第七話 強敵と戦う準決勝へ②

 マフィスの両目に宿っていた強烈な殺意によって、数人が体調を崩したようだ。

 倒れてしまった人たちは、会場に設置されている医療室に運ばれた。

 しかし、大多数の人間は気づいていないため、大会は何の問題もなく進行していった。


「いやー、激しい戦いが繰り広げられましたね!

 続いて行われる準決勝、第二試合にも期待が高まります!

 準備が終わり次第開始いたしますので、少々おまちください!」


 係の人がヒイラギとソジュを呼びに天幕に来た。


 それを受けてソジュは武器を手に立ち上がったが、ヒイラギは動かなかった。


「ヒイラギさん? 第二試合の準備をお願いしたいのですが……」

「あ、はい。すみません、少し集中しすぎてしまったみたいで」

「ふん。しょせんは子どもよ。私との戦いに怖気づいたか」


 焦って立ち上がったヒイラギを見て、ソジュは鼻で笑う。


 だが、ヒイラギの行動が遅れたのは、集中しすぎたからでも、ましてやソジュに怖気づいたからでもない。


(マフィスの瞳に宿るあの強い殺意……。

 今まで殺気を向けられたこともあったし、命のやり取りだって何度もしてきた。

 それでも、あんなに強烈なものを感じたことがない……)


 少し震えている自分の手のひらを見て、打ち消すようにぐっとこぶしを握る。


(しかも、あれはドームさんに向けられたものではなかった。

 なんというか、もっと漠然とした何かに向けられているような……?)


 考えている時に、目の前からマフィスが歩いてきた。

 ソジュはマフィスを気にも留めていないようだが、ヒイラギはすれ違うときに彼の姿を目で追った。

 マフィスは殺意を秘めているとは思えない自然体で、天幕にあるイスに腰かけた。


(いけない。今は目の前の戦いに集中しなくては。

 別に意識を置いたまま勝てるほど、ソジュさんは弱くない)


 ざわめきの波のなか、ステージにあがるヒイラギとソジュ。

 開始地点に着いたとき、ソジュが見下しながら言葉を飛ばしてきた。


「お前。降参しなくてよいのか。

 無様に負けるよりかは、周囲の印象も良いと思うぞ」

「おあいにくさまなことですが、その申し出は承服しかねます。

 ソジュさんこそ、降参しなくてよいのですか?

 あれだけ剣を振られて、お疲れになったのではないですか?」


 ソジュは再び鼻で笑う。


「あれしきの打ち合いなど、まったく取るに足らないものだ。

 いまから始まる戦いも同様にな」


「いいぞいいぞ! 両者ともにやる気だな!!」

「こりゃまた面白い試合になりそうだ!」


 開始前の煽り合いに、周囲の観客のざわめきが大きくなった。


「すでに火花を散らしているようですので、さっそく開始したいと思います!

 準決勝、第二試合! 開始です!!」


 鐘が鳴らされ、ひときわ大きな声が2人に向けられた。


 ソジュは片手で木剣を構えると、無造作に袈裟がけにしてきた。

 単純なその攻撃を流れに逆らわず受け流す。

 受け流した先から、次は切り上げてきた。

 それも問題なく受け流すと、即座に反撃の構えを取った。

 だが、次の瞬間にはすでにソジュの剣が迫っており、弾く構えを取らされた。


(やっぱりこうなったか)


 本選の初戦で見た、ソジュの圧倒的な手数による攻撃。

 雰囲気をつかんだとはいえ、大勢に囲まれているこの状況。

 そして、マフィスの強い殺意にあてられてしまった精神。


 自分では問題ないと思っていたが、確実に本来の動きができていない。


 そう考えている最中も、単調だが終わりの見えない猛攻に襲われる。

 致命的なダメージは受けていないものの、じわじわと体力を持っていかれていた。


 対するソジュは、汗ひとつかいておらず、息もまだ多少弾んでいる程度だった。

 

「うおー! いけいけー!」

「猛攻もすげえし、ほとんど防いでるのもすげえ!」


 木剣と木剣がぶつかり合う激しい試合に、大興奮しながら叫ぶ観衆。

 わかりやすい戦いだからか、この大会で一番の熱気に包まれた。

 ステージにその熱気がぶち当たり、攻勢を見せているソジュはさらに勢いを増して攻め立てた。

 

 

「やばいやばいやばい! もうめちゃくちゃ盛り上がってるじゃん!

 アクロ君は!? もう勝っちゃった!?」

 

 ステージをぎゅうぎゅうに囲む観客を、いともたやすくかき分けて、素っ頓狂な声を出す。

 長い手足で長身のその男は、押されているヒイラギを見ると、顔を輝かせた。


「よかった間に合った! アクロ君頑張れー!

 君のキラリと光る何かを見せてほしいぜ!」

「!!」


 激しい攻撃を受けている中、一瞬、声の出所を見る。

 ひと仕事を終えたのか、爽やかに汗をかいているナーランがそこにいた。

 しかも意外なことに、その隣には首根っこをつかまれているオニキスの姿もあった。


 自然と口から笑みがこぼれる。

 たった数日の付き合いで、オニキスとの出会いに至っては最悪の出会いだというのに。

 

 まるで、十年来の親友に再会した気分だった。


 いつの間にか後退してしまっていた足を、少しずつ前に出していく。

 攻撃の防ぎ方も、徐々に相手を崩すためのものに変わっていく。


「はあああっ!」


 短く力の入った声を出し、ソジュの木剣を完全に払いのける。


「ほお。あそこまで追い込まれながら、ここにきて息を吹き返すか」


 ヒイラギは息を切らし、かすり傷に血をにじませながらも、不敵に笑う。

 

「応援っていいものだと思いませんか?

 そこに自分の決意を合わせると、敵はいないんじゃないかって思いますよね」

 

 こんなところで負けている場合ではない。

 命を守る側がこのようなありさまでどうする。


「その言葉に異論はない。だが、それでお前が勝つという道理はない」


 剣を振るう。


「いや、ここは勝たせていただきます」


 角度をつけてそれを弾く。


「その程度で隙を作れると思っているのか」


 すぐさま反撃が飛んでくる。


「僭越ながら」


 今度は弾かず、絶妙な力加減で木剣の勢いを完全に殺す。

 

 ソジュの攻撃を受けながら、その乱打がなぜ途切れないのかを分析していたヒイラギ。

 たどり着いた結論は、武器を振ったときの勢いと、当たったときの衝撃を、そのまま次の攻撃に乗せているからだった。

 つまり、防いだり、受け流したり、かわしたりするだけでは、ソジュのスタミナもあいまって防戦一方になる。

 そこで、柔らかく木剣を受け止めることにより、勢いを失わせたのだった。


 ソジュはその異変に素早く対応し、木剣を身に寄せて防御の構えを取る。

 しかし、取り繕っただけの防御では、防ぐ術に長けているヒイラギの刃は防げない。


 一打で防御を崩すと、がら空きになった胴体に痛烈な攻撃を食らわせる。


 ソジュはあまりの痛みに木剣を手放しそうになったが、それだけは意地でつなぎとめる。

 そのまま2歩3歩後ろに下がると、痛む体を庇いながら這いつくばった。

 

「ソジュさん。あなたは強敵でした。

 今後とも傭兵仲間として、よろしくお願いします」

「ふん……。すでに勝ったつもりか……」

「まさか。油断はしていませんよ。

 馬鹿にしているつもりもありません。

 ただ、本当に心からそう思うのです」


 うずくまっている体を小さく震わす。

 表情は見えないが、笑っているようだ。


「お前は優しすぎるのではないか。

 その優しさが己に牙を向かないように、しっかりと飼いならすことだな」


 木剣を支えにしながら、体を起こす。

 脂汗を顔に浮かべながら、ヒイラギにこう伝えた後、降参を宣言した。


「お前の決勝戦。しかと見届けさせてもらうぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る