（完結）ノイエラント ～バイオリン無双。音色が領土をつくるまで～

第3話 金貨？ 金貨なの？

　ようやく部屋につき、すぐにでもベッドに倒れ込みたかった。

　けれども、明るくなったら出立しなければならないため、今しか準備する時間がない。

「ティアナ、そこの背負い袋をとってもらえない？」

　ティアナは壁にかけてあった麻の袋を素早くこっちに投げてきた。

　そして、自分も準備があるからと頭を下げ、出て行こうとした。

　それを引き留めて、レオンシュタインは意思をもう一度確認する。

「本当にいいの？　ぼくは追放同然で旅は危険も多い。ティアナは残ったほうがいい」

　必死に考え直すように説得するが、ティアナは意に介さない。

「私はついて行きます。レオンシュタイン様」

「様？　いつも通りいこうよ」

　ティアナは仮面の奥でくすくすと笑う。

「レオンも、いつまでティアナ呼び？　いつも通りティアがいいな」

　苦笑しながらレオンシュタインは答える。

「ティア。本当に大変な旅になると思うんだ。終わった後のことも想像できないし」

　そうねと軽い感じでティアナは肯定しつつ、『でも』と前置きをする。

「私は本でしか読んだことのない景色を見るのが楽しみです」

「レオンは不安？」

「まあ、不安……かな」

「私は、ここにいるより百倍いい！」

　そこで、ティアは声のトーンを落とし、寂しそうに尋ねてくる。

「……私が一緒だと迷惑？」

　レオンシュタインは手を振りながら、慌てて否定する。

「そんなことないよ。一緒に行けるのは、すごくうれしい」

　その瞬間、ティアが顔を上げ、１つの提案をしてくる。

「餞別をもらったら、どこかに家でも買って、のんびり暮らしませんか」

　なかなか悪くない提案だ。

　ただ、そんなに餞別はもらえない気もするが、ティアナは仮にも伯爵家ですから出すでしょうと断言する。

　ティアナは何だか楽しそうだ。

「そこで好きなピアノやバイオリンを弾きながら暮らすんです。私が働きます」

「そんな道もあるんだな」

　レオンシュタインは、目の前が少しだけ明るくなるような気がした。

「だから、肩の力を抜いていきましょ」

　楽しそうな声を残して、ティアナは出て行く。

　ティアナは両親が亡くなってからずっと１人で、レオンシュタインも１人で生きてきたようなものだった。

　もう、この牢獄から離れる時期ではないか。

　レオンシュタインは、あれこれ考えることを放棄し、持っていくものを部屋の中から吟味し始めた。

　出立の準備はあっけなく終わり、背負い袋の中にはバイオリンと部屋に置いてあったパン（ブロート）２つ、水を入れる袋が入った。

　紙とペンだけは無理矢理、詰め込む。

　だいぶ夜も更け、準備が終わった瞬間、レオンシュタインは猛烈な眠気が襲ってきて、ベッドに倒れ込んだ。

　あまりの環境の変化に心と身体がついていかない。

　思わず毛布を肩まで掛け、目をつぶる。

　１年間……。

　でも、１ヶ月だって……生きていけるだろうか。

　レオンシュタインの意識が少しずつ遠のいていった。

　§

　翌朝、目を覚ますと近くの椅子でティアが眠っていた。

「いつの間にか寝てたなあ」

　あくびをしながら、ティアナが話しかけてくる。

「これから、よろしく。ティア」

「はい、よろしくお願いしますね」

　顔を見合わせて軽く笑う。

　もう後戻りはできない。

「じゃあ、行こうか。みんな、見送りで待ってるだろうし」

「ですね。最後にお餞別をもらいましょう」

　部屋を出ると御影石の階段を下りて、一階の玄関まで歩く。

　並べられている調度品ですら、名残惜しい気がする。

　玄関の近くに置いてある茶色の植木鉢には、白と黄色の花が咲き誇っている。

　微かに甘い香りが漂う中、城内外はやけに静かだった。

「えっ？　誰もいない！」

　さすがにここまでとは予想していなかったレオンシュタインは、落胆の色を見せる。

「お餞別はどうなったのかな？」

　二人で穴が空くくらい見渡したが、前庭には誰も見つけることが出来なかった。

「ま、しょうがないよ。さっさと行こ」

　ティアナは、レオンシュタインの肩をどんと叩く。

　レオンシュタインは、路銀がほとんどないことに困惑してしまう。

　その瞬間、出口の５０歳くらいの門番が自分たちを手招きした。

「レオンシュタイン様、次男のマインラート様より預かりものです」

　そう言ってレオンシュタインに袋を差し出した。

　レオンシュタインが持つと、ずしりと重い。

　するとティアナが興奮して、肩からのぞき込んできた。

「えっ、もしかして金貨？　大金持ちだね！」

　レオンシュタインは、この重さなら３００枚はあるだろうと目星をつけ袋を勢いよく開く。

　そこは銀色が光っていた。

「銀貨かあ」

　それでも大金には違いなし、しばらくは暮らしていけそうだ。

「どうぞ幸運を。無事のご帰還をお待ちしております」

　二人を見ていた門番は笑顔で、二人の門出を祝ってくれた。

　レオンシュタインとティアナは手を振って感謝の意を表しながら、門の外に出ていった。

　空には太陽がきらめき、風もなく穏やかな１日だが、二人にとっては波瀾万丈の物語が今、始まったのだった。