第17話 お前が殺人鬼だ!

 クルーズ船カローンのロビーでの議論は空転し、かかった時間の割にはなかなか答えが出ない。

 そうこうするうちに、十二時になった。

 昨夜夕食を取ったのとは別の部屋へ移動すると、昼食が用意されている。

 今までとはメニューの趣向ががらりと変わり、天ざるのセットだった。

 相変わらずマスクをつけているので確実では無いが、会長と思われる男がにこやかな声で出迎える。

「ちょっと早いが日本食が恋しい人もいるかと思ってね。そばを用意してもらった。入室時にアンケートを取ったが、そばアレルギーのある人は居なかったはずだ。もし、回答に漏れがあったのなら、うどんに交換もできるので、遠慮なく言ってくれたまえ」

 海老にアレルギーがあると回答したプレイヤーMの天だねは、ご丁寧にホタテの貝柱のかき揚げに代わっていた。

 日本食に郷愁を覚えるほどの日数は経っていないが、出て来ればやはり安心するものがあるのだろう。

 昨夜は料理を残した人もほとんど完食していた。

 食事が終わるとロビーに戻らされる。

 神経を張り詰めているのと、昨日からの衝撃の連続からか、眠そうな顔をしてソファにとぐろを巻くプレイヤーが多かった。

 中には目をつぶって昼寝をする者もいる。

 気怠い時間を三十分ほど過ごすと、お互いの様子を窺い始めた。

 議論も大切だが、リードし過ぎるなどして目立つと殺人鬼のターゲットになるかもしれない。

 そのことを強く意識しだしたのか誰も音頭を取らなかった。

 無為な時間が過ぎていく。

 ついにプレイヤーCが爆発した。

「おい。このまま、ぐだぐだ過ごすのか? 今日はどうするんだよ? おい、姉ちゃん、あんだけ色々言っていて腰砕けか?」

 心の中でため息をつきながらプレイヤーFがそれに応じる。

「午前中は結論が出なかったでしょ。あの話を繰り返しても仕方ないから、なにか新しく浮かばないか考えているんじゃない」

「結局、昨日と同じじゃねえか。おい、眼鏡。お前も何か言えよ」

「自分は殺人犯じゃないという証言があるからってはしゃぐな」

「はしゃいじゃいねえよ。このまま夜になるのを待つのかって言ってんだよ。話をしなきゃ時間ばっかりすぎていくじゃねえか」

 足音高くプレイヤーCは棺桶に近づき、ばんばんと叩いてみせた。

「こいつを今日は使わねえのか? 使うんだろ? だったらよ。もう、昨日みたいに投票で決めちまおうぜ」

「いや、もう少し議論をしよう」

「だったら、さっさと始めやがれ」

 坂巻がソファから立ち上がり姿の見えぬ会長に問いかけた。

「家捜しは不許可ということだったが、プレイヤーAの部屋もダメということか?」

「そうだ」

「では、プレイヤーAの遺体をロビーに運んで欲しい」

「指紋でも採取しようというのかね? そんなヘマをするような相手ではないと思うがね」

「今までは遺体を直接確認できている。今回に限って見せられないというのは理屈に合わないはずだ。それで、俺の依頼への答えは?」

「いいだろう。今運ばせる」

 待つこと十分ほどで担架に乗せられた何かが運ばれてくる。

 布がかけられており、そのままでは中が見えないように配慮がされていた。

 篠崎育美などが顔をそむけている中、坂巻は床に置かれた担架に近づいて、布をはいだ。

 表情筋も麻痺していたせいか、あまり顔に苦悶の表情は浮かんでいない。

 さらに布をめくると首から下は大小いくつもの傷だらけだった。

 それは無視して坂巻は両手を露出させる。

 数秒眺めていたがすぐに布を元に戻した。

 プレイヤーCが揶揄する。

「死体を見て興奮するクチかい? しかも男相手とは、いい趣味してんな」

「まあ、遺体は色んなことを教えてくれるからな。犯行に使った刃物は非常に鋭利なものだ。これなら、それほど力が強くなくても切り刻むことができただろう」

 勝俣が、ほら俺の言った通りだろ、と自慢げな顔をした。

 坂巻は言葉を続ける。

「昨夜の様子からするとプレイヤーAは若いが大酒飲みだったようだ。それでだな、普段からアルコールを過剰摂取していると麻酔が効きにくいことがあるそうだよ。まあ、体質やら他にも影響することがあるようだがね。彼も他の人間と同様に全身を動かすことはできなかったが、ごく一部は操ることができたらしい。指先がこうなっていたよ」

 坂巻は親指と人差し指で眼科検診に使うランドルト環を潰したような形を作った。

 自分に注目する聴衆を見回す。

 そして、一人のところで視線を止めた。

「この形は死亡時の指の形としては不自然だ」

 坂巻は環の穴を閉じる。

「この形は何に見えるかね? もちろん、アルファベットのDだ。プレイヤーAは死にゆく中で犯人に復讐することにしたんだよ。メッセージを残すことでね。殺人鬼はプレイヤーD。あなただ」

 皆が一斉にプレイヤーDを見た。

 童顔に困ったような表情を浮かべて否定する。

「何を唐突に言いだすかと思ったら、そんなの言いがかりのようなものじゃない。遺体の指の形がなんですって? 私にはJに見えなくもないわよ」

 プレイヤーDと坂巻の主張そのものに甲乙はなかった。

 親指と人差し指を曲げた形はDともJとも見える。

 ただ、先に言いだしたのは坂巻だった。

 これが正式な裁判で証拠として提出されたら、裁判官は失笑を禁じえないだろう。

 しかし、この場は裁判所ではない。

 この場に居る十人の人間が納得できればいいのだった。

 さらに坂巻は勝負に出る。

「俺の予想が外れたら、明日は俺が自ら進んで棺桶に入ろう」

「面白れえじゃねえか。その案乗ったぜ」

 プレイヤーCがすぐに賛意を示した。

 女性が怪しいという自説をある程度汲んだことに満足した勝俣も坂巻支持に回る。

 後は雪崩現象が起きて、勝負がついた。

 初日と同じような手順でプレイヤーDが棺桶に固定される。

 違ったのはプレイヤーDが取り乱さなかったことだった。

「これなら即死ね。クソな人生の幕引きとしては悪くないかもしれないわ。ふふふ。あなた達、いずれこの棺桶で死んだ方が良かったと思うかもしれないわよ。地獄で待ってるわ」

 棺桶の蓋が閉められ、数秒するとまた開けられる。

 傍目には壮絶な死体が横たわっていたが、Dの遺体の唇は血まみれになりながらも笑みを浮かべているようにも見えた。

 昨日と同様に死亡の確認が行われる。

 そして、その映像はDの死亡の事実を告げる題字とともに、ヨッターのメッセージとして電子の海に放たれるのだった。


 ***


 第5話にミスがあったためゲーム参加者が把握しづらい状況になっていました。

 ここまでに明らかになっている情報を整理しましたので、読み進めるお供にしてください(×はゲームからの退場者)。


×A 男。一ノ瀬誠人。初日に殺人鬼に殺される

 B 男。勝俣。ふざけた動画で窮地にある大学生

 C 男。乱暴な言動をしている

×D 女。看護師を自称。二日目の棺桶の犠牲者

 E 女。特殊詐欺のかけ子。篠崎育美

 F 女。男嫌い? CとHに敵意を剥きだす

×G 女。最初に文句を言って刺される。サクラ

 H 男。大鷲幸四郎。眼鏡。女嫌い。Fと反りが合わない

 I 女。細身

 J 男。坂巻栄一郎。不良警官

 K 男。30歳前後のイケメン

×L 女。木下綾乃。保険金殺人。一日目の棺桶の犠牲者

 M 男。恰幅が良い

 現時点の残プレイヤー 9/13人

 

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