トカゲは気持ちよさそうに目を閉じる。


「では、明後日に王宮で」

「えぇ」


 そうして、突然の魔女への来客は家を後にしたのだった。

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