2話 出会いと別れ

 暗い下水道から出ると、日差しが眩しく私たちを照らした。

 目を細めて、周りを見渡す。街の外壁が遠くに見えた。私たちが目指す山の近くまで出たようだ。山へ行くには、目の前にある森を通る必要がありそうだった。

「モンスター反応が結構あるな。この森の中はモンスターの巣窟だぜ」

 サーチャーを片手にアキラが言った。サーチャーの青いガラスの部分がより一層輝いていた。

「なるべく、モンスターは避けて通ろう。姉さんの聴覚も大事だよ」

「わかったわ。早く進みましょう。先を越されないように」

 私たちは、歩みを進めた。

 森の入口は、しんと静まっていた。

 微かに、足音が聞こえる。モンスターの足音か、秘宝を探しに行った人の足音か。

 私は息を飲んだ。さっきみたいな、ねずみのモンスターじゃなきゃいいな。

「皐月、先行って」

「は?姉さん、もしかして怖い?」

「別に怖くないわよ!ただ、またねずみが出たら嫌なだけ」

「怖いんだろ」

「杏奈、怖いなら俺が手を握っていようか?」

「遠慮しておく」

 アキラは残念だなと肩をすくめた。

 私は少し落ち着いたので、先頭を切って歩くことにした。

「方向がわからなくならないようにしないとね」

 私は鞄からコンパスを出した。

「どこかに登山道があればいいんだが。さっき見た時は何もなかったな」

 皐月が呟くと、アキラがそれに応えた。

「昨日、酒場で情報収集したが、ここは登山道はないぜ。この先、洞くつまでは人の道はほとんどないと言ってもいいな」

「お前、夜いないと思ったら、そんなことしてたのか」

「まあね。ぐっすり寝てた皐月くんとは違うのだよ」

 アキラは、はははと笑い、自分の頭を指さした。ここの出来が違うと言わんばかりだ。

 皐月はアキラを思い切り睨んでいた。

 私は2人のいつものやり取りに慣れてきたので、無視することにした。

 そこに、ぐぅと音が鳴った。私の腹の音だ。

「うっ……お腹空いた」

「まだ森に入ったばかりだろ、姉さん」

「お腹が空いた杏奈も可愛いな」

「うるさいわね!もう昼なんじゃないの?もう少ししたらお昼にしましょ!」

 私はフンと鼻を鳴らして、先程より早足で先を行った。

 後ろを盗み見ると、アキラは意気揚々と、皐月は呆れ顔で着いてきていた。

 私たちは方向を見失わない程度に、モンスターを避けながら移動した。少し遠回りになるが、モンスターと出会い戦闘になるよりは効率がいいと思ったのだ。

「そうだ。お前にいくつかスクロール渡しとくよ」

 アキラは皐月にカプセルをいくつか渡した。

「なんでだ」

「何かあった時に自分の身は自分で守ってもらわないとな。俺は杏奈で忙しいんでな」

「そうかよ。まあ、ありがとう」

 皐月はフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。そんな皐月を見て、アキラは静かに微笑んでいた。

 一緒の部屋に寝て、ちょっとは仲良くなったのかな。

「何かしら。大きな音が近づいてくる」

「そうだな。地響きのような音だな」

 アキラと私は同じ方向を見た。

「あなたの感覚が研ぎ澄まされる術って長く持つのね」

「まあ1週間くらいだけどね。高名な魔術師から付与してもらったんだ」

 高名な魔術師から、ね。やっぱり、一般人ではないのかしら。とりあえず、お金持ちなのは確かよね。

 そう話している内に、大きな物が落ちるような鈍い音が近づいてきている。

「モンスターの反応はないのか?」

「いや、サーチャーには何も。だが」

「だが、なんだよ。モンスターじゃないんだろ」

「いや、サーチャーに反応しないモンスターもいる。サーチャーは、モンスターの魔力を感知しているんだ」

「モンスターに魔力があるのね」

「そうだ。ただ、魔力のないモンスターは感知できない。存在は稀だし、俺も会ったことはない。もし、この足音がモンスターのなら……厄介だぜ」

 アキラは音がする方をじっと見つめた。

 音はどんどん大きくなっていた。私たちの体が少し震えるほど、大きな音だ。もう近くまで来ている。歩くのが思ったよりも早い!

「なんでいつもこっちに向かって一直線に来るんだよ!」

 皐月は喚いた。

「モンスターは、人間を感知する能力に長けていると聞いたことがあるな。とりあえず逃げよう」

 私たちは、走りに走った。

 しかし、音はどんどん近づいている。

 私たちは、開けた場所に出た。

「いやーーーー!!!!」

 そこには、血まみれの人間が倒れていた。何人もだ。

「しまった!まさか、ここに誘導されていたのか」

 アキラが振り返り、私と皐月もそれにつられて振り返った。

 そこには、灰色の岩のような肌をした大男が立っていた。頭は禿げていて、黒い目玉が私たちを見下ろしていた。ゆうに3メートルはある巨人だ。右手には木で作られた棍棒を持っていて、藁のようなもので作られた腰蓑だけを付けている。棍棒は、赤黒く染まっていた。

 倒れている人たちは、頭や体が潰れていて、きっとこいつにやられたのだろう。

 巨人は口元に笑みを浮かべ、棍棒を私たちに振り下ろした。

 アキラは私におお被さるようにして、体ごと避けた。

「皐月は!?」

 振り向くと皐月も避けたようで、地面に突っ伏していた。

「大丈夫だよ、姉さん!」

「杏奈と皐月は離れていろ!」

 私は皐月に連れられて、巨人から離れた。

「アキラ!?」

 アキラは剣を取りだし、巨人に向かっていた。

 足を切りつけるが、皮が少しめくれるくらいだった。皮膚が硬すぎるの!?

 アキラは舌打ちをして、距離をとった。

 巨人は、アキラの方をちらっと見て、笑みを浮かべた。何がおかしいのよ。

 アキラはポケットから何かを出そうとしていたが、巨人が棍棒を振り下ろしてきたため、回避に集中するためやめてしまった。

 巨体からは想像できなかったが、思ったよりも巨人は早く動く。アキラと同程度か、それより少し早い。まず、一歩一歩が大きい。棍棒で攻撃した時にしか、隙ができないのかアキラも避ける時に同時に攻撃するしかなかった。

「皐月、杏奈を連れて先に行ってろ」

「は?置いて行けるかよ」

「こいつは、強い。しかも攻撃範囲が大きい。杏奈に当たったら大変だ」

「わかったよ」

 そう言って皐月は私を連れて行こうとした。

「待って。アキラが」

「アキラの言うことに従おう、姉さん。俺たちじゃ、足でまといだ」

 私が、でもと言いかけると、皐月が怒ったように答えた。

「オレも本意じゃないよ!でも、オレたちが居たらアキラも集中できない!行くぞ!」

 私は皐月に手を捕まれ、血の滴る大きな広間から森のさらに奥へと連れていかれた。

 広間から離れてもまだズンと重い音が聞こえた。棍棒が地面に打ち付けられる音だ。アキラはまだ避けているのだろう。大丈夫なのだろうか。

「なんで、姉さんにあんなに執着してるんだ。アイツは」

「わからないわよ。なんで、会ったばかりなのに身を呈してまで守ってくれるのか」

「……無事に戻ってくることを祈ろう」

 皐月に言われ、座るように促されたが、私は気が気でなくて座って休めなかった。アキラたちがいる方から目が離せない。

 アキラは無事なのか。怪我をしていないか。

 剣で傷をつけられないモンスターに勝てるの?どうしたらいいの。

 わからなかった。

 考えても、アキラを助ける方法が思いつかなかった。

 紙が擦れる音がして振り向くと皐月が、アキラから貰ったスクロールを眺めていた。

「何してるの」

「いや、この中に、今の状況を打破するものがないかと思って」

「ありそう?」

「まず、どれがどんな効果か、わからん」

 皐月と私は、うなだれた。

「いたっ」

「姉さん、どうした?」

「目にゴミが入ったみたい」

「擦らない方がいい」

「うん」

 私は涙を流して、ゴミが流れるように促した。ゴミは取れたのか、痛みはすぐに消えた。

「目はすぐ傷つくから気をつけろよ」

「わかってるわ……あっ」

 私は思いついた。アキラのためになることを。

「どうした……姉さん!」

 叫ぶ皐月を置いて、私はさっきの広間まで走った。近くまで行くと、激しく息をする音が聞こえる。

 私は近くの茂みに身を隠して、近づいた。

 アキラが左手で剣を握り、木にもたれかかっていた。巨人はアキラの方を向いているので、どんな顔をしているのかわからない。

 ここでは、ダメね。

 私は、巨人の顔が見える所へ移動しようと、動いた。

 そこへ、皐月が広間へと着いた。巨人はハッとして皐月の方へ向いた。顔が見えた。

 今だ!

 私は構えていた弓で矢を射る。矢は巨人の顔を掠めた。巨人は私の方を見たが、驚いてはいなかった。気づかれてはいたのか。

 私はすぐに矢を準備して、また巨人の顔へ向ける。

 巨人はにたりといやらしい笑いを見せた。アキラがこっちだ!バケモノと叫んだが、巨人は私の方へと真っ直ぐ走ってきた。

 真っ直ぐ走ってきて狙いやすいわ。私は矢を射る。今度は、当てたいところに当たった。目だ。巨人の右目に当ててやった!

 巨人は痛みで後ろに座り崩れた。ぐおおと悲鳴をあげて、目を押さえる。棍棒は投げ出され、近くに重い音を立てて落ちた。

「成功した!アキラ!大丈夫?」

 アキラが私の所へ駆け寄ってきた。

「杏奈!なんでこんな無茶を」

「ほっておけなかったの。ごめんなさい」

「いや……ありがとう」

「そんな話してる場合じゃないだろ!」

 皐月が叫んだ。

「凍てつく風よ。吹雪け、大気よ」

 皐月はスクロールを持っていて、巨人に呪文をかけた。冷たい冷気が私たちの周りを漂い、巨人の下半身は凍り、動けないようになった。

「やっぱり、威力が高いな」

「感心してる場合か!あと、どうすんだよ!」

「杏奈が良いヒントをくれた。ここなら、固くないだろ!」

 アキラは巨人に向かっていき、叫ぶ巨人の大きな口に剣をつき刺した。口の中から頭、脳まで到達するように。アキラは刺してから、すぐ身を避けた。剣を抜くと、口の中から緑色の血が吹き出した。舌がベロベロに裂けている。頭まで固いのか貫くことはできなかったが、巨人は最後の断末魔をあげ、上半身だけで暴れた後に動かなくなった。

 氷漬けになった下半身のせいで、上半身だけだらんとぶら下がっている。今気づいたが、酷い匂いがする。周りの死体が腐っているし、この巨人自体が腐った生卵の匂いがした。

「トロールだな。聞いたことあるのが、人間をなぶり殺して、巣へ持ち運んで鑑賞するだったかな」

 アキラが剣の血を拭き取りながら言った。拭き取っている右手が震えている。

「アキラ、右手どうしたの?さっきから、左手で剣を持っているし」

「……ああ、これ?オレ、両利きなのさ」

 アキラは剣をカプセルにしまい。手を上げ、振った。右のひじから赤い血が滲んでいる!

「何言ってるの!怪我してるじゃない」

「いででで」

 アキラの右手を思い切り引っ張った。服をめくると、ひじが切れていた。

「トロールとやり合ってる時に木に当たって裂けただけさ」

「手当しないと」

「大丈夫、大丈夫」

「何が大丈夫よ!化膿したら大変よ!良いから座って!」

 アキラは観念したのか、その場に座った。私は鞄から治療薬と包帯を出して、手当した。


 トロールは角も採れる皮もないため、何も採らずに灰化するのを見守った。

 亡くなった人たちは、埋める時間も死体を持っていくこともできないため、死者への祈りを捧げてその場を後にすることにした。

「そういえば、杏奈、お腹が空いていたんじゃなかったか?」

「あんな光景見たあとにご飯なんて食べれるわけないでしょ」

「そうか。オレはお腹空いてきたんだが」

「よく食べる気になるな。どういう神経してるんだよ」

 皐月は呆れながら言った。

「この異臭がなくなったら、食べるか!」

「マイペースか!人の話を聞け!」

 まだトロールと死体の匂いはしたままなのは確かだ。匂いがキツすぎて、他の匂いがわからない。今は、アキラのサーチャーと、アキラと私の聴覚だけで、モンスターを察知するしかない。


 幸いにもモンスターと出会うことはなかった。

 私たちは野営する場所を見つけ、今日は休むことにした。

「さすがにお腹空いたわ。何か食べましょう」

「日持ちしないやつから食べるか」

 皐月が鞄からいくつか食べ物を出した。

 朝食べてから何も食べてないので、何を食べても美味しく感じた。

「皐月の作るスープ美味しい」

「出来合いのものにしては美味いな」

「普通だろ。腹が空きすぎてるんだろうよ」

 私たちは夕食を後にし、寝ることにした。今回も火の番をしながらだ。アキラ、皐月、私の順ですることにした。

 アキラが火の番をする時に私は少し起きることにした。

「アキラ、腕は痛む?」

「杏奈。寝てなさい」

「気になるのよ。大丈夫なの?」

「大したことないさ」

 本当にそうなのだろうか。傷を見た時、だいぶ深く切れていた。動かせてたから、靭帯は切れていなさそうだったが、とても痛そうに見えた。アキラが訳の分からない奴なのは変わらないが、怪我をすれば心配にはなる。

「無理しないでね」

「ああ。おやすみ、杏奈」

「おやすみなさい」

 私は自分の火の番まで寝付くことにした。


 朝になり、出発することにした。

 ある程度歩いていると、足音が聞こえてきた。音からすると、人間なのかな。2人ほどの足音だ。どんどん近づいている気がする。

「あ、足音が止んだ」

「そうなのか?」

「あれ?アキラもう聴覚は優れてないの?」

「そうみたいだな。術がきれたみたいだ。サーチャーが反応してないなら、人間か、また魔力のないモンスターだな」

「気をつけて進もうぜ」

 私たちは慎重に進んで行った。

 少し開けたところに、2人の男女が立ち止まっていた。どちらも猫耳族だ。

「人が来たようね」

 少女が話した。少年の方は、こちらを警戒するように睨んできた。

「突然でごめんなさい。待ち伏せしてたわけではないのだけど、そのような形になったわね。痛み止め持ってないかしら?こちらの食料と交換しない?」

「悪いな。痛み止めはないよ」

 アキラが答えた。そうだ。痛み止めがあれば、アキラに飲ませていた。たまに、右肘を抑えているのがわかっていた。やっぱり痛むのだろう。

「そう、残念ね。ここに着く前、トロールに連れがやられたのよ。あなたたちは、大丈夫だったのね」

「ええ。ほとんど博打だったけれど」

 私は彼女たちに近づいた。

 少年は少女の前に立った。やはり、警戒されている。少女は少年を静止させた。

「大丈夫よ。この女の子は悪い人には見えないわ。そちらも、警戒を解いてくれないかしら」

 少女は、皐月の方をちらっと見た。

 私もつられて見ると、皐月も警戒しているようだったが、はあとため息をついて、警戒をやめたようだった。

「道中で騙されたというか、上手いこと使われてね。警戒していた、すまない」

 皐月は謝った。

「もしかして、あなたたちも秘宝を?」

「ええ。やっぱり、あなたたちも。秘宝を探しに来ていた人に何人か会ったけれど……。薬を持ってる人はいなくて」

 少女はため息をついた。

「あ、ごめんなさい。名前を言うのを忘れてたわ。私はショウ。こっちは」

「マサムネだ。ショウには近づくな」

「マサムネ!警戒しないの!」

 マサムネと名乗った少年は、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「あはは。私は杏奈、こっちは弟の皐月、こっちはよくわからない人」

「杏奈ー!よくわからない人ってなんで!?アキラって名前があるだろ?」

「ふふふ。変な人たちね。ここで秘宝を取った取られたするわけでもないし、道中一緒にどうかしら?」

 皐月は再び2人を警戒するように見つめた。

「大丈夫よ。ショウもマサムネも、悪い人じゃない!私にはわかる!」

「そう言って、みずほって奴には良いように使われただろ!」

「気にしない、気にしない。信じてみよう。こっちも怪我人がいるし」

 私はアキラの方を見た。アキラは大丈夫だよとだけ言った。

 皐月は小さく舌打ちしたが、渋々受け入れたようだった。

「よろしくね、ショウ」

「ええ。よろしく。杏奈」

 私はショウと握手をした。

 両親以外の猫耳族に会うのが初めてで、興味があったのだ。猫耳族を始めとした動物族は、両親が亡くなってから村には私しかいなかった。村と近くの森以外から出たことがないので、猫耳族以外の動物族にも会ったことがない。

「私たちは、近隣の村から来たの」

「へー。村にもあの街の領主から依頼があったの?」

「そうね。私たちの村からは、私たちだけが行くことになったわ。他の人は危ないから行きたくないって言ってたし。確かに危なかったわ」

 私たちは歩きながら話をした。主にショウと私だけど。同年代の女の子と話すのも初めてだったのだけれど、ショウとはすぐ気があった。

「私の村にはマサムネ以外に同年代の子がいなかったから、話してて楽しいわ」

「私も同じ!嬉しい!」

 私たちは和気あいあいとしていた。後ろの3人の暗い雰囲気は無視した。アキラはいつも通りだったけど、皐月とマサムネは機嫌が悪そうだった。

「あれ、池じゃない?」

 ショウが指さした先に池があった。見に行くと、とてもキレイで澄んでいた。

「水浴びしたい!」

「姉さん、何をのんきなことを」

「だって、街を出てから体拭くだけだったし、トロールの異臭浴びてから気になってたのよ」

「いいんじゃないか。モンスターも近くにいないみたいだし」

 アキラがサーチャーを転がしながら言った。

 皐月は再び呆れて、仕方ないなと言った。

 とりあえず、女性陣が水浴びするという事で、男性陣は水浴びはしない事にした。男の子ってそういうの気にしないよね。

 アキラたちには、近くの茂みに行ってもらうことにした。

「まさか、山の中で水浴びできるなんてね」

 ショウが服を脱ぎ始めた。

「服も洗いたいけど、そんな時間ないわよねー。水浴びだけで我慢するかー」

 私は脱いだ服を仕方なく畳んで、池に入った。ほんのり冷たくて、気持ちよかった。

 ショウも気持ちいいのか、肩近くまで浸かっていた。

 その時、茂みがガサッと音が鳴って、皐月が飛び出してきた。

「皐月!?何してんのよ!」

「ち、ちがっ!あいつらが覗こうとしたのを止めようとして」

 皐月は目を覆いながら言ったけども。

「問答無用!覗きはダメに決まってるでしょうが!」

 皐月に拳骨を食らわしてやった。

 私とショウで、アキラとマサムネの頭の上にもタンコブを作ってやった。

 皐月は免罪かもしれないけど、とにかく覗いたのと、覗こうとしていた奴らは成敗してやった。

「俺は見てないのに」

「見てなくても、見ようとした罰よ」

 ショウは、2発目をマサムネに食らわしていた。

「ショウ〜、あいつが嘘ついてるだけだって」

「あんたの方が信用ないから」

「なんでだよー」

「アキラと皐月は反省した?」

「俺は釈然としないけど、まあ見たのは謝るよ。まあ、姉さんのを見るような奴の気が知れないね」

「俺は見たかったなー」

 アキラと皐月にも2発目をおみまいしておいた。

 水浴びは十分にはできなかったが、少しは汗や泥を流せたので良しとした。

「サーチャーが反応してる」

 アキラが立ち止まり、前をじっと見つめた。

「前から来るの?」

「そうだよ、杏奈。4体いるな。そして、かなり早いスピードできてる。これも、逃げられそうにないな」

「何それ?さーちゃー?」

 ショウは、アキラがもっているサーチャーを覗き込んだ。

「モンスターを感知する道具だよ」

「へー!そんなのあるんだ。便利ねえ」

「ショウ、関心してる場合じゃないよ。準備しよう」

 マサムネは荷物を下ろし、カバンを開けた。中から、紐を取り出した。

「何するの?」

「何って、罠を作るんだよ。俺たちは、音でモンスターを感知したら、罠を作って待ち伏せするぜ」

 マサムネは器用に木に紐を括りつけた。

 ショウはマサムネのカバンから、トラバサミを出していた。

「はー。重いわね。マサムネはよくこのカバンを背負ってられるわ」

「ショウのためなら、何ともないぜ!」

「はいはい」

 こちらに向かってくる足音が近づいてきた。もうすぐ来る!

「杏奈は隠れてなさい」

「え、何でよ」

「弓矢しか使えないんだから。今回のモンスターは素早い。矢なんか当たらないよ」

「そんな……。皐月は?皐月はいいの?」

「あいつには、後方援護をしてもらう。スクロール持たせてるからな」

「私にも、スクロール読ませてよ」

「ダメだ。危ないから、隠れてて」

「そうだぜ。姉さんは隠れてなよ」

 私はアキラと皐月に言われ、後ろの茂みに隠れることになった。

 目の前には、足を引っ掛けるための罠、トラバサミ、その後ろにアキラ、マサムネ、ショウ、1番後ろに皐月がいる。

「なんで、私だけ……」

「姉さん。文句言わないの」

「ううっ」

 モンスターの足音が近くまで来たと思ったら、木の影から狼が出てきた。4体いる。でも、普通の狼じゃなかった。モンスターだ!後ろ足は普通に2本だが、前足が4本ある。毛先は黒く硬そうで、逆だっていた。牙の間からは茶色いヨダレのようなものが垂れている。

 モンスターたちは、紐を易々と乗り越えた。しかし、1体はトラバサミに引っかかり動けなくなった。

残りの3体が、それぞれ向かってくる。1番体の大きな個体が、アキラの方へ行く。ショウとマサムネもそれぞれ応戦した。

「やばっ!」

 その声と共に、マサムネのケガをしていた所にモンスターがかぶりついた。血が吹き出る。

「マサムネ!」

 ショウは叫び、目の前のモンスターの右目に短剣を一刺しし、マサムネの所に駆け寄った。目を潰されたモンスターは寄ろける。

 ショウは、マサムネに噛み付いたモンスターの背中を切りつける。モンスターはぎゃんと声を上げ、マサムネから離れて、後ろにたじろいだ。

「傷が!あんたは、下がってて」

「できない相談だね。利き腕じゃあないし」

 マサムネは体を少し震わせながら、体勢を立て直す。ショウはため息をつき、2人は背中を合わせ、2体のモンスターと対峙した。

「かっこよく、ショウを守るって言いたいんだけどなあ」

「諦めなさい。一緒に戦うのよ」

 傷を負ったモンスターが、2人に向かっていった。目が潰れた奴はよろめきながら、ショウの所へ行くが、ショウはそれを見逃さず、もう片方の目を刺した。声にならない声とともにモンスターは地面へと倒れる。

 ショウは、ぐるりと後ろへ体をひるがえし、マサムネに向かい、飛びついてきたモンスターの腹の下に潜り込んだ。柔らかい腹に短剣を突き立て、モンスターのマサムネの方に向かう力で腹を引き裂いた。モンスターの腹からは内蔵がぞろりと出てきた。ショウはそれを被る前に、腹の下から出る。

 マサムネは、両目を潰されたモンスターと、腹を裂かれたモンスターそれぞれの首を切断した。

 アキラの方は、もう片付いたのか、モンスターが灰化しかけていた。

「んー。牙でも取っておくか?いや、汚いからやめておくか」

 アキラは、トラバサミに引っかかっているモンスターの所へ行き、首を切り落とした。

「トラバサミすごいのね」

 私は茂みから出て、トラバサミを眺めた。

「そうね。それより、こっちを手伝ってくれない?マサムネが重症なのよ」

「重症って訳でもないよ」

「重症なのよ!バカマサ!」

「バカはないでしょー」

 私はショウとマサムネの所へ行き、治療を手伝った。治療と言っても、傷口を水やアルコールでキレイにして、包帯を巻くだけだが。

「この腕」

 ショウが呟いた。

 マサムネの腕を見ると、赤黒く変色していた。たぶん、先程のモンスターに噛まれたことで、こうなったのだろう。

「痛くない?」

「いや、痛くはないかな」

「痛くないのは、逆に良くないな。あまり良いものじゃないだろう。然るべき所で、早めに治療した方がいい」

 アキラが傷口を眺めながら言った。

「くそ。ここまで来たのに帰らなきゃ行けないっていうのかよ!」

「良いじゃないの。今回は、仕方ないのよ。マサムネの体の方が大事だわ」

「ショウ。ショウーー!!ありがとうーー!!」

 マサムネがショウに抱きつこうとしたが、ショウはひらりとかわしてマサムネは地面に激突した。

「とにかく、私たちはここで帰るわ。今なら2日で村に着くわね」

「2日か」

 アキラはポケットから、カプセルを出した。カプセルから、巾着袋が出てきた。

「これでも、飲ませなよ。一応、万能な解毒剤だから、少しでも効くかもしれない」

「ありがとう。アキラ」

 ショウは頭を下げ、マサムネも、ありがとうと答えた。

「ショウ、マサムネ。ありがとう。会えてよかった」

「私もよ、杏奈。秘宝を探し終えたら、うちの村にも寄ってちょうだい。あの街の南にあるの」

「わかった!絶対行くね!」

「皐月も、次は覗かないでよ」

「覗いてねえよ!」

 ショウは皐月をからかった。

 私たちはショウとマサムネに別れを告げて、先に進むことにした。また、ショウたちに会えるのを楽しみにしつつ。

 

 2つのめの山を越えている時、日が暮れてきた。私たちは、野営をするために、準備をしていた。

 テントを張っていると、アキラと皐月が話しているのが聞こえた。

「杏奈には黙っててくれないか」

「別にいいけど、どうせ聞こえてるよ。内緒話なら、もっと離れて言うんだな」

 私は2人の所へ行き、何を話していたのか問いただした。

「アキラのケガが悪化してるんだよ」

「そんな!見せて!」

「いや、大したことじゃないよ」

「見せなさい!」

 アキラは渋々右腕を出した。腫れている。

「これは」

「折れてはいないよ。たぶん、骨が砕けて、腫れてるんだろうよ」

「何を冷静に言ってるの」

「杏奈、これくらい平気さ。時期に治るし、左でも剣は握れる。杏奈を守れるよ」

「どうして」

 私の目から涙が零れた。こんなことで、泣いたりしないのに、どうしてもアキラが傷付いているのが嫌だった。

「君がイヴだからだよ」

「また、そんな事。どうして、いつもはぐらかすのよ」

「はぐらかしてないよ。杏奈が大切なだけさ」

「姉さん。こいつに何言っても無駄だよ。どうせ着いてくるし、姉さんのこと守ろうとするし。それとも、俺たちも秘宝を探しに行くのやめるか?」

「それは……そうね。私たちも、街に帰りましょう」

「杏奈!いいのか?」

「良いのよ。ここまでして、目指すものでもないわ」

 私たちは、秘宝を探しに行くのをやめることにした。

 その夜、寝ていると、何かが動く音がして目が覚めた。

「アキラ?皐月?」

 私が起き上がると、目の前に誰かがいた!知らない顔だ!

「静かにしな」

 口を押えられ、身動きを取れなくされ、テントから引きずり出された。他に2人いた。火の番をしていたのは、皐月だ!皐月が、倒れていた。生きているの?倒れているだけ?

「食料が少ししかない。どこに隠し持ってる?」

 私を引きずり出した男が言った。他の2人を見ると、1人見たことのない種族の人がいた。身体中を鱗で覆われている。

「ああん?俺が珍しいのか?」

 鱗で覆われた男が話た。

「まあ、仕方ないか。珍しいもん見たなって顔をしやがって。ボス、どうします?」

 ボスと言われたオールバックの男が、話し出した。

「食料がねえならなあ!どうしてやろうかね」

 男たちは、こちらにじりじりと近づいてきた。

「ボス。こいつ、レーオン見てビビってますよ」

 私を縛りあげた男が話し出す。

「それは、そうだぜ!俺は有鱗族。この見た目で驚かない奴はいないぜ」

 有鱗族。聞いたことのない種族名だった。この鱗に覆われた種族のことを指すのだろう。

「おい。ヒゼキヤ。この女、話せるようにしろ。口も聞けないんじゃあ、食料の場所もわかりゃしない」

 ボスと呼ばれていた男に言われ、私を拘束したヒゼキヤという男が私の口の布を取った。

「何が目的なの?」

「おいおい。その前に言うことがあるだろうよ」

 有鱗族の男、レーオンと言ったか、その男が話し出したので、答えた。

「何を言うっていうの?」

「何をって!俺のことだよ!この見た目!何か言うことがあるだろ!」

「もっと叫ぶとかな」

 ヒゼキヤが口を出す。

「そうだよ!気持ち悪い〜とか言えよ」

「別に気持ち悪くはないけど。珍しいなとは思ったわ。見たことも聞いたこともない種族だったし」

「この女、頭いかれてんじゃねえの。俺を見て、ビビらないなんて」

「失礼ね!大体、人間に対して、気持ち悪いって思うなんて失礼でしょ」

 まあ、アキラは気持ち悪いと思ったことはあるけれど、と心の中で呟いた。

 私の言葉に、3人ともポカンと口を開けていた。3人で、互いの顔を見ていた。

「なんだ。この女。やっぱり、おかしいのか」

「目が見えないんじゃないの?」

「馬鹿野郎!目は見えてるだろ」

 そう言って、ボスはこちらを見た。

「嬢ちゃん、本当に、レーオンに対して怖がったりしないのか?」

「まあ、山賊っぽいのは怖いけど、別に普通じゃない」

 私がそう答えたら、レーオンは大笑いした。

「俺が普通?バカだ!バカがいるぜ!」

「な、何よ。何がバカなの?」

「有鱗族はな、動物族の中でも嫌われ者なのさ。この見た目だ。普通の人間とは、かけ離れすぎている。あんたみたいな猫耳族が受けてる迫害なんかより、ずっとな。石を投げられるだけじゃねえ。命まで狙われることだってある」

 レーオンは、一呼吸置いて続ける。

「あんたは、そんな俺を普通って言いやがった。なんで、なんでだよ……」

 レーオンの目から涙が流れるのが見えた。

「レーオン」

 ボスが、レーオンの肩を抱こうとした瞬間、ボスの首に剣がかかった!

「アキラ!」

 アキラがボスの背後にいた。

「杏奈の拘束を解け。さもないと、こいつの命はない」

「ボス!」

 レーオンとヒゼキヤは叫んだ。

「ちっ。もう1人いたのか。あのテントの中か。ヒゼキヤ、拘束を解いてやれ」

「は、はい」

 ヒゼキヤは、私の縄を解いた。

 さすがにキツく縛られていたのか、手首には跡がついていた。少し痛いわ。

「アキラ、この人たち、もう私たちに何もしてこないから離してあげて」

「そうとは限らないだろ!」

「大丈夫よ。そうよね、レーオン」

「……ボスの指示に従うまでだ」

 レーオンは、ボスを心配そうに見た。ヒゼキヤも、冷や汗をかいているようだった。

「はあ。今回はダメだったな。命は惜しい。何もしないさ。気になるなら拘束すればいい。レーオンを、怖がらない嬢ちゃんには何もしない」

 ボスは両手を上げ、降参のポーズをとる。レーオンとヒゼキヤも、それに習い両手を上げた。

「皐月は!?皐月は無事なの?」

「倒れてる男の事か?こいつは気絶させただけだぜ」

 私は皐月の傍に駆け寄り、皐月を起こした。確かに息はしている。あ、頭にタンコブがある。頭を殴って気絶させたのね。危ないことを……。でも、私には彼らを怒る気にはなれなかった。有鱗族。初めて会った不思議な、でも普通の人間。それが迫害されている?そして、猫耳族も迫害を受けている?思考が追いつかなかった。

「杏奈、拘束するか?」

「いえ、良いわよ。食料を目当てに襲っただけで、命まで取るつもりはなかったみたいだし。少しなら、食料を分けても良いんじゃないの」

 私は3人の体を順々に見ていった。3人とも痩せている。山の中で暮らしているのか、食料にあまりありつけていないのだろうか。

 アキラは、私の言葉で、ボスを解放した。睨みつけたままではあるが。

 というか、アキラはいつテントから出て、ボスの背後に行ったのかしら。本当に不思議な奴ね。

「杏奈が言うから、食料は渡す。杏奈をこんな目に合わせた奴らに情けなんてかけたくはないがな」

 アキラは、ボスたちから、食料を取り上げ、選別し始めた。

「あの、食料を渡す代わりに聞きたいことがあるんだけど」

「交換条件というわけか。なんだ?」

 ボスはその場に胡座をかいた。レーオンとヒゼキヤにも、座れと促す。座れば、何をするにもしずらいと判断したのか?

「有鱗族のこと。私、自分と両親以外の動物族にほとんど会ったことがないのよ。知りたい」

「レーオン。話せることだけ、話してやれ」

「はい。ボス。別に話せることなんて、ほとんどないぜ。さっき言った通りだよ」

 レーオンは、はあとため息をついた。

「俺たち有鱗族は、迫害を受けている。魔族やヒュー族だけじゃなく、同じ……同じと言ったら、怒られるんだが、同じ動物族の奴らからもな」

「そんな!どうして?同じ人間なのに」

「そんなこと言うのはあんただけだよ!」

 レーオンは、声を荒らげた。

「同じじゃあないんだよ。有鱗族は、魔族たちからかけ離れすぎてるんだよ。こんな鱗だらけの体でな。俺たちが生きていくには、この世界は窮屈すぎる!誰もが俺たちを指さしていく。誰もが……」

 レーオンは、また泣いてしまった。

「ごめんなさい。嫌なことを言わせてしまったわね」

「良いんだよ。俺は、あんたに普通って言われただけで、また生きていて良いんだなって思えた。ボスに会えた時みたいにな」

「レーオン……ほら、涙拭けよ」

 ヒゼキヤは、レーオンに薄汚れた布を渡した。それで、レーオンは涙を拭う。

 有鱗族と、迫害。動物族の確執。私はまた思考がバラバラになりそうだった。知らない世界だった。皐月も、チィランおじさんも、私を変な目で見ることはなかった。街でも、みずほさんも、ショウも、マサムネも、普通にしていた。

 そして、そんな動物族間でも迫害がある。

「ありがとう。教えてくれて、助かったわ」

「ほらよ。いてて。これ、食料だぜ」

 アキラは、右腕で食料を抱えたせいか、痛がっていた。

「あんた、怪我をしているのか?」

 ヒゼキヤが聞いた。アキラはぶっきらぼうにそうだと答えた。

「あんたら、お人好しすぎるから、礼に言っておくが、この山を超えた先に川があるんだが、近くに教会がある。そこの神官に、怪我を一発で治す奴がいるぜ」

「怪我を治せる?そんなことができるの?」

「杏奈。世の中には、回復魔法という、特別な魔法を使える人間がいるんだよ」

「それなら……」

「旅を諦めずに、進める..さあ、明日に備えよう。今日の火の番は、俺がずっとするからさ。そして、お前らはさっさとどこかに行け」

「けっ。怖い兄ちゃんだな。行くぜ、お前ら」

 ボスの呼び声に答え、2人は立ち上がった。

「嬢ちゃん。ありがとうな。レーオンのような奴を見かけたら、またそうやって声かけてくれよな」

 そう言って、彼らは闇の中に消えていった。

「杏奈!なんで、あいつらに施しをしたんだ」

「困ってたから」

「困ってる奴に片っ端から世話焼いてたら、杏奈の身が持たない」

「私のために、怪我をほっておく奴に言われたくない」

「杏奈ー。そう言うなよ。俺は杏奈が心配で」

「それなら、なんで私なのか、教えてほしいわね」

 私はアキラを睨んだ。アキラは大事なところはいつもはぐらかしてくる。

 イヴって何なの?なんで、着いてくるの?と問い詰めた。

「俺は……」

「痛っ。姉さん?なんで、起きてるんだ」

 皐月が頭を抑えながら、起き上がった。

「皐月!大丈夫?」

「なんか頭が痛いんだけど、何があったんだ?」

 私は皐月にさっきのことを話すことにした。アキラの話は後で聞くことになってしまった。いつもタイミングが悪い気がする。


「俺も、アキラと同意見だけど。なんで、誰にでも優しくするかな」

「ごめん」

「まあ、過ぎたことは良いよ。それより、教会に行くのか」

「うん。そこなら、アキラの治療ができるし、そのまま旅を続けられるわ」

「今度は怪我しないようにするぜ」

「まあ、姉さんがそれでいいなら、良いけど」

 皐月は、眉を下げ、少し残念そうな顔した。

 私たちは、アキラに火の番をお願いして、休むことにした。変わると言ったのだが、さっきの山賊たちのような人が来たら困るからと言って、アキラは譲らなかった。少しでも寝てほしいのだけど。


 私は眩しくて、目を覚ました。テントから、光が差し込んでいる。もう朝かと思い、昨日の夜のことを思い出した。

 有鱗族の迫害か。まだ整理できていなことも、あるけれど、あまりうだうだと考えるのは性にあわないので、今は考えない事にした。

 テントから出ると、アキラと皐月がいた。皐月は、朝ご飯を作ってるようだった。鍋からはいい匂いが漂っていた。

「はあ!お腹空いた〜。おはよう!」

「第一声がそれかよ。昨日は大変だったんだぞ!」

 皐月が私を睨みつけた。皐月に睨まれても怖くないもーん。

「ご飯食べたら、すぐ出発しましょう」

「そうだな。もうすぐで、川に着く」

「川か……」

 皐月はぽつりと呟いた。

「どうしたの?皐月」

「いや、別に。ほら、姉さん。朝ご飯のスープだよ」

「やったー!」

 私たちは、少し早々とご飯をかきこみ、テントを片付け、出発することにした。

 森の中も、だいぶ木が減ってきて、そろそろ開けたところが見えそうだった。道中、モンスターを避けながら行ったので、また遠回りになってしまったが、なんとか今日中には教会に着けそうだ。

「やっぱり、出口の辺りはモンスターもあまりいないのね」

「そうだな。杏奈の運の良さもあるだろうよ」

「それはないわよ。運なんて、不確かなものを……あ!あれ!教会じゃない?」

 森をやっと抜けた私たちの目の前に、白い教会が見えた。青い屋根に、白い外壁。屋根の上には十字架が掲げられていた。

 近くに、川が見える。橋はないようだが、そんなに深い川には見えない。歩いてわたれそうだった。

「これで、アキラの腕も治してもらえるわね!」

 アキラはにっこりと微笑んで、そうだなと呟いた。

 私は嬉しくて、早く行きたくて仕方なかった。アキラの腕を治すのも大事だが、その珍しい回復魔法というのにも興味があった。

「さあ、行きましょう」

 私たちは、教会に近づいた。教会には、柵があり、門の前まで私たちは着いた。

 門の中に入った瞬間、何かに包まれたような暖かな気持ちがした。

「何かしら」

「防衛魔法だな。さすが、こんな所にある教会は違うな」

「防衛魔法なのね。へー!面白い!」

「街にはなかったからな。城壁が高かったし、衛兵もたくさんいたし。神官がいるなら、防衛魔法もお手の物だろうよ」

 私は、ワクワクしながら、教会の中へと入っていった。

「お邪魔しまーす」

「ようこそ。旅の方」

 中には、白い服を身にまとった女性が1人入口に立っていた。

 真正面に、大きな十字架と大きくて色々な色をした壁があった。何人かの人が椅子に座っていて、中央に老紳士がいて、何かを話している。あの人が神父様って言うのかしら。

 入口の女性と同じ姿をした人たちが他にも数人立っている。

「こんにちは。あの……」

「休憩にいらっしゃったのですか?」

「いえ、ここに回復魔法を使える方がいると聞いてきたんです」

「そうですか……」

 薄水色の髪が肩まで続いているその女性は、こちらへと、私たちを中へと促した。

「私は、ルスといいます」

「私は、杏奈。こっちは弟の皐月に、あと怪我をしてるのは、アキラなんです」

「そうですか。この部屋で行いますね。中へどうぞ」

 私たちは返事をして、部屋の中へと入っていった。中には、椅子が2つ置いてあるだけだった。十字架と、たぶん女神様の像が置いてある。

「ルスーー!!」

 大声が聞こえたと思ったら、部屋の中に、少年が入ってきた。

「オースティン。騒がしいですよ」

 オースティンと呼ばれた少年は、ルスと似たような服装をしていた。しかし、幼い。

「すみません。すぐに追い出しますから」

「ルス!なんで!」

「なんでもです。いいから、外に出てなさい!」

 ルスは、オースティンを外へと押しやった。そして、部屋の鍵を閉める。

「すみません。オースティンは、いつも邪魔をするのですよ」

「そうなんですか……」

 すごい剣幕だったな。何かあるのかしら。

「では、治療を行いますので。アキラさん。こちらにお座りください」

 アキラは所定の位置に座り、目の前にルスは座る。アキラに怪我した所を見せるように言うと、アキラは右腕を見せた。

 ルスは、何かブツブツと呪文を唱え始め、手をかざすと、アキラの腕が光った。

「これが、回復魔法!」

 地味ね。それが、初めて見た時の感想だった。だが、見ていると、腫れていた腕はどんどん元の腕に色が戻っていった。

「すごい!」

 一瞬で治るなんて、すごい能力なのね。地味だと思って悪かったわ。

「ふう。これで、おわ……」

 ルスは、全てを言い終わる前に、椅子から滑り落ちる。アキラはそれを支えた。

「ルスさん!?大丈夫か!?」

「ありがとうございます。アキラさん。回復魔法を使うといつもこうなるのです」

「無理しないで」

 私はルスに手を差し出した。ルスは、手を取り、立ち上がったが、体は震えている。

「気にしないでください。いつもですから」

「ルスーー!!」

 扉の向こうから、声がまた聞こえたと思ったら、扉が割れた。割れたのだ。大きな斧が見えた。

 それを見たルスの顔は般若のようになった気がする。その後、オースティンがどうなったのかは、想像に任せます。

「オースティンが、何度もすみません」

 ルスは、タンコブを大量に作ったオースティンの頭を押さえつけ、お辞儀をさせた。

「いえ、別に気にしてませんから」

「ですが、お客様に対して無礼を」

「本当に気にしてないですよ」

 アキラも、答えた。ルスも、完全には納得していないようだったが、頷いた。

「ルス!なんで、あの力を使わないでって言ったのに!」

「聞こえません」

「回復魔法を使うと、ルスはいつも体調を崩すから使ってほしくないだけなのに」

「知りません」

「ルス!」

「はあ。悪い子にはお仕置が必要みたいですね」

 ルスはニッコリと笑いながら、オースティンを別の部屋に押し込み、鍵をかけた。目が笑ってない!

「あのー……」

「あら、すみません。オースティンはいつもああなのです。気にしないでください」

 私たちは、顔を見合わせて、乾いた笑いをするしかなかった。

「ありがとうございました。助かりました。これで、旅を続けられます」

「そうですか。それは、お役に立てて良かったです」

 私たちは、再度お礼を言って、教会から出た。教会から出ると、入口に見慣れた兎の耳が見えた。

「みずほさん!」

「こんにちはー」

「お前、どの面下げて出てきた!」

 皐月はみずほの方へ向かおうとしたが、アキラが手で制止させた。

「まあ、落ち着けって。何か用でもあるの?」

「いいえ。ただ、何も知らないのねと思っただけよ。彼女も、あなたたちも」

「え?」

「回復魔法って、なんで希少なのかしらね」

「どういうことなの?」

「さあ、教えてあーげない!じゃあねえ」

 みずほは、足早に、教会の敷地から出ていってしまった。足が早く、すぐに消えた。

「どういう意味だったのかしら」

「さあな。回復魔法がなんで希少かって……知るわけないだろ。意味のわからない女だ」

 皐月は悪態をついた。

 アキラは顎に手をあて、何かを考えているようだった。

「アキラ?どうしたの?」

「ちょっと、教会戻るわ。杏奈たちは、ここで待ってて」

「待って!私たちも行く」

「……知りたくない事を話すとしてもか?」

「どういうこと?」

「杏奈には、あまり知られたくないかもな。……いいよ。一緒に行くか」

 私は頷き、アキラに着いて行った。

「あら?杏奈さんたち、忘れ物ですか?」

 ルスが、入口に立っていた。

「いや、ルスさんに話があってね」

「……そうですか。扉が壊れてしまったので、こちらで話しますか」

 ルスは、先程の部屋の隣の部屋へと移動した。

「お話しとは、回復魔法のことですよね。何か気になることでも」

「体に相当負担のかかる魔法なんじゃないかと思ってさ。やめた方がいいんじゃないかって、忠告にきたんだよ。回復魔法が、希少なのって、魔法を使う奴らが短命なんじゃないかって、思ったんだ」

「そんな!ルスさん!そうなの?」

 ルスは、はあと息を吐いた。

「そんなことですか。考えとしては、まあよくあることですね。正しくはありませんが。何も知らなくていいのに」

 ルスは、下を向いたまま、動かなかった。

「わざわざ、そんなことを言うために、戻ってきたんですね。お優しいことです。でも、何も知らなかったで帰っていただけないでしょうか?」

「どういうこと?」

「知られたくないのですよ。怪我を治療した方にも……オースティンにも」

「えっ?」

「何も知らなくて良いのです。さあ、帰っていただきましょうか。大人しく帰りますか?それとも、追い出して差しあげてもいいのですよ?」

 下を向いていたルスは、顔を上げ、こちらを強い目で見つめた。

 私たちは、顔を見合せ、頷き合った。

「帰ります。でも、もし体に負担があるなら、治療を続けないでください。お願いします」

「ふふ。心配していただき、ありがとうございます。では、帰りましょうか」

 私たちはルスに丁寧に案内され、出口まで移動させられた。

「では、旅の祝福を祈ります」

「ルスさん……また」

「ええ、ぜひ、またお立ち寄りください」

 私たちは、教会から出て、敷地内で教会の十字架を見上げた。

「なんかモヤモヤする〜!なんで、教えてくれなかったのかな。アキラの推測は間違ってたの?」

「さあね。でも、悟られたくないことなのは確かだね」

「みずほさんなら、教えてくれるかな」

「俺はあいつには、二度と会いたくないけど」

「うーん。考えても仕方ない!とりあえず、洞窟まできっとあと少しよ!頑張りましょう!」

 私たちは、旅路へと戻ることにした。

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