第21話 閃き


 クレイルィは死んだ。アヴァグドゥに殺された。


 そして、その元凶を作ったのは、わたしだ――



 あの日、わたしは主人である大釜の女神ケリドウェンを怒らせた。決してわざとじゃなかった。けれどわたしは、女神が息子のために作った叡智の魔法を奪ってしまった。怒りを買っても仕方がない。わたしは命を狙われ城を出て、姿を色々に変えて逃げ惑った。叡智の魔法は人の子のわたしにそれだけの智恵と学問を植え付けた。怒りに我を忘れて追って来る女神。対岸に麦畑が見えてきた。わたしは黄金色の麦を見て咄嗟に閃いた。難を逃れるために唯一と思われる方法を。


 果たしてそれは成功し、わたしは逃げ切った。


 気を失って意識を取り戻した時、わたしは一糸纏わぬ姿で水に漂っていた。その青さと透明度には見覚えがあった。やがて岸に流れ着き、木々の間に揺れていた洗濯物の中から白布を一枚借りて体に巻いた。布を服のように纏う方法など知るはずなかったのに、手が勝手に動いた。白布を着たその格好はまるで天使のようで少し恥ずかしかったけれど、何も着ないよりかはマシだった。


 その時、ひと籠の洗濯物を抱えて修道士が湖畔の林に戻って来た。修道士はわたしの姿を見て本物の天使だと勘違いした。多分、そこが教会の裏手だったのと、湖畔の幻想的な景色、そして白い衣のせいで、そんな錯覚を起こしたのだろう。


 修道士はわたしを見るなり洗濯籠を放り出し、わたしの足元に縋った。驚くわたしに気付かぬようで、胸の前で十字を切って両手を組み、自分の息子の病が治るようにと祈りを捧げた。わたしは天使ではなかったけれど、どのような病なのかを聞き、治す方法を教えた。叡智の魔法で得た学問の力がその時役に立った。


 修道士は御礼に羊をくれると言ったけれど、わたしは修道士の放り出した洗濯籠を指差して、その中から深緑色のクロークをもらった。それから躊躇いがちに、ここに干してある白布が乾いたら一枚もらってもいいかと尋ねた。


 本当は既に身につけていたけれど、それを言ってしまうと天使だという誤解が解けてしまう。借りたことにして持ち去ったとしても返しに戻れるかわからない。白布はたくさん干してあり、数えていないだろうから、少しズルいけれど、さっきの頼み方なら一応結果は変わらない。


 修道士は、どうぞどうぞと言って何度も感謝の言葉を述べてお辞儀をしながら去っていった。

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