第14話 見合い話?


「ここが王宮礼拝堂、現ネフェルム様と王の婚礼が行われたのもこの場所です。あちらはウェヌスの間、初代ネフェルムの名前が付けられていて舞踏会や音楽会はここで行われます」


 一つ一つ、中に招き入れながらルドルフが丁寧に説明してくれる。イチカが話を聞く横で、それ以上に真剣に話を聞いていたのが私だ。今日イチカに付いてきたのはこのためと言っても過言ではない。

 レア王女であれば当たり前に知っている知識、そのどれもが今の私には無い。ゲームで知ることのできたことなんてほんの一部だけで、テーブルマナーも知らなければ王宮の見取り図だって頭に無い。記憶が曖昧では限界もあるし、この先私が生き残るために図書館通いも続けていたし、今日からはイチカと一緒に学ぶ日々が始まる。

 さすが歩く知識、ルドルフの説明は淀みなくて、時折りまじえられるこの国の歴史の話しにもなるほどと相槌を打ちたい気分だった。そんな顔はおくびにも出さないで、真剣にメモを取るイチカのことを横でニコニコと見守る。あとであのメモ見せてもらおう。


「初日ですし、今日はもう疲れたでしょうから」


 結局この広い宮殿の三分の一も見終わらなくて、今日はお開きとなった。改めて王国の城というものの広大さに感嘆する。きっと、気軽に行ってはいけない部屋も数多くあるのだろう。

 残りはまた後日に、と今日は案内だけで終わったけれども、これから国の成り立ちや政治のことまでイチカに教えていくのがこのルドルフの役目だ。出来るだけ付き添わせて貰わなければと私は拳を固く握りしめる。


「それでは、ここからは私がご案内させていただきますね」


 ルドルフからバトンを受け取り、イチカを部屋まで案内するのはサラと年の変わらないメイドだ。きっと彼女が今後の主人公の身の回りの世話をするのだろう。

 こちらです、と通されたのは昨日も見たイチカのために用意された部屋だった。昨日よりも物が増えていて、温かみが増している。ちょこん、とベッド脇に置かれたうさぎのぬいぐるみを確認して、私は頬を緩めた。


「それじゃあイチカさん。ゆっくり休んでね」


 また明日、と言う私に少し不安げな表情をのぞかせたけど、近くに私がいては休まるものも休まならないだろう。それにイチカにはシドーもいる。


「はい、レア様。また明日に」

「うん、一緒に学校に行こうね〜」


 ひらひらと手を振る私に、深くお辞儀をして見送ってくれる。私はアランを連れて、広い回廊を曲がったのだった。





*******


「イチカ様の荷物はこちらに運ばせていただいております」


 さきほどユリと名乗ってくれたメイドにお礼を言いながら、イチカは硬質なケースを手に取った。学院で借りていた自室から持ってきたものはここに全て収まる程度だ。制服と、勉強道具。それをベッドの上に広げる。二人分はゆうに寝られそうなしっかりとしたベッドにはピンクにレースがあしらわれたふわふわのカバー。

 学院の部屋も十分広かったけれど、ここはそれ以上だ。こんなところに住まわせてもらえるなんて、と知らず笑顔になる。


「あら」


 ベッド脇の木製のスツール、彩りを増すように飾られていたのは可愛いうさぎのぬいぐるみだった。


「ああそれ、レア様がイチカ様にって置いてくださったんですよ」


 ふわふわのそれを手に取ったイチカを見て、メイドが声を掛けてくれる。レア様が?嬉しくて大きな声を出してしまった。すると、イチカの横から大きな手が伸びてきた。


「ちょっと、見せてくれ」


 シドーが、イチカからうさぎのぬいぐるみを奪い取る。無骨な手にふさわしく無い繊細な手つきだった。

 薄茶の毛は少し金がかっていて、瞳はアクアマリン。初めて見る色だった。長い耳に飾られたピンクの花の装飾が可愛い。胡蝶蘭だろうか。

 シドーの、軍人の手が花の飾りや胸元のレースを触るのを見て少し心配になってしまう。ようやっとベッド脇に戻されたのを見てほっと息をついた。


「レア様が昨夜、殺風景だからと言ってこの人形を持ってきてくださったのです」


 どうぞ、とメイドが部屋着…にしては豪奢なドレスを数枚渡してくれるのを受け取りながらイチカは嬉しくなる。初めの頃こそ辛く当られたが、最近のレアはとても優しい。ここでの生活もなんとかやっていけるかもしれない、と思っているとシドーが先ほどのぬいぐるみに目を落としたままだったことに気付いた。


「……レアが」


 その呟きは、イチカにしか届かなかった。


*******






「パルウス〜」

「姉上、疲れたら僕の部屋に来るのやめてください」


 部屋の主を差し置いて、白いシーツの上でバタバタと足を動かす私を、パルウスは一瞥するとすぐに目線を机の上に戻した。

 窓際には勉強机…にしては大きすぎる執務机のようなものがあり、そこに広げているのは学校の課題だろうか。こうしてほとんど毎晩部屋に来る私を、パルウスは大体そこから迎えてくれた。


「だって疲れたんだもん…いきなりフィリップ…フィル兄様は来るし」


 まだ学校だって気疲れするし、帰って早々第一王子のご登場に城のご案内ツアーだ。頭に入れることが多すぎて毎日ぐったりしてしまう。別に図書館通いも相変わらずしているし、本調子ではない(と思っている)私を心配する言葉をパルウスはかけてくれるのだが、聞く気がなく飛び回って入る私を呆れながらも、いつも迎え入れてくれる。優しい。


「パルウスはイチカには会ったんだっけ?」

「イチカ様ですか?まだお会いしてませんが…一度だけお見かけしたことはありますよ」


 正式に挨拶をする機会がそのうちあるんじゃないですか、とさして興味なさそうに机に目を落とすパルウスをジト目で睨む。

 どうせこの可愛い弟もイチカに会ったらそのネフェルムの資質と優しさにすぐに好きになってしまうんだ。だって主人公だもん。


「パルウスも結婚しちゃうんだ〜」


 幸せになってくれるのは嬉しいけど、寂しい。そう言ってめそめそする私の横に、ようやく課題が終わったのかパルウスがやって来た。


「なんですか?僕にも見合いの話が来ましたか?」


 枕に顔を埋める私の、髪を一房とってパルウスが指に巻きつけて遊んでいる。この弟は私の長い髪がお気に入りらしい。


「…僕にも?」

「姉上にも来ましたよね、見合いの話」


 デアトラーズの、皇太子との。

 あまりに勢いよく起き上がったので、パルウスの指に巻きついていた数本の髪の毛が犠牲になった。

 あ、と漏れるパルウスの声にもジンジンする頭の痛みにも冷静さを取り戻せないほど私の頭はパニックで停止してしまってのだった。

 

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