第8話 強襲事件

「それでは、今日の研究会連絡は以上となります。皆、お疲れ様」


 俺の号令と共に、各々が気を緩めるように楽な姿勢へと移行する。


「ふぁー、疲れたぁ」

「ヴァルト先輩、なんにもしてないじゃないですか」

「なんだよぉ、レベッカ~。俺は座って話聞いてるだけでも疲れんだよぉ」

「はぁ、ジジ臭っ」

「あぁ!? 今、なんつったテメェ!」


 相変わらず騒がしいヴァルトと言い合っているのは、小柄な体格ながらも強気な女学生。綺麗な橙色の髪をポニーテールにまとめた三学年のレベッカが、この研究会ではもはや恒例にもなりつつあるかのように喧嘩を始める。


「二人共、喧嘩しない!」

「だってよぉ、ユウガぁ。レベッカの奴がよぉ」

「だってだって、ヴァルト先輩が~」

「・・・・・・はぁ」


 俺は、疲れが溜まった目じりを指で軽く押す。

 レベッカは三学年で後輩だが、良い意味でも悪い意味でも先輩に対して遠慮がない。


 そして、ヴァルトとの相性がとことん悪く、顔を合わすたびに喧嘩が始まる。いや、ここまでくると、逆に仲が良いのか疑いたくなるほどだ。


「ユウガ君、今後の活動方針のことなんだけど」

「ん、どうした?」


 二人の喧嘩には意を解さず、同学年のニコリルが真面目な相談事を俺に持ち掛ける。


「ああ、そこは予算が追加で出ることになってるから何も心配はないよ」

「そっか。だったら、ここの機材調達の方も外部に委託するよりも・・・・・・」


 すると、ニコリルの声が隣の喧騒によってかき消される。


「そんなんだから、ヴァルト先輩って女の子にモテないんですね!」

「んだと、この野郎! 今日という今日は許さねぇからなテメェ!」

「野郎って、私、女なんですけど? おまけに頭まで残念で、なんだか可哀想になってきました」

「・・・・・・ッ、ぶ、ぶっ殺す!」


 二人の喧嘩は、さらに白熱していた。

 止める人間がいないと、一体どこまでいってしまうのか。


「あの二人もニコみたいに少しは落ち着きを持ってくれたら言うことないんだけどなぁ」

「ははっ、二人には二人の良いところがあるさ」


 俺はニコリルの両肩に手を置き、目頭を熱くする。


「・・・・・・ニコ。本当に、ニコがウチの研究会にいてくれてよかった・・・・・・ッ」

「また、そんな大袈裟な」


 ニコは照れくさそうに、爽やかな笑顔を俺に向けてくる。


 薄紫色の髪を少し短めに切りそろえ、銀色のフレームメガネのよく似合う四学年のニコリル。通称、ニコ。彼が俺と同じ研究会に所属してくれてるだけで、どれだけ救われていることか。


「ユウガ君も、今年からこの研究会の代表だからね。大変だと思うけど、僕も全力でサポートするから! 頑張って!」

「・・・・・・ニコ、本当に。ほんっとうに! ありがとう!」


 東都剣術大学校。この学校は、魔剣術の研究内容毎に分けられた研究会が存在する。


 各研究会には、扱える機材や卒業していった先輩たちの残した論文、研究成果を綴った日誌などで溢れており、それはこの学校ならではの特色ともいえるだろう。


 今年から俺が代表を務めることになったこの研究会に所属しているのは、ニコリス、ヴァルト、そして、レベッカの四名のみとなっている。


 研究会に所属できるのは二学年からであり、研究会に入りたての二学年は三学年の研究を手助けすることが普通だ。これは、三学年の研究に直接触れて学び、自分が三学年になった際に自身の研究を上手く進めるための方針から成り立っている。


 ちなみに、四学年になると決まったルールなどはなく、後輩の研究を手助けしつつ、自分の卒業研究に着手することが最終学年としての無難な過ごし方だ。


「痛ででででギブギブギブ! 関節キマってるての! マジで痛ッテェ!」

「あれれ、ヴァルト先輩もう降参ですか? 張り合いないですねぇ」


 気づけば、レベッカが関節技をヴァルトに決めにかかっていた。


「はい、二人共そこまで。レベッカちゃんも、ヴァルトは一応先輩なんだから! 関節技決めたりしないで、早く帰り支度済ませて」

「はぁーい」

「はぁっ、はぁっ・・・・・・た、助かったぜ、ニコ・・・・・・」


 レベッカから解放されたヴァルトは自分の肩の無事を確認しつつも、なんとか帰りの支度を始めた。


「・・・・・・先が思いやられる」






「ちぇっ、なんで私だけ」

「仕方ないだろ、お前が関節技なんて暴挙に出たんだから」


 ニコリスとヴァルトが帰宅し、この研究会責任者である俺と、罰としてレベッカが研究室の清掃を行っていた。


「それにしても、二学年の後輩達、一人もウチの研究会に入ってくれませんでしたねぇ」

「・・・・・・そうだな」


 俺たちの研究会は、俺が二学年の頃にはもっと沢山の学生で溢れていた。

 それを、こんな現状まで衰退させてしまったのは、紛れもなく俺の責任だ。


「もしかして先輩、責任とか感じちゃってます?」


 レベッカが俺の思考を読み取るように言い当てる。


「・・・・・・実際、俺の責任だしな」

「そんなことない、とは言い切れませんね。すみません」

「なんでお前が謝るんだよ」


 苦笑を浮かべつつ、レベッカがほうきでかき集めたゴミを塵取りで丁寧にとる。


「特に、俺みたいな剣術大学校に入学しておいて、一度も剣を振ってないような奴なんかが研究会の代表だとな」


 レベッカがほうきを片付け、椅子を机の下にしまい始める。


「うーん、でも、入りたそうにしてた女の子なら何人か知ってるんですけどね」

「確かに、何人か見学には来てたな」


 レベッカが腕を組みながら、暫く沈黙する。

 すると突然、口を開いた。


「ユウガ先輩って、結構モテますよね?」

「なんだよ、急に」

「いや、なんとなくですけど」


 レベッカが顔をじろじろと見つめてきて、俺は反射的に目をそらしてしまう。


「でも、少なくとも見学に来てた二学年の子達は一人も俺に話しかけてこなかった訳だが」

「それはたぶん、緊張してたとかじゃないんですかね」

「そんな都合のいい解釈あるか?」

「うぅーん」


 レベッカがうなるように考え込み始めたかと思えば、また口を開いた。


「まぁ、確かに先輩のことを奇異な目で見てる人もいますよ? でもですね、先輩が花壇のお花に水やりしてるとことか、街で迷子になって泣いてる子に優しく手を差し伸べてるとことか、そういうとこに惹かれてる女の子もいるんです」

「へぇ、そうなのか」

「そ、そうなのかって」


 俺は思わず、ため息をつく。レベッカが何を勘違いしているのか知らないが、そんなことは有り得ない。


 いや、あってはならない。


「あのなぁ、花壇に水をやってたのは当番が回ってきただけだし、迷子になってる子は誰も助けずに放置されてたから放っておけなかっただけだ」


 俺は呆れつつも、レベッカの言い分を真っ向から否定する。


「それに・・・・・・俺には誰かに好いてもらう資格なんてないよ」

「じゃあ、ユア先輩は?」

「・・・・・・ッ」


 思ってもなかった方角からの突然の質問に、言葉が詰まる。


「あーっ、先輩、顔赤くなってる! やっぱり!」

「なっ、なんだよ」


 レベッカは目を輝かせながら、俺に近寄ってくる。


「私、最近かなり恋バナにハマってるんですよ! いつからなんですか!? 脈アリなんですか? やっぱりユア先輩もユウガ先輩のことをむぐっ」


 俺はレベッカの口を塞ぎ、研究室の窓から廊下で聞き耳を立てているやつがいないかを確認する。


「・・・・・・誰にも、言うなよ?」


 コクコクと頷くレベッカ。


 あまり信用はできないが、まぁ、流石に言いふらすような真似はしないだろう。


ぷはっ、と押さえていた口を離して息を吸い込むと、レベッカはニヤニヤと満足気な笑みを浮かべている。


「ふふふっ、そういうことだったんですね。私は応援してますよ、ぐふふ」

「下品な笑い方をするな」

「あへっ!」


 俺はレベッカの頭に軽くチョップをかます。

 しかし、レベッカの顔に反省の様子はなく、可愛らしく舌をだしてどうにか誤魔化そうとしてる始末だ。


「まったく・・・・・・そろそろ出るぞ。戸締りしたか?」

「あっ、はいはい。仰せのままに~」






 俺とレベッカが研究室から出て、戸締りをしていたときだった。

 廊下の奥に、何か気配を感じた。そんな気がした。


 目を凝らしてみると、人のような影だ見える。


「あいつら、誰だ?」

「え?」

「ほら、あそこ。三人くらい教室のドアの前に立ってるだろ」

「んんーっ? まぁ、確かによく見れば人影に見えなくもないような・・・・・・っていうか先輩、こんな暗い廊下の先なんてよく見えますね」

「この先は確か、情報管理室だったか? なんだか怪しいな・・・・・・あっ」


 怪しい人影がこちらに気づいたのか、暗闇の中で俺達から遠ざかるように階段へと向かう。


「ま、まままさか、お化けとかじゃないですよね・・・・・・? 私、そういうのほんと無理なんで勘弁して欲しいんですけど」

「よし、追いかけるぞ」

「ええっ!? 嫌ですよ! やめときましょうよぉ」


 レベッカは心底嫌そうな表情で、俺の制服の袖をグイグイと引っ張ってくる。


「嫌ならお前は先に帰っていいぞ。鍵はちゃんとラルディオスに渡しておけよ」

「わっわっ、ちょっ」


 俺は廊下の奥へと歩き出す姿を見て、レベッカはうろたえる。


「あーもう、私も行きますってば!待ってくださいよぉせんぱーい」


 お化けを意識してしまって一人では帰りたくないのだろうか、俺の後ろにレベッカが大人しく着いて来た。


「おい、ちょっと待て」


 俺の一言に、階段を降りようとしていた三人組が妙な気配をちらつかせながら動きを止める。


「お前たち、ここで何をしていた? 研究終わりって感じでもなさそうだな。一応、顔を確認しておく、ゆっくりローブを捲って素顔を見せろ」


 だが、俺の忠告が聞こえなかったのか、ローブをめくる素振りもせずに一人が一歩前に出る。


 大柄な体だ、肩幅からしても女性ではないだろう。


「ねぇ、先輩・・・・・・この人たちやっぱり何かおかしっ!?」


 その瞬間、前に出たローブの男と思われる人物は腕を突き出し、俺の後方に向けた。


「くそッ、レベッカ!!」


 俺はレベッカを担ぎ、階段から死角となっている廊下側へと飛び移る。


 それと同時に、俺たちがいた場所が炎で焼かれる。辺りに煙が充満しているが、警報装置は作動しない。


「けほっ、けほっ。・・・・・・ユウガ先輩ッ! 大丈夫ですか!?」


 今の炎は見るからに魔剣術によるものではない。だとすると、火炎放射器か。


「俺は大丈夫だ。レベッカも、怪我はないな?」

「は、はい。それより、う、後ろ」


 レベッカが俺の後ろを指差し、炎が小さくなるにつれて階段を上りきった大男たちの巨体が見えるようになる。


「こいつら、私たちの学校を・・・・・・ッ! 不法侵入者め!」


 レベッカは焼け焦げた廊下の壁を見ると、怒り心頭の様子で俺の前に出てくる。


「先輩! 私が時間を稼ぎますから、急いでラルディオス先輩を呼んできてください!」

「何を馬鹿なことを」


 俺はレベッカの肩をつかみ、自分の背後へと回らせる。


「俺が時間を稼ぐ。レベッカはラルディオスを連れて来てくれ。こいつらはここで仕留める」

「し、仕留めるって、でも、先輩は剣が握れないんじゃ・・・・・・」


 レベッカが俺に心配そうな目で、俺の腰に差した修練剣を見る。


 だが、レベッカの魔剣術ではこの場を凌ぐことは難しい。そもそも、レベッカの魔剣術は性質的にこのような場面の戦闘には適していない。二人そろって逃げ出すというのも手ではあるが、こんな侵入者を野放しに逃走すれば、一時的な危険を回避しただけで何の解決にもならない。


 やはり、こいつらはここで拘束する必要がある。


「レベッカ、先輩命令だ。・・・・・・頼む」

「で、でも・・・・・・」


 レベッカは、三人組がこちらへ迫ってくるのを確認し、迷っている暇などないと判断したのか自分の両頬を叩く。


「わかりました、すぐに助けを呼んできます! お願いですから、危ないことだけはしないでくださいよ!」


 そう言うと、レベッカはローブの三人組がいる方向とは逆にある階段を目指して駆け出した。


「さて・・・・・・一応聞いておくが、お前ら何者だ?」


 しかし、俺の問いかけを無視するかのように右腕に装着した火炎放射器と思われる装置を俺に向けた。


 なるほど。予想はしていたが、対話をする気は全くもってないらしい。


 発射された火炎を避けるため、俺は横の教室の扉を蹴破り、中へと転がり込む。


 教室の中には、前と後ろ、二箇所の扉が設置されている。ここは四階、窓から外へ出るという選択肢はない。


 俺は入ってきた前の扉とは逆にある後側の扉に向かって走る。


 予想していた通り、教室内にローブの男が侵入してきた。右手から舞い上がる煙から、あいつは火炎放射器を使ってきた奴で間違いない。


 最初に狙うなら、後ろにいた二人のどちらかだ。

 俺は後側の扉を再び蹴破ると、明らかに扉の向こう側でそれを避ける気配を感じた。

 前から二人、後ろから一人で俺の逃げ場を無くす算段か。


「まぁ、普通はそうくるよなッ」


 俺はローブ男の頭部を狙い、回し蹴りを叩き込む。


「・・・・・・ッ」


 しかし、手応えは全くと言っていいほどにない。

 流れるように次の動作に繋いで肘や膝を狙って打撃を与えるが、どれも驚くほどに効いてる感じがしない。


 それどころか、鈍い感覚。


 ローブの内側に何かを隠しているのか。それとも・・・・・・。


 壊れた後ろ扉の軋む音。火炎放射器のローブ男が俺の横に立っていた。それに気を取られた一瞬の隙を突き、廊下側で対峙している男の懐へ潜り込む。掴みかかろうとする男の脇をすり抜け、ローブを掴んだ。


 そのまま引っ張り、フードから腕にかけてローブが破け散る。


 素顔くらいは確認しておく、それだけのつもりだった。


「な・・・・・・」


 素顔を晒した男の姿に、俺は驚愕する。


 ────こいつらッ、人間じゃない!?






 第二研究棟、一階・西口。

 すっかり日は落ち、研究棟内には誰一人として残っている学生はいないのではないかと思わせる程の暗闇と静寂に包まれていた。

 その中に、ただ一人。真紅の長い髪をなびかせながら、研究棟に入ってきた者がいた。

 ユアは、不満をさらけ出すかのように第二研究棟の一階廊下を歩きながらため息をついた。


「・・・・・・はぁ、お腹減った」


 ぼやきながら思わず、自分のお腹を擦る。


 わたしの所属する研究会の集まりは、現在いる第二研究棟とは敷地内の反対に位置する第一研究棟で行われていた。


 ユウガとは時間が被っていたため、一緒に帰る約束をしていたのだが、まさかこんな時間まで残ることになるとは。


「ユウガ、まだ残ってるわよね・・・・・・」


 あまりの人気ひとけのなさに、先に帰ってしまったのではないかと僅かな不安が頭をよぎるが、首を振りその思考から脱却する。


 彼は黙って約束を反故にするような、薄情な人ではない。それは、わたし自身がよく知っている。


 もしかしたら、入れ違いになってしまったのではないだろうか。例えそうだとしても、二階の情報処理室にはラルディオスがいるはずだ。


 研究棟全体の鍵締め確認は、基本的に研究会の代表者による当番制。わたしの記憶が正しければ、今日の当番はラルディオスだ。


 彼に聞けば、研究会代表者の一人であるユウガが鍵を返しに来たかを聞くことができる。

 そう思い直し、二階の階段を目指して暗い廊下で歩みを進める。


「・・・・・・? 何の音?」


 すると、誰かが階段を全速力で降りてくるような音が聞こえてきた。


 気のせいなどではない。やはり、他にもまだ残っていた学生がいたのだ。

 わたしは、少し心細さが払拭された気分で階段まで駆け足で近寄る。


 そして、その人物の姿を視界にとらえた。


「はぁっ、はぁっ、なんでッ、なんでラルディオス先輩いないの! うぅっ」

「レベッカ?」

「・・・・・・ユア、せんぱい?」


 二階と一回を繋ぐ、折り返し階段の踊り場で姿を現した顔見知りの後輩に対して、不信感を覚える。彼女のこんなに取り乱した姿を少なくともわたしは初めて見たからだ。


 レベッカは勢い良く階段を数段飛ばしで駆け抜けると、わたしに飛びついてきた。


「ちょっと、危ないわよ! ・・・・・・何かあったの?」


 苦しそうに息を整えながら、何かを言いたそうにしている彼女を見て、確信に変わる。


 やはり、ただ事ではない何かがあったのだ。


「ゆゆゆっ、ユア先輩ッ! ユウガ先輩がっ、ユウガ先輩がぁッ」


 息が整うまで待てなかったのか、レベッカが絞り出すように声を荒げる。

 でも、わたしにとって事態の深刻さを理解するには、それだけで十分だった。


「何!? ユウガがどうしたの!?」


 ドンッ!


 その瞬間、研究棟の上の階で何かの衝撃音と次々とガラスの割れる音が鳴り響く。


 と、同時に。


 気付いたときには、わたしの身体は全速力で階段を駆け上っていた。






「くっ!」


 階を下ってきた俺は、壁を反射した無数のレーザーから逃れるようにして、何とか死角の曲がり角まで転がり込む。


 一体は火炎放射器、もう一体は訳の分からないレーザー砲まで搭載ときた。なら、俺がローブを破った残る一体にも何らかの装置が実装されていることが予想される。


 だが、奴らが階段を下る速度からして、走ったりなどはできないはず。逆に考えれば、それほど自重を上げてまで戦闘兵器を積んでいるということだ。


 そして、気になるのは奴らの目的がはっきりしていないこと。あの二体は好戦的だが、ローブを破ったあいつだけは一度も俺を排除するための行動を起こしていない。


奴らが情報管理室前にいたこと。そして、今もなお陣形を崩さず二体がローブ破れを守るように移動していることから考えられるのは──。


「・・・・・・試してみる価値はあるか」


 俺は足音に耳を澄ませながら、絹音をたてないようにして上着を脱ぐ。


 チャンスは一度きり。失敗は許されない。


 久しぶりの緊張感に、わずかに体温が高くなっているのを感じる。

 けれど、そんなものを懐かしむ余裕などあるはずもない。


 大丈夫だ、落ち着け。熱くなるな、冷静に。

 自分の身体の内に籠った熱が、徐々に冷えていくのが分かる。


 ────俺なら、やれる。


 曲がり角の手前で足音が止まった。

 その瞬間を逃すことなく、俺は勢い良く曲がり角から飛び出した。


 俺の姿を捉えようとする一体に向けて投げた上着が宙で広がり、視界を塞ぐ。

 その間に背後に回り込み、俺は自分の宙に舞った上着の裾を掴み、引っ張る。


 俺の上着は再び宙を舞い、同じように前にいる二人目のローブ男の視界を遮った。


 火炎放射器に、レーザー砲を搭載したロボット。こいつらは視界に標的を捕らえることで俺の位置を把握している。一瞬でも、その視界を塞いでしまえば、間をくぐり抜けることはさほど難しくない。


 そして、問題はこいつだ。


 俺はローブ破れのロボットの左脇から回り込み、背後から羽交い締めをする。


「よっ、と」


 頭部をねじ切り、腕の接合部分や中身を確認する。内部は複雑な設計で俺が見たところで構造が分かる訳ではないが、見たところ戦闘に役立つような兵器などは積んでいない。


 だとすると、こいつは最初から戦闘用に製造されたものではなく、情報管理室から何かこの学校に関わる重要機密を盗むことに特化したものである可能性が高い。

 つまり、戦闘用の護衛ロボ二体にこいつを守らせていた、ということが考えられる。

 俺の考えがまとまると同時に、前からレーザー砲が発射された。


 咄嗟にローブ破れの首がもげたロボの背後へと身を隠す。

 レーザー砲は、ローブ破れのロボの体を目掛けて集中砲火された。


「く・・・・・・ッ」


 壁を反射していた時点で、高い貫通力はないことはわかっていた。しかし、これはどういうことだ。このロボはこいつらが守る対象なはずだ。むやみやたらに傷をつけていいはずがない。


 そもそも、こいつらはどうやってこんな巨体でバレずに情報を持ち出すつもりだったんだ。何か、他に目的があるのか。


 なぜ、こんなリスクを負ってまで・・・・・・。


 思考を巡らせていたときだった。

 ボトン、と。


 ほとんどが破れ、ボロ絹に変わり果てたローブを部分的に纏ったロボの体から、球体の形をした何かが落ちた。


 その落ちた球体は、ガシャンガシャンと音を立て、両足を生やすとバランス良く直立し、その場を後にするように走り出した。


「・・・・・・は!?」


 あまりの出来事に、一瞬思考が停止しかける。が、考えるより先に体が動き出し、その場を飛び出した勢いのまま走る球体を追いかける。


 レーザーが俺の腕や足を掠める。が、そんなことを気にしている場合じゃない。

 完全にしくじった。あの小さな球体型のロボに、情報管理室から盗み出したものが入っていることは疑う余地もない。ここでアレを逃しては、元も子もない。


 俺は後ろを振り返ることなく、全速力で球体との距離を縮めにかかる。


 当たり前だが、廊下は直線的な一本道。ここでレーザー砲や火炎放射器などを俺にめがけて放つのは、球体に当たるリスクを考慮すれば有り得ないはず。


 球体まであと数歩で届く距離まで追いつく。しかし、球体ロボの上から棒状のものが生えて、回転しだした。


「う、嘘だろっ!?」


 咄嗟に飛び込み、なんとか両手で掴もうとするが、俺の手が触れる直前に球体は振動音を奏でながら飛行を始めた。窓ガラスを躊躇なく割り、少しふらつきながらも飛行を続けて研究棟から遠ざかっていく。


「させるかよっ!」


 俺は腰に差していた修練剣の鞘を掴み、球体を目掛けて投げる動作に移る。


 その直後。いくつものレーザー砲が俺の手首や窓ガラスに直撃し、僅かに手元を狂わせた。


 ────当たれッ!


 クルクルと回転しながら俺の放った投擲は、一度旋回し軌道を変えた球体に容易く避けられる。


「・・・・・・クソッ」


 ガシャン、ガシャン、と。


 大きな音を立てながら歩く二体のロボットは、俺の目前まで迫っていた。


「お前ら、そんなに速く動けたのかよ」


 先程とは打って変わって、人間らしさの欠片も感じさせない歩き方。

 おそらく、本格的に戦闘モードに切り替える気だろう。


 どうする。話が通じる相手ではない。だからといって、隠れるような場所もない。


 これだけ接近されては、考える時間すら作れない。


 二体のロボの腕に備えられた火炎放射器とレーザー砲が俺に向けて構えられる。

 打つ手なしの状況とは、まさにこのことだろう。


 僅かに諦めかけた、その時だった。


「ユウガ! 伏せてッ!」

「っ!?」


 俺は背後からの掛け声に反応し、咄嗟にしゃがみこむ。


 俺の背に手を付き、足をたたみながら馬跳びの要領で飛び超え、炎を纏った剣の一振りが火炎放射器を構えたロボの胴に命中した。


「はぁッ!」


 流れるような動きで綺麗に着地し、すかさずレーザー砲を積んだロボの懐に潜り込むと躊躇なく首を跳ねる。燃え盛る二体のロボは、暫くの間動いていたが、やがて活動を停止しその場に崩れ落ちた。


 魔剣術の反動で亀裂の入った修練剣を手で触り、すでに使い物にならなくなってしまったことを確認すると、ユアは俺に向かって振り返る。


「間一髪ってところね」

「ゆ、ユア!? なんでここに・・・・・・?」


「ユウガが遅いから、こっちの研究棟まで寄ったのよ。そしたら、途中でレベッカに会って・・・・・・って、そんなことより、怪我してるじゃない! は、早く手当てしなきゃ」


 ユアの言う通り、制服があちこち破れて身体中に小さな傷ができていた。

 おそらく、最後のレーザーによってできた傷がほとんどだろう。


「いや、大したことないから大丈夫だ・・・・・・助かったよ、ほんとに」


 気が抜けたのか、力なくその場にしゃがみ込んでしまう俺のもとに、慌ててユアが駆け寄る。


「一先ず、ラルディオスの所にこれを運ぼう。あいつもまだ残ってるはずだから」

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