第三十四話 薄暗い南の森へ

「ここでダリーは自らの頭に……銃? でしたよね。それを撃って自殺しました」


 ダリーが死亡した現場に到着した4人。

 慣れない武器の単語を使いながら、ヒイラギは当時の状況を説明した。


「そうか。銃を使ったとなれば、確かに色々飛び散っただろう。その痕跡が微塵も見当たらないのは気味が悪いな」


 護衛部門第一位のジョンは肩をすくめる。

 声色に動揺は感じられないが、口が若干引きつっていた。


 ヒイラギもあの時のことはかなり鮮明に覚えていたが、その記憶がなければ何もない普通の場所にしか見なかった。

 野営をした跡は残っているにもかかわらず、ダリーの死体の跡だけがまったくない。


「……俺は上から見てくる」


 周囲をあらかた見終えたオニキスは短刀を抜いて空に刺し、崖を登るようにして上空に移動する。

 

「やっぱ、いつ見ても意味わからないっすよね。オニキスさんのあれって」


 目の上に手をかざして、上空にいるオニキスを見る傭兵部門第三位のコン。


「そうですよね。何が起きているかよくわからないですよね。他の方々はどこか受け入れているような感じだったので、同じ感想の方がいて安心しました」


 ヒイラギはオニキスに抱いていた疑問を共感できる相手を見つけて嬉しくなった。

 コンは白い歯を見せて笑うと、自分の胸を叩いてから手を差し出した。


「俺はコン・カルーグっす。傭兵部門第三位で”ディープ・ダウン”っていう通り名があるっす。絶賛活躍中のヒイラギくんと一緒に依頼ができて光栄っすよ」

「ご丁寧にありがとうございます。”白銀の守護者”、ヒイラギ・アクロです。コンさんと依頼を共にできてこちらこそ光栄です」

 

 しっかりと手を握り、ヒイラギはあいさつを返した。


「さっきの話っすけど、割と意味わからない力はその辺にあるっすよ。その中でも、オニキスさんのは群を抜いて意味わからないっすからね」

「その辺にあったりするのですか?」

「そうっすよ。それこそヒイラギくんの剣だって、ちまたじゃ折れない剣って噂されてるっすよ。”武器狩り”のハンマーが直撃したのに傷ひとつ付かなかったって」

「えっと、その噂なんですけど――」

「おいおい若者たち。おじさんに探させて自分たちはおしゃべりって、そりゃあないぜ」


 腰を曲げて辺りを探していたジョンが軽口を叩きながら2人に文句を言った。

 あの部屋にいたときには重々しい空気を出すのに一役買っていたが、外に出てからは冗談を言ったりして場を和ませてくれるいい人だった。

 この4人組のまとめ役も率先してやってくれていた。


「すみません。今から探します」

「ジョンさんは逆にゆっくりしてくださいっす」

「ああ頼む。しばらくしたら南側の森に向かうからな」


 そう言って若者たちと後退すると、木を背にして座り込み、肩のあたりをストレッチし始めた。


 

「…………」


 ヒイラギはダリーを捕らえていた場所を見直しに来ていた。

 報告によれば、ここで倒れていた傭兵は首を矢のようなもので射抜かれた跡があったそうだ。

 しかし、その傷をつけた矢のようなものは、取り除かれていたらしい。

 そして、その報告が出るということは、傭兵の死体は残っていたということだ。


(見にくくなっているけど、血痕がしっかり残っているな……。ダリーの死体は痕跡ごと消したのに、なんで傭兵の死体やその跡は消さなかったんだ……?)


 ヒイラギは片膝をついて守れなかった傭兵に祈りを捧げると、謎の行動を取る何者かの行動に思考を巡らせる。

 

(しかも、それだけ完璧に痕跡を消すことができるのならば、矢だけを抜き取る行為もよくわからないな。同じように痕跡を消せばいいだけなのに……)


 しばらくその場所を観察したヒイラギは、結局疑問を解消できないまま、座っているジョンの元へと戻って報告した。


「それは俺も謎だなと思っていた。異様な現象に異様な行動。これはオルドウス本部長が言っていたみたいに、異常なものを相手にする覚悟で南の森へ行ったほうがいいな」


 無精ひげに手を当てて、軽く視線を泳がせたあとに低めの声でそう言った。

 そこからしばらく、ヒイラギとジョンは推測を交わした。


「空から付近及び森の南側を見てみたが、特に異常はなかった」


 音もなく上空から下りてきたオニキスが、短剣をしまいながら短く伝える。


「俺もなーんにも見つけられなかったっす。怖いくらいに何も」


 コンもやってくると、手をひらひらさせた。


「わかった。みんなお疲れ様だ。少し休憩を取ったら、南へ向かおうと思う。今のうちに鬼を相手にするような覚悟をしておいてほしい」


 ジョンの言葉にうなずいた3人は各々休憩を取り、そして南の森へ向けて出発した。



 南の森は王国周辺の森に比べて、より鬱蒼うっそうとしている。

 ヒイラギが鬼ごっこをした場所もかなり茂ってはいたが、日の光が差し込む余地はあった。

 しかし、この南の森は大きく育った木々の葉が高いところで日光を全て受け止めるため、昼間ですら薄暗い場所だった。

 

 ヒイラギたちは日が真上を少し過ぎたくらいにそこへと到着した。

 オニキスは木の枝を飛び渡り、少しでも視界を広くしながら偵察をしている。

 地上の3人は互いの死角を補いながら、最警戒をしてゆっくり進んでいた。


 ヒイラギは鍛えた聴覚と触覚へと意識を集中させるが、おかしなくらい何の生物の気配も感じられなかった。

 

 知らぬ間に、ヒイラギの首筋を冷や汗がつたう。


「止まれ」


 先頭を進んでいたジョンが、手に持った大盾でヒイラギたちを制止する。

 その視線の先には、黒く丸い人影があった。

 気配に気付けなかったヒイラギとコンは、すぐさま戦闘態勢に入る。

 上にいるはずのオニキスからは何の合図もなかった。


「少しずつ近づくぞ」


 小さく抑えられたジョンの指示を聞いて、3人は歩調を合わせてその人影へと進む。


「またこうしてお前の姿を見ることになるとはなあ。白銀のクソガキィ」


 聞き覚えのある声と言葉に、ヒイラギの足が止まった。そして目を見開いて人影を凝視する。

 それが体を動かすと、ジャラララと金属同士がこすれる音がした。

 

 その音と共に、銃を構えたダリーが姿を現した。

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