ようこそ のっぱら

 なにもない野っ原が

 ただ

 広がっている


 秋色に染まった

 野っ原が


 草本が時折

 小さな風に揺れて

 カサカサ

 乾いた音を立てる


 野っ原の真ん中には

 ただ

 一筋の木道


 まっすぐ

 雲ひとつない秋の空へ

 向かうように

 延びている


 なにもない

 だれもいない


 そんな野っ原の中に立っていた


 ひとり


 では、ない


 となりにいると確かめたくて、

 もみじ饅頭みたいなその手をつなぐ手に力を入れようとして、


 「アオ、」


 彼の手が先に、


 ギュゥウ


 と、オレの小指をを力強く握り込む。


 「…うん?」

 「アオ、」

 「うん」

 「なんも、ない」

 「…あぁ」

 「だれも、おらん」

 「…あぁ」


 抑えた声に、抑えきれない興奮が滲み出ている。


 「アオ、」

 「うん?」

 「えぇか?」

 「あぁ、」

 「オレから、はなれんなや」

 「あぁ」

 こちらを向く気配を感じて、オレも彼の方へゆっくり、顔を向ける。


 意思の強さを窺わせるまんまるの目が、草紅葉を映して燃ゆる目が、こちらを見上げていた。


 一丁前に引き結んだ口には、決意がみなぎっている。


 それでも夏の色が抜けきらないそのマシュマロみたいなどうしたってまだ若干五歳児の頬を

 本人の決意と裏腹に、秋の午後の陽が優しく包む。


 だけど、

 そうだ、


 これはきっと彼が生まれて…彼がこの世に生み落とされることにした決意に次いで、大きな勇気が必要だ。


 目の前にのびる、一本の木道の先に果てはない。


 秋の午後の風に、見渡す限りの草紅葉が揺れて誘う。


 傾きかけた陽が、なでるように優しく背中を押す。


 「い、」

 「ああ、」

 「いっ、いくっ」

 「ああ、」

 「いくでっ! ジジイ!」

 「ジジイじゃない」

 「ついてこいや!」


 その体温を握り返す。


 「了解」


 一歩、目の前にただ広がる野っ原へ、足を踏みだす。




 ようこそ、ようこそ、

 果てない、のっぱらへ。




 風がささやいた。

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