禁忌(タブー)を犯した元回復術士(ヒーラー)

三奈木真沙緒

1 ひとり

 たとえば、冒険者が集まるギルドとか、酒場とか。どんなに騒がしく盛り上がっていようと、そういう場所にあたしが入ると、一瞬でその場が静かになる。

 禁忌タブーを犯したために破門された元回復術士ヒーラーというのは、相当な悪名らしい。


 あたしはかつて、あるパーティに参加していた回復術士だった。今はしがない、小型の斧を振り回す駆け出しの戦士。まだ技能が低く、拠点から近場ですむ依頼を地道に受けて、それをこなしながら戦闘の技能を積み上げている最中。仲間はいなくてあたしひとりだから、もっと強くならないと、遠出ができない。

 回復術士というのは、大いなる神聖な力と契約し、文字通り味方の傷を癒したり、守ったりするための術を授けられた、術士だ。ほとんど奇跡といっていい効果をもたらすかわりに、刃物でもって生あるものを傷つけてはならない、という禁忌がある。ナイフをアウトドアツールとして用いるのは支障ないけれど、生物に斬りつけて傷を負わせるのはダメ。たとえ調理が目的であっても。ついでにいうと、戦闘に際して棍棒などで相手を殴ることはOK。あくまでも問題は刃物。


 あたしには仲間がいて、一緒に旅していた。ひとりだけとびぬけて強い、という人はいなくて、みんな一緒に助け合いながら、徐々に成長していった。あたしの回復術もそれなりの威力で貢献していたと思う。だけどある日、あたしは禁忌を犯した。あたしは神聖な力の加護を失い、回復術士として役に立たなくなった。だから、パーティにはいられなくなった。

 パーティを抜けたあたしは、もう刃物を使っても問題なかろうと開き直った。禁忌を犯して破門された元回復術士のウワサはあっという間に冒険者の世界をかけめぐり、そんな大それたことをやってのけた罰当たりの仲間になろうという奴はどこにもいない。だからあたしはひとりで戦っている。小型の斧を選んだのは、回復術士だった時代に武器にしていたロッドと、違和感が少なく扱えそうだと思ったから。女性の冒険者が誰とも組まずにひとりで生きていくというのは、ほとんど見かけない。差別とかではなく、冒険者の生き方は結局体力勝負になってしまうからだ。女性が不利になるのは仕方のないことだった。


 不利であっても、罰当たりな元回復術士であっても、あたしは生きなきゃならない。戦士としてはまだまだ初心者だけど、回復術士として各地を旅した経験だけは、それなりの冒険者だ。植物の見分け方、魔物の気配、いろいろな経験があたしを、初心者が陥りやすい危険から守ってくれる。だけど結局、魔物を倒すことができないと、生きのびられないわけで。回復術士は、魔物を攻撃するのが不得手だ。理由は簡単で、攻撃手段が少ないから。回復術は攻撃のためのものではないし、刃物は使用禁止。肉体の鍛錬を積んでいるわけでもないから、せいぜい護身用にロッドでも持ち歩いて、近づいてきた魔物をがつんと殴る程度。もちろん致命傷など与えられない(剛力の回復術士はたまにいるけど)。まあ、そうなる前にほかの仲間が守ってくれるのが定石だ。回復術士の役割は攻撃ではないから。

 だから今のあたしには、武器で戦うノウハウはまだ、ほとんどない。

 けど正直、回復術士よりも、こっちの方が性に合っている……気がしないでもない。


 ギルドの事務所になっている木造の床を踏みしめて歩くと、少しずつ場がざわめいてくる。「あのルーファ」「禁忌」「とんでもねえ」「お怒りに触れる」……あたしが話題になっていることは間違いない、名前まで聞こえたから。無視して受付に話しかける。受付もなんだかびくついているようだ。取って食べたりしないわよ。

 依頼の成果報告をして、報酬を受け取り、ほかにどんな依頼が出ているかをざっと確認して、あたしは建物を出た。どうやら長居するとお邪魔のようだから。

 今日はもう休もう。まだ体力がないな。

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