第14話 胸騒ぎの夢

 お腹をいっぱいにした三人は腹ごなしにプラプラと街を歩いた後、再び馬車に乗り込んで街を出発した。


「シルヴィエ、次の街に着いたら宿に泊まろう」

「カイ、まだ日も高いぞ。それに野宿で十分じゃないか」


 シルヴィエがそうカイに言うと、カイは黙って首を振った。


「女の子二人を野宿させられるか」

「……そういうもんか」

「ああ、魔王討伐の軍の野営とは訳が違うんだ。設備も整ってないし、見張りも立てられない」


 カイがそう答えると、エリンは感心したような声を出した。


「へぇーっ、色々考えてるんですねぇ」

「……当り前だろ。はぁ」

「カイさんに着いてきて貰って正解でしたね、お師匠様!」

「う、うむ」


 シルヴィエはそんなエリンに苦虫をかみつぶしたような顔で返した。

 確かにこの旅慣れてないエリンと、幼女になってしまった自分との二人旅はいささか無謀だったかもしれない。

 だからと言ってカイに「ありがとう」と言うことは何かに負けた気がして、シルヴィエは不機嫌そうに黙ってしまった。


「……」


 その間にも馬車は街道を進んで行く。


「おい、次の街が見えてきたぞ……ありゃ……」


 馬の足を緩め、後ろを振り返ったカイはその光景に思わず微笑んだ。


「しー……」

「寝ちゃったのか」


 そこにはエリンの膝の上で眠っているシルヴィエの姿があった。

 カイが声を抑えてエリンに聞くと、エリンは小さく頷いた。


「はい、体が小さくなってからは、よくお昼寝をしているんですよね。体が子供だからなのか、魔力量の関係なのかはわかりませんが」

「そうか。起こすのはかわいそうだな」


 カイはそのまま宿に馬車をつけると、眠ったままのシルヴィエを抱いて部屋へと移動した。


「軽いなぁ……」


 カイはその手に感じるシルヴィエの軽さをどこか噛みしめているようだった。




『ああ、なんて人は小さい……真に強い者、魔族の統べる世となるのが本当の世のあり方であろう』


 どことも分からぬ場所で、地の底から聞こえて来るような声をシルヴィエは聞いていた。


「人は弱くない! 本当の強さとは、魔力や力の強さじゃない。脈々と知恵を絞り生きる……それが人の強さだ」

『そうかな? だとしても、魔族の前に人は怯えるしかない。我は封印されたとしても……また……』

「お前……魔王か……?」

『いつか……また……』


 そこで、シルヴィエはハッと目を覚ました。


「わっ、ここはどこだ」

「お宿ですよ、お師匠様」


 シルヴィエは宿のベッドの上に寝かされており、エリンはその隣で本を読んでいた。


「そ、そうか。また寝ていたか……」

「ずいぶんうなされてましたね」

「うーん、何か変な夢を見たような……」


 シルヴィエはもう夢の内容を忘れてしまっていたが、奇妙な胸騒ぎだけは残っていた。


「ふう……」


 改めて、シルヴィエは小さなぷくぷくの子供の手を部屋の窓から差し込む夕日にかざした。


「どうしてこうなったのだろう」


 そのヒントを求めて、シルヴィエは隠者ヴェンデリンを訪ねに行く訳だが。


「原因があって結果がある。その原因の究明を疎かにしてはならない。お師匠様はよくそう言ってましたね」

「ああ。私のこれもなにか原因があるはず」

「それは魔力枯渇によるものなのでは?」

「それが原因なら、魔力吸引マジックドレインの後に元に戻ってしまう理由が分からない。他になにかあるはずだ」


 さて、この状態を見て彼の隠者はなんと言うだろうか。


 その時、部屋のドアがノックされた。


「おおい、そろそろ夕食だぞ」

「カイさんです」


 エリンがドアを開けると、背に剣を背負っただけのカイが立っていた。


「あら、食事の時くらい剣を下ろしたらどうです?」

「いいや、この剣は所詮他の人間にはナマクラの大剣に過ぎないけれど、王家から預かってるものだから」

「なるほど、カイさんは偉いですねー」

「……勇者なんて周りが呼ぶから。これくらい。さ、飯が冷める。下に行こう」


 手放しで褒めそやすエリンに、カイは素っ気なくそう答えるとくるりと背を向けて階段を降りていった。


「なーんか」

「どうしたエリン」

「カイさんとお師匠様ってどっか似てますね!」

「ど、どこが! おかしなことを言ってないで食事にするぞ」

「あー、待ってください」


 シルヴィエはとことこと先に部屋を出て、エリンは慌ててその後を追った。




 ――そうして街から街へ街道を抜け、二日。

 とうとう、フラン山岳地帯の街、ブラフォズにたどり着いた。


「はーっ、ようやく着いた」


 御者台のカイは一旦馬を止めて、うんと背伸びをした。

 そんなカイにシルヴィエは残念なお知らせをしなければならなかった。


「ここからが大変なんだぞ」

「へ? こんだけド田舎まで来たのに?」

「ここにはヴェンデリンは生活物資をたまに買いに来るくらいだ。家はあの山の中」

「あの岩山に……? 人が住んでるのか」

「誰もいないからあそこに籠もってるんだ」

「はあ……」


 カイは呆れたような顔をして、街から見える険しい岩山の山脈を眺めた。


「あんなとこじゃ馬車は入れませんねー、どうします?」


 エリンも途方に暮れた声を出す。


「お前達、若いのに頭が固いな」


 シルヴィエはそんな二人を見て得意気にロッドを振った。


「馬車で行かれないところはこうすればいい!」


 そして地面に魔法陣を描いていく。


「シルヴィエ・リリエンクローンの名において汝を召喚する。我の命に答え、その姿を顕現せよ幻獣召喚サモンビースト!」

「これは……」


 シルヴィエのすぐ横にいたカイが息を飲むのが分かった。


水晶竜クリスタルドラゴン!!」


 三人の前に姿を現したのはキラキラとオパールの様に偏光する鱗を持った竜だった。


「綺麗……」


 エリンはぽうっと頬を赤らめて、召喚された水晶竜クリスタルドラゴンの姿に見入っていた。


「どうだ」


 シルヴィエは得意気にカイとエリンを振り返った。

 と、同時に無事に召喚出来たことにほっとしてもいた。

 またクーロの時のように水晶竜クリスタルドラゴンの幼獣が出てきても困る。

 王都の店で買った魔石はいい仕事をしたようだ。


「これに乗ってひとっ飛びさ」


 こうしてシルヴィエ達は水晶竜クリスタルドラゴンの背に乗り、隠者ヴェンデリンの住処に向かうことになった。

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