第9話 不快な男

 自室に戻った会長は煩わしいマスクを外し、デスクに放り投げる。

 キャビネットからショットグラスとスコッチのボトルを取り出してデスクの上に置いた。

 ショットグラスに指二本分を注ぐ。

 グラスを傾けて、喉を焼く熱さと独特な煙っぽさを感じるフレーバーを味わった。

 胃が抗議の声を上げ医者の言葉を思い出すが、あえて意識の外に追いやる。

「さて、現時点での一番人気は誰かな?」

 ひとりごちながらタブレットを操作する。

 プレイヤーの写真を表示しているウィンドウが消えて、賭けの状況を示す画面が代わりに現れた。

 里見の報告のとおり、初日にしてすでに相当額の掛け金が積みあがっている。

 サクラであるプレイヤーGが死亡したと見せかけ、ゲーム開始を宣言してからしばらく後に、賭けの受付を締めきっていた。

 本格的な議論が始まる前であり、賭けの参加者はプレイヤーの写真とプロフィールを元に判断するしかない。

 ただ、そのプロフィールも肝心な情報は書いておらず、ほとんで手探りで判断するしかなかった。

 ほとんど情報がなくても賭けとしては問題ない。

 なぜなら、本日の賭けの対象は誰が棺桶送りになるかだった。

 誰が殺人鬼かを当てるのではなく、プレイヤーたちが誰を殺人鬼と考えるのかを当てなくてはならない。

 似ているようでいてこの違いは大きかった。

 十人以上の集団での議論の行方を予測するのは難しい。

 全員が合理的な判断をするとは限らないし、中には客観的には愚かとしか思えない選択をするものもいるだろう。

 仮に合理的に考えるとしても十分な情報が無ければ正解への道のりは遠い。

 殺人鬼を判別するに当たって分かっているのは、今までに十三人殺しているシリアルキラーということだけだ。

 過去の歴史において犯行が発覚しているシリアルキラーは男性であることがほとんどである。性犯罪が絡んでいることも多い。

 ただ、女性も数は少ないが存在はしている。

 賭けに参加している者は事前にシリアルキラーについて調べており、当然その事実を知っているが、ゲームの参加者がそれを覚知しているかどうかは分からない。

 世間一般的には、シリアルキラーはほぼ百パーセント男性だけというイメージがありそうだ。

 となれば真剣に殺人鬼を選び、生き残る確率をあげることを重視するならば、プレイヤーは棺桶送りの対象に男性を選ぶ可能性が高い。

 実際に全般的に男性が票を集めており、女性に賭けているものは少なかったが、大体まんべんなく票が入っている。

 男性の中で一番シリアルキラーっぽくないのがプレイヤーCだった。

 薬物の卸しや恐喝などを行っているチンピラで、何度か逮捕歴もある。

 見るからに頭は弱そうで、とてもシリアルキラーには見えなかった。

 そのプレイヤーCを棺桶送りにしようという動きがでて、賭けに参加した顧客のボイスチャットルームでは驚きの声が上がっている。

 会長としては、こういう番狂わせは歓迎だった。

 予定調和どおりに進行したのではゲームは盛り上がらない。

 不測の事態があったほうが賭けの参加者も楽しいだろう。

 そうでなくても人生に退屈しているような金持ちたちばかりだ。少しぐらい金を失うことよりも驚きがあった方が満足してくれるはずだ。

 それに掛け金に対して歩掛で手数料を徴収するので誰が棺桶送りになっても、会長の懐は痛まなかった。賭けの胴元のうまみはそこにある。

 金儲けはこのゲームを実施する主な動機では無いが、収入は多くて困ることは無い。

「さて、チンピラくん。このまま哀れ露と消える運命かな」

 少しだけ考えて会長は指一本分だけウイスキーを再び注いだ。

 この後にもまだ一仕事ある。これぐらいで酔っぱらうことはないが、飲むのはこれぐらいにしておいた方がいい。

 大型モニターに映し出されるロビーの様子に目をやりながら、スピーカーから漏れる会場の音声に耳を傾ける。

 会長は安楽椅子の背もたれに深く体を預けた。


 ***


「では、とりあえず決を採るわよ。Cが棺桶行きに賛成の人?」

 プレイヤーFが声をかけると本人含め女性五人が手を挙げた。

 女性からするとプレイヤーBも外見的にはあまり近寄りたくはないタイプの男性だったが、プレイヤーCとは比べ物にならない。

 頭の中で自分の裸体を想像しているのが見て取れるプレイヤーCへの嫌悪感が理性的な判断を上回っていた。

 とりあえず自分たちが指名される危険を回避できるという打算や、恫喝的な態度を取ることへの恐怖心もある。

 女性に追随するようにプレイヤーBとKの二人も挙手した。

 これで十二人中の過半数である七名が賛成となる。

「ちょっと待ってくれ」

 プレイヤーHがキラリと眼鏡を光らせて抗議の声をあげた。

「私は彼を選ぶのに反対だ。どう考えてもシリアルキラーというタイプじゃない」

「さっきからそう言ってるよね。だけど、他の誰が殺人鬼かなんていくら考えたって分からないじゃない。どうせ分からないんだったら一緒でしょ。それに先ほど殴られた敵討ちができるんだから、あなたにとっても悪い話と思うけど?」

「そんなことで判断を曇らせると思われているとは心外だな。彼はほぼ確実に外れだ。ということは今夜十分の一の確率で自分が死ぬかもしれないんだぞ。思考停止をして感情を優先して選んでそれでいいのか? もう少しよく考えろ」

「へえ。そこまで言うんだったらさ、じゃあ、誰が殺人鬼の可能性が高いのか言ってみなよ」

「それは分からない。だが、あの男は余罪があって警察にもマークされているはずだ。だから、十三人も殺すなんて不可能だ。ついでに言うなら彼も違うだろう」

 プレイヤーHはやつれた外見のプレイヤーBを指さす。

「調子に乗って回転ずし店の業務を妨害するような愚かな大学生にも連続殺人は無理だな」

 勝俣は自分の素性を言われて嫌そうな顔をした。

「あ、どこかで見たことあるなと思ったら、確かにお寿司ペロペロ男じゃん」

 皆の冷ややかな視線を浴びて勝俣は腕で自分の顔を隠す。

「うっせーな。どうせお前らだって後ろ暗いところがあるんだろうが。人のことを非難できるようなご立派な人間なのか? だいたい、頭が良さそうに振る舞っているが、そんなあんたが何でこんなところに居るんだよ?」

 勝俣はプレイヤーHに向かって指を突きつけると言い返した。

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