第12話 城に主人公がやってくる


 日が延びたとはいえ、暗くなってきた庭園を私たちはようやく後にした。

 ついでにパルウスと夕飯も共にし、またねと笑顔で別れた私たちをサラに微笑ましく見守られ、風呂で温まった体をベッドへ投げ出した頃には私の体はくたくただった。

 それでも昨日のような不安感は薄い。エミリと仲良くなれたこと、弟を思い出すパルウスと話せたことが大きかったのだろう。

 このままイチカとも話せたらいいのに、そう思いながら私は眠気に任せて意識を手放したのだった。






 結局、次の日もその次の日もイチカと話す機会は巡ってこなかった。同じ学校、同じクラスなのだからチャンスはいくらでもある。ようはその全てをシドーに邪魔されるせいだった。

 挨拶をすれば睨まれ、近寄ろうとすればイチカを連れて避けるようにどこかへ行ってしまう。清々しいほどに立派に護衛の役目を果たしていた。


(いっそ王族としての権限を使って命令するか?)


 煮詰まりながら城内を歩いていると、数人のメイドが目の前をぱたぱたと忙しそうに走って行った。好奇心から後を追って覗き込むと、レアの部屋よりは大分小さいがそれでも広く、綺麗な室内に毛布や絨毯が運び込まれていく。


「どうしたの?」


 私の声に、シーツを広げていた年若いメイドが、姫さま、と振り向く。

 あれから、突然変化したレアの態度に最初は周囲のものもどきまぎしていたものの、特に罰せられることはないと分かってから随分とフランクに接してくれるようになった。

 いちいち頭を下げて膝をつかないでくれと頼むと、公式の場ではそうは行きませんがとベラなどは特に不服そうにしていたが、今のようにスカートを持って軽く膝を曲げるくらいで礼をとどめてくれている。


「こちらは、イチカ様のお部屋の準備を整えております」

「イチカの?」

「はい、来週からネフェルム様としての教育も兼ねまして、王宮暮らしとなります」


 そこではたと気づく。そういえば、ゲームの最初にある学内でのテストを一定の成績で通ると、イベントが発生して「王宮での居候生活」がスタートするのだった。

 ということは。


(合格したのか、主人公)


 よくやった、と拳を握りしめる。自分がゲームの第一関門を突破したかのように嬉しい。なかなか三ヶ月ほどではステータスをあげるのが難しくて、クリア出来ないこともしばしばあったのだ。それでも攻略は出来るけれども、その後に起きるイベントがかなり増える。


「そうだ。ちょっと待ってて」


 言うと、私は急ぎ自分の部屋へ戻った。イチカの部屋からはこの宮殿の中でも一際広い回廊を一つ角を曲がっただけのほんの数十メートルの距離、比較的私と近い部屋の配置だ。王族が住う場所は城の中でも奥まった場所に配置されているから、ネフェルム候補である彼女への破格の待遇だろう。私と第一王子の部屋はこれより更に遠い。

 私は自分のベッドから目当てのものを掴み取ると、先ほどの場所へと戻った。


「これ、殺風景だからよかったらベッド脇にでも置いてあげて」


 そう言って渡したのは、耳が垂れたうさぎの小ぶりなぬいぐるみ。少し古びてはいるが綺麗にされていて、レアが大切にしていたのが分かる。この国にだけ生息している種のうさぎをモチーフにしていて、髪には花飾り、胸元にはレースをあしらわれていた。私の部屋には少し色味の違う同じぬいぐるみがもう一つ置かれていて、なんだかこれがあると安心して眠りにつけるのだ。イチカもそうであったらいい。

 ありがとうございます、と丁寧に受け取られたそれがベッドサイドへ置かれるのを私は満足そうに見つめた。






 学院と外を隔てるだだっ広い門の、真ん中を陣取って私は仁王立ちで待っていた。目的の人物たちが校舎からようやく姿を現す。


「行き先は同じなのだから、一緒で構わないわよね?」


 私は、イチカではなく、その後ろで嫌そうな顔をしているシドーに言い放つ。イチカはこちらに気づくと嬉しそうに駆け寄ってきた。


「レア様、本日からお世話になります」

「こちらこそよろしくね、イチカ…さん。あの難しい試験をパスしたなんて凄いわ」


 私の素直な称賛に、照れたように頬を染めていた。可愛い。


「…俺たちにも迎えの車が来ている」

「どっちに乗ったって向かうところは同じでしょ。広いんだから大丈夫よ」


 さあ、とイチカを促すと、その後からシドーも渋々だが、本当に渋々だが乗り込んだ。イチカを迎えに来た車には合図して先に行ってもらう。

 いつもよりは少し狭い車内で、イチカと向かい合う。私はこの国に来て初めてじゃないかと思うくらいようやく彼女と話すこと出来た。


「今まではどちらで暮らしていたの?」

「学院の、別館にある空き部屋を利用させていただいておりました。…王宮での暮らしは少し緊張いたします」


 そう言ってイチカははにかむ。

 そうそう、この国にわけもわからず落とされて、気が付いたら森の中。街灯すらない真っ暗な中でパニックになっていると突然光る妖精が現れ、この国を救ってほしいと懇願されるーーーゲームだと分かっているから問題ないけれど、実際そんな目にあったらパニックどころではないだろうな。

 王宮や学長から許可をもらって学院にある一室に住まわせてもらい、上手くいけば王宮暮らし。知っていることだけれど、初めて知りましたという顔をしてニコニコと相槌をうっていた。

 イチカが他の国(そもそも世界すら違うけれど)から来たということは広く知られていて、他国のものがネフェルムだなんて、という反発はそれはもう激しかった。それを実力や人柄で少しずつ認められていく、という王道展開ではあるのだけれど実際体験するとものすごく大変だろう。ましてやこれからはまた知らない環境への引っ越しだ。

 力になるからなんでも相談してね、そう心から思ってイチカの手を握りしめるとありがとうございます、と瞳を潤ませ予想以上に感動された。胡散臭そうにこちらを見ているシドーの顔は見ないようにする。

 どうせこの先の展開も知ってるしね、そう心の中で呟いたところで、このイチカへの当たりのせいでレアは処刑されたることになったのだということを思い出して、少し背中に汗が伝った。

 

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