第2話 悪役王女、レア


 白衣を纏った初老の男性が、それでは、と頭を下げて出ていく。それにホッとした様子のベラやサラが良かったですね、と声をかけてくるのに力なく頷き返す。

 ベッドに腰かけた私に簡単な問診と検査をした医師は、さあここからが本題だと言わんばかりに姿勢を正すと私にいくつかの質問を投げかけた。


 あなたの名前は?

 ーーレア・アルマナ

 年齢は?

 ーー18

 ご兄弟は?

 ーー兄が2人、弟が1人

 ご自身の御出生は?

 ーーアルマナ国、第一王女


 そのほかにもいくつか聞かれた気がするが、淀みなく答える私に、ふむ、と満足そうに医師は髭を揺らした。

 違ったらいいのに、そう思って私が答えたレア姫の情報はことごとく正解していたらしい。

 医師も退室してぐったりした私に、疲れたのでしょうと温かい飲み物をサラが渡してくれる。

 ありがとう、と受け取るとまた変な顔をされるが今度は何故かよくわかった。レアが、こんなことを言うはずないからだ。

 まだ新しい記憶を掘り返す。ライバルの王女としてあまり気に求めていなかったが、主人公のお邪魔役として配置された彼女はそれはもう典型的な性悪だった。美しい容姿に高飛車な性格、出自をこれでもかと利用し周りへは傲慢な態度を取り続けた。

 主人公の耳には彼女の悪評しか入ってこなく、エンディングを迎える直前まで毎度いびり倒されたものだった。

 恐らく、今だってサラにお礼を言うどころか怒鳴りつけるのが正解なのかもしれない。もしかするのこの熱いお茶を叩きつけるくらいはしていたかもーーあの女。

 主人公の対極に位置するからと言って分かりやすく嫌な性格に仕立て上げられたものだった。いち社会人として、製作会社の気持ちは分からんでもないが。


 それにしても。

 死ぬ直前にゲームを返さないといけないと強く思っていたからだろうか。

 臨死体験でこのゲームをなぞることになるなんてと複雑な気持ちになる。死の瀬戸際で何をしているんだ私は。

 どうせなら主人公にしてくれればいいのに。

 主人公は、乙女ゲームの主役らしく感情移入しやすい気持ちの良い性格の持ち主だった。明るく、芯の強さがあって、誰にでも優しい。

 そしてこのゲーム特有の世界観である、ネフェルムという存在だった。

 このゲームは、大国アルマナに突如、日本から不思議な力で呼ばれた主人公が降り立つところから始まるものだった。

 神秘の力で守られたアルマナ国、それは女王となるものがネフェルムとして君臨し、在籍中はその力によって永久の平和を維持するーーそんな話だったはずだ。

 この国の妖精とやらに力を見出された主人公が、他にネフェルムとして見込みのあるものがいなく滅びへと向かっていたこの国を救い、ついでにたくさんの男たちと恋をし、私ーーネフェルムとしての母を持つが、なんの力も持たずに生まれたレア王女に嫉妬され、それでも挫けずに女王としての力を開花させめでたしめでたし。そんなエンディングを攻略対象の数だけ見た。


 記憶を辿りながら私はまた頭を抱える。

 主人公の道筋はこれでもかと思い出せるが、レア王女は?散々邪魔をされ、時には痛い目を見せ、見させられ、最後にーー

 そこまで考えて私は勢いよく顔を上げた。

 レア王女の最期は、決まって


 ーーーーー火あぶりだ。

 処刑されて、終わるのだった。




 気持ち悪い想像に、吐き気を堪える。

 終盤まで主人公の邪魔をしに出張っていた王女だったが、主人公が誰かしらの攻略対象とくっつくと、あとは空気だった。その中で我が国の宝、ネフェルムの邪魔をした、彼女を傷つけたそんな悪意が民衆からも溢れかえり、誰と主人公が結ばれようと兄である第一王子の号令で彼女は火をつけられるのだ。

 こうして考えるとなんとも残酷だが、ゲームではさらりとしか触れられていないから気にも止めていなかった。


 ぶるりと身体が震える。

 実際の体験では無いとはいえ、こうしてその身体を模している身としては嫌な気分だ。

 そういえば。

 今、この世界は物語のどの部分なのだろう。

 私が18歳であることに間違いはなかったから、恐らく主人公も18歳。この世界に落とされたのは彼女がこの国での高校3年生だったときで、次の春が来る頃に結ばれ、女王として君臨するはずだ。

 レア王女は19歳のとき、成人を迎えることなく火をつけられる。


 待って、

 今は、いつだ?


「サラ」

「はい」


 控えていた彼女がすぐに返事を返す。


「イチカ、という少女はこの国にいますか」


 それがデフォルトの名前だったはずだ。


「は、はい。イチカ様がこの国に来られ3ヶ月が経とうとしております」


 嘘でしょ!

 天を仰ぎたくなる気持ちを唇を噛んで堪える。もう時間がない。主人公がこの国に降りたってから一年の物語として話は進むのだ。そしてその終わりに私は処刑される。


 臨死体験って、死んだらまずいんじゃなかったっけ?

 よく聞くのは三途の川の先で先祖がこっちに来るなと引き止めてくれただとか、渡ろうとしたら先が長くて断念したとかだ。では、臨死体験の間に死を感じることをしてしまったらどうなるのか。


 もう戻れない。

 もしかしたら現実の私はとっくに死んでるのかもしれないけど、今は少しだって小さな可能性にかけたかった。だって仕事だってやっと楽しくなってきたところだし、大事な家族だって残してる。

 

 死にたくない。


 深い深い絶望に身が沈みそうになるのを、グッと目に力を入れて堪える。


 出来ることを、しなければ。

 

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