第10話 魔の館
──アーガスの柱。
二百年程前、英雄アーガスは自らの命を代償に災厄の戦争"
アーガスの最期の命の灯火によって創造された白く巨大な柱は、四大国の中心に位置し、現代もなお朽ちることなくそびえ立つ。
アーガスの柱は、世界最高強度を誇り、何をもってしても傷を付けることすら不可能と言われている。そして、あの柱があることで東王国と西公国、北帝国と南共和国の直接的な行き来は出来なくなっている。
結果、アーガスの柱が四大国の全面戦争を妨げていた。
これが史実通りなのだとすれば、アーガスは我々人類に何を願い、何を思って死んでいったのだろう。
真実を知る者は、未だ現れない。
────少なくとも、今はまだ。
北帝国からと思われる強襲があってから、一週間が経過した。剣術祭を控えているため、準備などで多少の忙しさはあったが流石に四年目ともなると慣れるものだ。
一、二年目のように雑務に追われている者は四学年には見かけなかった。
もちろん、魔剣術の鍛錬に勤しむ者、研究室にこもる者、魔剣術関連の書物を読み漁る者も皆、新たな学年で目標を掲げて行動に移し始めている。
かという俺も、この一週間は研究室に籠りっぱなしだった。
四学年にもなると、いつもの日常が戻ったという感じしかしないのは、少し寂しくもあるが。
そして今日、俺とユアは週に一度の休暇日を利用して美術館に来ていた。
「ユウガ、これは? この剣は!?」
ユアがショーケースの中に入った大剣を指さしながら聞いてきたので、俺は解説を始める。
「これは、確か百年くらい前にトレミ伯爵の配下だった騎士ドルトンが使っていた妖剣・レディウスだな。ドルトン本人は魔剣術使としては大した実力がなくて名が知られていなかったけど、この剣のおかげでいくつもの死線をくぐることができたって話だ」
「へぇー、すごい! ユウガはやっぱり物知りね!」
俺は知っている限りの歴史知識で解説をすると、ユアは感嘆の声を上げながらショーケースから手を放し、俺の袖を引っ張り次の気になる剣が展示されている方へと向かう。
ユアと俺が館内に入ってからそれなりの時間が経過したが、ずっとこんな調子で二人で歩き回っている。
エリーナも誘ってみたのだが、案の定興味がないと断られてしまった。前にも一度断られていたが、何だかんだで一緒に来るものだと思っていたから少し残念だ。
エリーナなりに気を使ってくれたのだろうか。別にこういうのは三人の方が楽しいから、変に気を回す必要などないのに。
一方で、ユアは前から来たがっていただけあって目をキラキラと輝かせているのだから、本心で喜んでくれているのだと安心する。
何より、俺もユアと一緒に過ごせて楽しい。
もしかしたら俺はこの日のために不必要な歴史知識を蓄えていたのではと錯覚する程だ。
館内にはいくつもの剣が入ったショーケースが並ばれており、壁には有名な絵画に歴史的な剣や盾、甲冑なんかも掛けられている。
まぁ、実物は厳重に保管されていて、ここにあるほとんどが限りなく本物に似せられた模造品だったりするわけだが。
この美術館はどちらかというと博物館よりのような気もするが、なんでもこの美術館の正式名称は〝魔の
こんな一風変わった名前を付けるくらいなのだから、きっと館長が美術的思考の人なのだろう。
それだけに、館内に展示されているのは剣が主役ではあるものの、美術品もかなりの数がある。
これらを全てユアに解説しながら回っていたら丸一日あっても足りない気がするが、幸いなことにユアの興味があるのは剣や刀だけのようだ。
そんなぐいぐいと制服の袖を引っ張ってくるユアだが、新たな展示部屋に移動してきた途端、室内の中心に飾られた一振りの大剣に向かって駆け寄った。
ユアの瞳は、かつてないほどに輝いていた。
「ねぇ、すごいわあれ。あの造形美、あの握り心地の良さそうな柄。なによりあの剣身から刃にかけての重量感・・・・・・!」
アーガスの愛剣であったと言われる代物で、もちろん実物ではなく模造品だ。
あくまで英雄が出てくる絵本や文献に記載されていた情報を頼りに仕上げられた品で、本当に実在したのかも不明。
それでも、こういったロマン溢れるものは美術館ならではだろう。俺も嫌いではない。
嫌いではないが、ついついユアの珍しくはしゃぐ顔を横目で見ているのがバレてしまい慌てて目を伏せる。
「どうしたの? 人の顔ジロジロ見て」
「いや、なんでもないよ。次いこうか」
「あのー、すいません。ちょっといいですか」
俺がユアに新たな解説を始めようとしていると、二人組の女性に声をかけられた。
最近の若者といった感じの服装で、歳は俺たちとあまり変わらないだろう。
ユアはものすごくこの二人がお気に召さないのか、背後から舌打ちが聞こえてくる。
「その制服、東都剣術大学校の学生さんですよね? 流石と言っては何ですが、すごく剣についてお詳しいようでしたので・・・・・・」
「えぇ、まぁ・・・・・・」
俺がどっちつかずな返事を返すと、今度はもう一人の女性が喋りだした。
「も、もし宜しければ、私たちもご一緒していいでしょうか? そろそろお昼時ですので、できたら食事なんかも一緒に・・・・・・」
俺はそれを聞き、なんとなく状況を理解した。おそらくこれは断らなければならない場面だ。以前の俺ならここで上手く断れずユアにこっぴどく怒られていただろうが、もうそんなへまはしない。
ここは紳士的かつ、大人な対応で丁重に断らせてもらおう。
「申し訳ございません、お姉さま方。僕らは今日、休暇日を利用してデート中ですので」
そう言うと、二人は俺の後ろを見て妙に納得した顔で一礼して去っていった。
せっかくユアと二人きりなのに邪魔をされたらたまったもんじゃない。
とにかく、これでユアの機嫌も戻るだろう。
「で、でーと・・・・・・」
ユアはぼーっと正面を向いたまま固まっている。ちょっと顔も赤い。
「お、おーいユア。大丈夫かー」
顔の前で手を振って意識の有無を確認すると瞬きをしてから早口で喋りはじめた。
「ふ、ふん! 何よ今の女! あんな逆ナン女無視でいいのよ無視で! ユウガもまだまだね!」
「え、ええっ!?」
今のはかなり上手く断れたと思ったのに、ユアの判定は想像以上に厳しかった。
まあ、なんで早口で言ったのかは気になるところではあるが。
「すいません」
少し落ち込んでいると後ろから声をかけられた。男の声だ。
今度はユアに対してのお誘いかと思い溜息交じりに振り向いた直後、そんなふざけた考えは吹っ飛んだ。
俺たちと似たような制服を着た、一人の少年がそこには立っていた。
制服の色は俺たちと相反する上下共に白、間違いなく北帝国帝立剣術大学校の学生だ。
「ユア」
「分かってる」
俺が声をかける前からすでにユアは警戒していたようだ。
剣術祭までの日数はそう遠くないため、北帝国帝立剣術大学校の学生はすでに東王国内に入国している。
この辺を観光目的でうろついていたところで何も問題はない。
むしろそんな学生に声をかけられた場合、俺たちが良い対応で出迎えてあげなければならない。
わざわざこんな遠くの地まで出向いてもらっているのだから、それが礼儀というものだ。
だが今、俺とユアは警戒している。北帝国の学生だからではない。
理由は全く別のところにある。
「あれ、お二人ともさっきまでとは雰囲気が全く違うじゃないですかぁ。そんな怖い顔しないでくださいよ、ふふっ」
青年、というよりも少年の響きが似合いそうな幼さを残した顔立ちの男は不気味な笑みを浮かべている。
齢は十五くらいだろうか。身長は少し小さめ、髪の毛は茶髪で少し長めの前髪を横に綺麗に流しているのが特徴的だ。そして、色の濃い緑眼の奥には確かな闇を感じる。
「・・・・・・用件はなんだ?」
「おやおや、素っ気ない。僕はただお手洗いの場所をお聞きしたかっただけですよぉ」
「・・・・・・トイレなら向こうの角を曲がって真っ直ぐ進んだ左側にある」
「これはこれは、ご親切に感謝します」
その少年は貴族のような振る舞いで一礼すると、俺の顔に手を伸ばしてきた。
それと同時にユアが俺の前に出ようとするが、俺がユアの腕を掴み静止させる。
「ふふっ・・・・・・本物だぁ・・・・・・ふふ、ふふふっ」
「・・・・・・」
その少年は俺の頬を一撫ですると、満足した顔で奥の角を曲がって行った。
「・・・・・・な、何よあいつ・・・・・・気持ち悪すぎ・・・・・・」
ユアはいつの間にか俺の腕にしがみつくように抱きついていた。
「・・・・・・そうだな」
「っていうかなんで顔触らせたの? あいつのあの感じ、絶対普通じゃなかった! 目とか潰されてたらどうするつもりだったのよ!」
ユアの言うとおりだ。あんな正体不明の奴に、普通なら顔など触らせない。
「・・・・・・今は、北帝国と面倒ごとを起こすわけにはいかないからな」
「それでも何かされた後じゃ取り返しがつかないでしょ! 先に手を出してきたのは向こうで、ここにはわたしという証人がいるわ! もっと危険に敏感になってよ!」
ユアは必死の形相で、俺に対し詰め寄ってくる。
「あ、ああ・・・・・・そうだな。少年だからって油断してた。もうあんな真似しないよ」
思ったよりもユアは本気で怒ってくれているようで、少し申し訳ない気持ちになる。
俺には確証があった、奴が俺に傷をつけないという絶対的な確証が。
あの少年の放っていたものは意図的にこちらに向けてきた殺気ではない。人に対する異常なまでの嫌悪感が無意識下で表に出てしまったものだ。
ユアはおそらく、それに気付いて直感的に警戒していたようだが、俺は少し違う。
奴の目は酷くくすんでいたが、殺気も悪意も感じられなかった。
それにあの感じ、おそらく俺の過去を知っている者だ。だが、俺はあんな奴に会った事もなければ見たことすらない。
悪い予感がする・・・・・・とにかく、念のためラルディオスに報告しておいた方がいいか。
俺はユアに言われるまま、少年が去っていったほうとは別の通路にある手洗いで顔を洗い終えると、ユアがほんの少しだけ顔を赤らめて手を差し出した。
「ほら、デート中なんでしょ! だったら・・・・・・て、手ぐらい繋いでもっとリードしてよ」
俺はなんのことかと一瞬考えるが、そういえばさっき女性二人の誘いを断るときにそんなことを言ったのを思い出す。
「じゃあ、次は上のフロアに行ってみようか」
俺は差し出された手を優しく握ると、ユアは顔を下に向けながら小さく首を縦に振った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、辺りがすっかり暗くなった頃に俺とユアは魔の館を後にした。
せっかくだし夕飯もどこか外食でもしようかと提案したが、ユアに俺の財布事情をあっけなく見破られて仕方なく帰宅中だ。
「想像以上に楽しかったわね。こんなに休日を満喫したのは久々よ」
「そっか、それはよかった。俺も知らない知識を補完できていい勉強になったよ」
ユアは大満足といった感じで、まだ興奮している。まるで、小さな子供みたいだ。
「それにしても、魔剣術って不思議よね・・・・・・」
ユアは感慨深そうに、そんなことを言いだした。
「ああ・・・・・・俺も、分からないことだらけだよ」
研究され始めてもう何百年もの月日が経つが、魔剣術は現代でもまだまだ謎に満ちている。
なにせ、魔剣術の発動条件すら未だに完全には解明でされていないのだから。
東都剣術大学校の学生が普段から何気なく使っている修練剣もその一つにあたる。
限りなく本物の剣に近い形状をしているとはいえ、刀身にほとんど殺傷力のない修練剣でも魔剣術が使えること自体が不思議だ。
もちろん、そこらへんに落ちてる木の棒なんかでは魔剣術が発動することはない。
その二つに何か違いがあるとすれば、自分の握った得物を〝これは剣である〟と認識できているかどうかの違いだけだ。
つまり、それだけの違いであるなら木の棒なんかでも理論上は魔剣術の発動は可能ということになる。
だが、それを実際にするとなると言葉にするよりもはるかに難しい。
魔剣術使が魔剣術を使う際には当然、使用する武器を握る。その握った段階でわかってしまうのだ。魔剣術が使える剣なのか、そうでないのかが。
この時点で理論上は可能であっても、現実的に不可能であるといえる。
「また難しい顔してる」
「ごめん。えっと・・・・・・何の話だっけ?」
「・・・・・・まだ何も話してないけど」
ユアはじっと俺の顔を見つめたかと思えば、顔を背ける。
「そういえばユウガ、二学年のときに難しい研究テーマ掲げてたわよね。確か術式・・・・・・なんとかみたいな」
「あぁ、術式魔力回路空想理論のことだな。あれは机上の空論を研究テーマにしてみただけで、結局、理論は破綻して終わったんだ」
「そ、そんなことないわよ! あれは絶対にすごかった! ・・・・・・話してることの意味の大半は分からなかったけど」
ユアなりの気遣いなのか、俺は思わず苦笑してしまう。
「あれは俺の説明の仕方が下手くそだったのもあるかもな。理解できなかった人は、ユア以外にも大勢いたし。そもそも、その研究テーマは俺の師匠だった人が昔──」
俺は我に返り、話を途中で止める。
一体、何の話をしてるんだ俺は・・・・・・。
「・・・・・・ユウガ・・・・・・?」
「いや、なんでもない。今の話は忘れてくれ」
このときの俺は何となく予感していたんだ。
もうこの何気ない日々も、そう長くは続かないことを。
それから日が流れ、剣術祭が翌日に差し迫った日の夕方。
再び、ラルディオスから緊急招集がかけられた。
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