第7話 立

 外に出られたのは三日後の話だった。何が原因かわからないが迷宮ダンジョンの中から人が一切合切消え失せており、誰とも会うことなく外に出ることができた。

 しかし入り口には多数の人が待機しており、外から入ってくる者がいないように厳しい視線を向けていた。これが、中に人がいなかった原因だろう。迷宮ダンジョンというのは一度入ってくると長いこと帰って来れない───下手をすると二度と───ような場所なので、本当に一人も見なかったというのは長いこと封鎖していたということなのだろう。


 シーナと相談して、誰にも知られないように夜中に外へと出ることにした。一夜待ち、監視の目を潜って外へと出る。体が軽くなった今、足音を立てずに歩くことは簡単だった。


 冷たい空気が頬をなでる。自然と涙が溢れて出て来た。


 何もなかった暗がりの中で過ごしてきた目には、夜中の星明りですら眩しかった。入り口に近づいたときからその気配は感じていたが、星空ですら眩しいとは。

 シーナも泣いていた。


 迷宮から距離を取る。誰も見ていない。笑いが込み上げて来た。


 シーナも、涙を堪えながら声を振るわせて笑っている。明るい月の光が彼女の目元の雫に反射して光を撒き散らした。


「自由だな」

「自由だね」


 シーナがこちらに真っ直ぐ手を伸ばしてくる。その手を握り、そのまま抱きしめた。

 不自然な程に柔らかい彼女の体を持ち上げて、そしてゆっくりと歩きだす。


「どうしようね、この先」

「何でもできる」

「それはどうかな?」

「………できる。私とルッツなら」

「そっか、そうだね」


 シーナが降りたいと言うので下ろして、手を繋いで、進む。




 結局、その日の夜は二人で話続けて終わった。思ったよりも直ぐに夜中は過ぎてしまい、直ぐに朝日が昇り始める。最初は眩しくて目も開けられなかったが、直ぐに耐えられるようになった。それでも目の回りに違和感がある。

 シーナは直ぐには目を開けられなかった。しゃがみ込んで目元を抑えている彼女が震えているのを見てつい笑ったら、拗ねた彼女に怒られた。


 少し話し合って、シーナの家に向かうことになった。場所は二つ三つ街を行った先にあるだろうとのこと。彼女の父親はどうなってしまったかは分からないが、母は家に残っているはずだということだった。


 事情を知っている彼女は、こちらの家族のことは話さなかった。正直の所、今の感情的に余裕が出て来た状態で彼らのことを思い返すと落ち着いてはいられなかったのでありがたかった。


「久しぶりの、ゆっくりとした旅だ」

「僕は初めての旅かな」

「そうか、なら盛大に楽しいものにしないとな」

「あはは、楽しみにしてる」


 シーナは気合を入れるようにして、考え込んでしまった。真剣な表情をしている彼女を眺めながら歩く。白みを帯びた彼女は、朝日を浴びていつにもまして静謐で、美麗だった。


 急に顔を上げて楽しそうにし始めたシーナに連れられて、まずは街の中心部へと向かう。資金を下ろすらしい。まだ都会に馴染んでいない自分にはどういう仕組みなのかは良く分からないが、町の中心部の建物に向かえば必要な分の資金が得られるとのこと。


「もしかしたら私の家族が気が付くかもしれないな、ここでお金を下ろしたら」

「直ぐに再会できると良いけど」

「………少し、ルッツと二人で過ごしたい気もするが」

「充分迷宮の中で過ごしたけどね。それに、僕は逃げないよ」

「そうか、逃げないでいてくれるか」

「もし、シーナが良いのであれば」

「願ったり叶ったりだ」


 一月か、それ以上か、彼女と過ごした時間は、単純な時間では測れない重さがある。


 目的の建物には直ぐに到着したらしかった。中の構造は良く分からなかったが、シーナに連れられるままに中に入った。迷宮の中で過ごした日々で服は擦り切れていたが、それも気にしないままに彼女は中に入って行く。

 朝で人が少なかったのが救いだっただろうか。受付の人に訝し気な顔はされたものの、特に問い詰められるようなことはなく、そして無用な注目を集めることもなく用事を終えられた。


 そのまま直ぐに衣服屋に向かう。体を綺麗にしたいところではあるが、そういった場所は往々にして金がかかるものだ。道中でどこか水が浴びれるような場所を探す他ないだろう。


 と、思っていたが、想像以上に格調高い店で買い物を手早く終えたシーナに連れられて向かった先は風呂屋だった。そのままシーナに風呂場に詰め込まれて、全身を洗われる。

 一ヶ月も劣悪な環境で暮らしていたというのに、体の汚れはそこまででもなかった。食事が普段の物ではなかったからだろうか。迷宮の構造のせいか。


「………本当に風呂の使い方も分からないのか」

「初めてだから」

「そうか」

「なんで嬉しそうにするかな………」

「ルッツが楽しそうだからだな」


 確かに初の風呂で少し楽しくなっている部分は否定できないが。湯につかっていると、隣にシーナが座り込んでくる。彼女が隣に来ると心が安らぐ。


 そのまま、ゆっくりと体から力を抜いた。疲れが抜けて行く。少し痺れるかのような熱の染み込む感覚が快かった。

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