第15話「守護竜」
落ちる。どこまでも落ちている。百階近い高さを落ちると、人間はどうなるのだろう。
そんなことを冷静に考えているひまなどなかった。死にはしなくても、どれほどの衝撃が自分に襲いかかるのか、考えただけでパニックに陥る。
俺は両腕を振りまわし、もがき続けた。飛べるはずもないのに。
その身体が、不意に、浮いた。落下速度が急速にさがる。俺だけではない。西条も三上さんも、俺とほぼ同じ高さで静止していた。
浮いている理由はすぐにわかった。真下から熱をふくんだ空気が噴きだしているからだ。噴射は強くなったり弱くなったりして、俺たちをじょじょに下へと導いていく。
光が広がった。五メートルほどの高さから、俺たちは地面に落ちた。地面には弾力があり、けがはしなかった。
「生き、てる」三上さんがぺたぺたと身体を触っている。ゲームの中なのだから死ぬはずがないことはわかっているが、それでも信じられないようであった。
あたりを見まわすと、間欠泉のようにガスに似たものがあちこちからもの凄い勢いで噴きだしていた。これが俺たちを助けてくれたのだ。
「何だろう、ここ」三上さんは地面を手で押している。「生き物みたい」
「いや、生き物だぞこれ」
俺が言うと、うねるように地面が傾いた。地面……生き物の背中が影に覆われる。見あげると、巨大な竜の頭が俺たちを見おろしていた。白い竜だが、全体的にすすけていて、生命力というものに乏しい存在であった。
「守護竜」三上さんがつぶやいた。ノアのエネルギーを賄っている、星を守る竜。
「餌にでもしようとしたのか、神郷は」俺は剣を抜いた。
待ちなさい、という声が聞こえた……ような気がした。
俺は西条と三上さんを見た。三上さんはあたりを見まわしている。ということは……
「あんたか?」
──ええ、そうです。
守護竜は大きな両の眼で俺たちを見おろしていた。
──あなたたちは神郷グループの者ではなさそうですね。こんなところに落とされて、いったい何をしたのですか?
「……神郷の命を取りに来た」
言いながら西条を見やる。西条は手の中の熱線銃を見つめたまま、微動だにしない。
「助けてくれたんだな。ありがとう」
──偶然です。私は放熱を続けていないと、今は生きていられないのです。
「それはこの街にエネルギーを吸われてるからか?」
──はい。エネルギーを生みだすためには、絶えず身体を冷却しなければなりませんから。
「自力じゃ出られないのか?」
──残念ながら。私の身体はいくつものくびきでここにとどめられています。
ふん、と俺は守護竜の背中であぐらをかいた。
──たとえくびきを解かれても、私はもう長くは生きられないでしょう。それだけのエネルギーを奪われてしまいました。
「そんな状態のときにこんなことを訊くのも申しわけないが」俺は天井を指さした。「もし自由になれたら、このまま上まで飛べるか? 俺たちを乗せて」
──それぐらいなら、可能でしょう。あなたは、私を自由にしてくれるのですか?
「ああ。あんたが自由になれば、この街へのエネルギーの供給が停止される。そうすれば、転送装置も動かなくなる。一石二鳥だ」
──わかりました。協力しましょう。
守護竜は自分を縛る強固な鎖がいくつあるか、教えてくれた。俺たちは剣や熱線銃でそれを断ち切ればいい。
見張りがいそうなものだが、その必要がないことはすぐにわかった。
守護竜が閉じこめられている部屋は、窓も扉もない完全な牢獄であった。動けなくなった守護竜は決して脱出することはできない。守護竜はここへ突き落され、縛りつけられ、作業員は俺たちが落とされた縦穴から去っていったのだろう。
「西条、やるぞ」
声をかけたが、西条はうつむいたまま動こうとしない。
「西条さん……」三上さんは心配そうな表情を俺に向ける。
俺は手の中の熱線銃に目を向けたままの西条に近づき、肩を軽く叩いた。
「あれはお前のせいじゃない。俺のミスだ」
「え?」
「俺は……できるだけ、お前が血を見ずにすめばいいと思って、露払いを買ってでた。ウォーリアといえど人間だ。そんなものを斬る方がよっぽど負担になると勝手に思ってた」俺にとっても決して軽い負担ではない。人を斬ったことなど、一度もないのだから。「だけど、それは間違ってた」
俺は西条の手から熱線銃を取り、代わりに剣をわたした。「今度は俺が神郷をやる。だから、お前はウォーリアの相手をしてくれ」
「長山……」
「ひどいことを言ってるのはわかってる。でも、俺たちがやらないと駄目なんだ。俺たちにしか、できないんだ」俺は三上さんを見て「三上さんは変わらず西条のサポートを頼む。ウォーリアさえ押さえてくれれば、あとは俺が」
言いかけたところで、西条に熱線銃を引ったくられた。
「甘くみないで」西条は俺をにらんだ。「さっきは失敗したけれど、もう失敗しない。長山はウォーリアを押さえて。神郷は、私が」殺る、とは言わなかった。人間を撃つ戸惑いがまだあるのだろう。
だが、俺は西条を信じた。
なぜなら、こいつはそういう奴だからだ。
「わかった。西条、信じてるぞ」俺は守護竜に向かっていった。「今からくびきを断ち切ります。飛ぶ用意をしてください」
──わかりました。
守護竜は十二の鎖でつながれていた。剣では歯が立たず、熱線銃で一本一本焼ききるしかなかった。さいわい、この部屋に入ってくる者はいない。時間に余裕はないが、俺たちは慎重に鎖を切っていった。
すべてを切り終えたところで、守護竜は翼を広げた。真っ白な翼はところどころ破れ、痛々しさを感じさせた。
──まっすぐ、上に飛びます。私の背中に乗ってください。
俺たちは守護竜の背によじのぼると、巨大な鱗につかまった。
ふわりと、守護竜の身体が浮きあがる。俺たちが振り落とされないよう、守護竜はゆっくりと舞いあがっていく。
「こんな高さから落ちて生きてたなんて、信じられない」三上さんが下をのぞきながら言った。
「私もよ」西条は言った。「もう、何がリアルで、何がゲームなんだか、わからなくなってきた」
俺たちは天井に到達した。
──少しあらっぽく行きます。落ちないよう気をつけてください。
そう言うと、守護竜は天井に思いきり頭を打ちつけた。身体が飛びあがるような衝撃に思わず悲鳴をあげた。
最初の一撃で、天井はへこんでいた。二撃目、三撃目で、あっさりと壊れた。
俺たちは神郷の部屋へ戻ってきた。だが、照明は落ち、あたりは真っ暗だ。
守護竜からおり、窓から外を見ると、ノア中が真っ暗になっていた。守護竜を閉じこめていたあの牢獄自体が、エネルギーの吸収装置になっていたのだろう、守護竜を失ったことで街は完全に沈黙していた。
部屋のドアが開き、ウォーリアがなだれこんできた。だが、守護竜が吼えると、全員かたまってしまった。ウォーリアは守護竜を探すエキスパート……ドラゴンサーチャーだというのに。守護竜の一喝に、相手の動きをとめる効果でもあるのかもしれない。
「神郷はどこだ!」俺は剣を抜き、叫んだ。「こたえろ! 竜に食い殺されたいか!」
「お、お、屋上だ!」若いウォーリアが叫んだ。
「屋上で何をしている!? 数は!?」
「て、転送装置で地球へ行く予定だ! ウォーリアもすでに集まっている!」
「くそ!」俺は守護竜に向かって言った。「すみません、屋上に出られますか!?」
──任せてください。
俺たちが守護竜に乗ると、守護竜は首をめぐらせ、窓をぶち破り夜空へと舞いあがる。冷たい風が頬をなでる。
羽ばたきひとつで、俺たちは屋上へ到達した。
屋上にはヘリポートがあったが、そこには幾本もの管がつながった装置が設置されていた。直径十メートルほどの円盤のような機械で、おそらくこれが地球への転送装置なのだろう。
屋上に設置してるってことは、人だけではなく、兵器の類も持ちこむつもりなのか。
守護竜は俺たちを屋上でおろした。すぐにウォーリアが駆け寄ってきたが、その数はたった三人だ。いずれも若く、さほど強そうには見えない。その証拠に、守護竜を見てすっかり怯えている。
「神郷はどこだ。こたえろ!」俺は怒鳴った。
「し、神郷様は転送装置の向こうだ」怯え切ったウォーリアが言った。「急に電源が落ちて、俺たちだけが取り残された」
おそかった。
「とりあえず、お前らは消えろ!」俺は剣を振りかざした。「死にたくないならな」
守護竜が再び吼えると、若いウォーリアたちは悲鳴をあげながら、階下へ続くドアを押し開け、逃げていった。
「ど、どうしよう」三上さんが言った。「地球が滅茶苦茶になっちゃう!」
俺は転送装置に触れた。電源が切れているため動かないが、行先を入力し、必要なエネルギーを供給すれば動くものだということはわかった。
「くそっ!」俺は装置を叩いた。
「何とかして動かせないのかな」西条が言った。「守護竜さんが今、ここにいるんだし、エネルギーを供給するぐらいは……」
「やって、どうするんだ」俺はくやしさをにじませた。
仮にこの装置が動いたとして、あとを追ってどうする? 向こうは神郷にとってはゲームの世界……戯れの世界だが、俺たちにとっては現実世界だ。ゲームのように都合よくはいかない。
そして俺たちは、ただの高校生だ。〈ドラゴンサーチャー〉の世界のように、うまく剣を振るうこともできなければ、熱線銃を当てることもできない。そんな技術は、現実世界の俺たちにはない。
きつく拳を握る。ここまで来たというのに、もう俺たちには何もできないのか? あとは警察や自衛隊に任せるしかないのか? 絶対に死ぬことのない、死んだとしてもすぐに蘇る敵を相手に、どこまで戦えるというのか。
俺はウォーリアたちが逃げていったドアに目を向けた。ドアは風でぶらぶらと揺れている。
俺ははっとなり、ポケットから銀の鍵を取りだした。
「守護竜さん」俺は守護竜を見あげた。「もう少しだけ、俺たちに力を貸してもらえませんか」
突然ドアがあらあらしく開かれたせいか、ソファーで紅茶を飲んでいたアレン司祭は飛びあがらんばかりに驚いたようであった。
「三上さん、そのドア固定しといて! 絶対に閉めないで!」
「わかった!」
三上さんが押さえているのは、屋上のドアだった。カードではなく、鍵で施錠するタイプのものだ。
「な、長山様? それに西条様も。いったいどうされたのですか?」
「アレン司祭」俺はアレン司祭の手を取った。「俺たちの世界を救うために、力を貸してください」
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