第22話 カジノルーム

 ドアを開けた瞬間から、各プレイヤーは猛烈な冷気に襲われる。

 摂氏二度といえば、冷蔵庫のチルドルームの温度と同じ。

 関東地方辺りなら真冬の気温で、服を重ね着しても骨身に沁みるし、急ぎの用がなければ外出をためらうレベルだ。

 温度は低いものの、カジノルームはきらびやかな雰囲気でプレイヤーを出迎える。

 天井から下がるシャンデリア、靴音を吸収する厚い真っ赤なカーペット、明るい明滅で人を誘うスロットマシーン。

 無人ではあっても十分に華やかだった。

 プレイヤーたちは凍えながら、カジノルームのあちこちに散る。


 中央にあるルーレット台に近づいた勝俣はチップを賭けるテーブルの上に無造作に金色のメダルが置いてあるのを見つけた。

 走りよってつかもうとすると横から影がすっと伸びてきてメダルを奪い取る。

 プレイヤーCが叫んだ。

「よっしゃ。一個ゲット」

「俺が先に見つけたのに」

 勝俣の文句を鼻で笑う。

「まだ手にしてないんだからルール上はまったく問題ないぜ。トロトロしてるのが悪いんだよ。おっと、こんなの相手してらんねえな」

 プレイヤーCはバカラテーブルの方に歩み去った。

 勝俣はむっとするが、時間を無駄にしていられないと思いなおし、まだ探す人の居ないバーカウンターへと向かう。

 Tシャツにチノパンというラフなスタイルなので寒くて仕方なかった。

 カタカタと歯を打ちならしながら、くぐり戸を抜けてカウンターの中に入る。

 戸棚も多いし、ものを隠すにはうってつけだな。

 勝俣はこれはいい場所を確保できたと満足して、次々と扉を開け始めた。


 篠崎は部屋の隅に置いてあるグランドピアノに惹かれた。ダウンライトを浴びて輝いている。

 子供の頃にピアノを習っていて、将来はグランドピアノがある家に住むのが夢だった。

 素敵な夫に可愛らしい子供に囲まれて、ピアノを演奏する自分。

 今ではとても実現しそうにない夢の残滓を脳裏から振り払った。

 期待を胸に鍵盤の蓋を開けてみる。

 あった。

 鍵カバーの赤いフェルトの上に金色のメダルが鎮座していた。

 心の中で喜びの声をあげるとメダルをつまみ上げる。まずは一個。幸先いいんじゃないかしら。

 鍵盤の蓋を閉じようとして、いいことを思いついた。

 細長いフェルトを取ると首の周りに巻く。

 首筋が保護されるだけでかなり寒さが和らいだ。

 部屋の壁は鏡になっていて、鍵カバーをマフラー代わりにした姿はかなり異様だった。

 でも、そんなことは気にしてられないわね。

 珍妙な自分の姿に笑いをこらえながら、篠崎は壁沿いのソファの方へと向かった。


 プレイヤーKはカジノルームに入るなり、キョロキョロとチップ交換所を探す。

 自分が入ってきた正面の出入口のすぐ脇にそのためのブースを発見する。

 ブースへの出入口は通常は施錠されているものだが、手をかけてみるとドアが開いた。

 木を隠すなら森の中、メダルを隠すなら……。ビンゴ。

 色とりどりのチップの棚の中に混じって金色に輝くメダルを発見する。

 出て行こうとしてふと思いつき、メダルを入れて持ち歩くカップを一つ失敬した。

 金属製のメダルは直接触れるのがためらわれるほどに冷たい。

 カップの中に金色のメダルを入れる。

 これなら外から見えるから問題ないだろう。

 二つ目を探すべくブースの外へ出た。

 

 各人がすでに一つ目のメダルを見つける中で、大鷲は運に見放されている。

 入った出入口の近くにあったスロットマシーンのコーナーを見て回るが見つけられないでいた。

 そうこうするうちに他の場所から移ってきたプレイヤーIが唇を青くしながらスロットマシンのメダル取り出し口に手を突っ込み始める。

 まるで路上生活者が自動販売機の釣銭を漁って歩くかのような行動に大鷲は眉をひそめた。

 あまりに品が無さすぎる。

 そう思っているとプレイヤーIが小さな声をあげてガッツポーズをした。

 その手には金色のメダルが光っている。

「なんか割り込んだみたいで悪いわね」

 プレイヤーIが言うのに気にしていないと肩をすくめた。

 引き続き二匹目の泥鰌を狙って手を突っ込み続けるIの姿に興ざめし、大鷲はその場所を離れてポーカーテーブルの方へを向かう。

 プレイヤーCが顔をしかめながらすれ違った。

 その際に二枚のメダルをこれ見よがしに見せびらかせる。

「そっちはもう俺が探した後だぜ」

 大鷲は周囲を見回す。

 九人で散らばっていることもあり、カジノルーム内で誰も探していない処女地はもう無さそうだった。

 自分以外のプレイヤーは大事そうに手にメダルか、それを入れたと思われるカップを持っている。

 どうも出遅れたらしい。

 その事実に大鷲は冷静に向き合った。

 慌てることはない。単純計算でもまだ半分以上は残っているはすだ。

 幸い、スーツ姿なので他人に比べれば、肌の露出は少ない。

 まだ時間は残されていると、再び捜索を開始した。


 坂巻はぎりぎりまでカジノルームの外にいる。

 廊下をタタっと走ってくるキツネの姿を認めると重厚な木の扉を開けて、カジノルームに身を滑り込ませた。

 タンタンと扉を叩く音がするが、キツネの力と体重では扉を開けることができない。

 坂巻は寒さには耐性があった。

 警察官をしていると厳寒期に立ち番や見張りをしなければいけないことも多い。

 装備品の防寒性は決して高いものではなく、自らの肉体だけが頼りだった。

 筋肉量が多いということは熱の生産能力も多い。

 きびきびと規則正しく一定の速度でカジノルームを歩き回った。

 また、坂巻は当然ながら家宅捜査の経験があるので、カジノルームに入るなり、メダルが隠されていそうな場所の目星がいくつかついている。

 自分は一つ確保できればいい。

 他のプレイヤーがテリトリーを定めて探すのを観察した。

 どうも主催者は本気で隠そうというつもりはないらしい。

 比較的簡単に次々とメダルが見つかることに、そのように判断する。

 ゲームの本番はやはり手に入れてカジノルームを出てからか。

 坂巻が部屋の隅に置いてあるライトスタンドのランプシェードの裏を探ると手応えがあった。

 テープで留められたメダルを取り出す。

 自分の入ってきた出入口のところに戻った。

 息を殺して耳を澄ます。

 重い扉をわずかに引いてみるとゼイゼイという声と共に扉を叩く音がした。

 扉を元に戻すと部屋の反対側の扉に向かう。

 気配を探ると扉を少しだけ押し開けて、そっと体を滑り出させた。

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