第4話 ~文字が書けるって天才か?~

「何か、読んでみてよ」


 ルナが目を輝かせてリヒトにそう言った。他の面々も目を輝かせている。


「何かってな……」


 リヒトは同じクラスにいた帰国子女に「何か英語で喋ってみてよ」とことあるごとに言っていたことを後悔した。こんな気持ちになるんだな。

 ルナの名前を地面に書くことにした。

 指で地面に「ルナ・スバラシ・スペンサー」とカタカナで書いていく。おそらく、日本語でリヒトが封印されていた場所に落書きされていたので、この世界の言語も文字も日本語だ。

 『トゥルー・ミソロジー』は日本メーカー製だ。世界観は洋風だし、今リヒトを囲んでいる人たちの顔立ちもヨーロッパ風だが、ゲームの世界ならそういうこともあり得るだろう。


「えっと、何してるのよ?」

「お前の名前を書いてるんだよ。ルナ・スバラシ・スペンサー、だったか?」


 リヒトに注目している全員が息を飲んだ。


「もしかして、文字が読めるだけじゃなくて、書けるの⁉」

「そうだが……そうだ! すごいだろう!」


 リヒトは困惑していたが、信頼を得やすいかもしれないので自信を持つことにした。


「……すごい! 文字が書けるってものすごく賢くないと出来ないんでしょ?」


 ルナはさらに目を輝かせる。リヒトは女子から理由はともあれ、尊敬の目を向けられて、悪い気はしなかった。


「そうだな、俺はすごく賢かったみたいだ」

「もしかしたら、賢者になれるかもしれないわね……」


 賢者は魔法使いの上位存在だ。文字が読み書きできるだけでなれるわけではないはずだ。


「もしかしたら、なれるかもしれないな。賢者が必要なイベントか何かあるのか?」

「いべんと……?」

「ああ、ええっと、出来事ってことだ」


 ルナは深刻そうに頷いた。


「この村って数百年前に賢者が作ったとされる結界に守られてるんだけど、それがもうすぐ壊れそうなの。だから、賢者がいれば結界を治せるかもしれないの」


(結界か。何度かゲーム内で見たことがあるけど、この世界でどうすれば良いのかはわからないな)


「結界が壊れるとどうなるんだ?」

「人間は魔物に追いやられてから、世界の端にある凶悪なモンスターしか棲んでいない森に追いやられてるの。ここも例外じゃないから、結界が壊れれば私たちは餌になるしかなくなる」


 世界の端にある凶悪なモンスターしか棲んでいない森と聞いて、リヒトが思いだせるのは「理外の森羅りがいのしんら」だけだった。ワールドの外、に近づいていることをプレイヤーに知らせるための森で、基本討伐不可能なレベルのモンスターが出現する。

 可能性は低いが、人間に勝利した魔物たちがより強力になったために、決死の覚悟で人間は文明や文化や、それこそ文字を失いながら「理外の森羅」の中に逃げ込んだのではないか、とリヒトは予想した。


「なるほど。俺はその結界の修理をしてみる。その代わり、俺に住む場所と飯をくれ」


 たとえ、リヒトを勇者の血を引く者だからという理由で殺そうとした奴らでも、今のところリヒトは頼るしかない。もし、「理外の森羅」に追放されればモンスターに殺されてしまうだろう。


「……ありがとう、期待してるわ」


 ルナはそう言った後、長老と二言三言会話を交わした。


「よし、若造。お主をわしらの村——アンファング村へようこそ。ルナ、案内してやってくれ」


 リヒトは自分が受け入れられたことに胸をなでおろした。リヒトを取り囲んでいる人々は歓声を上げた。勇者の血筋を嫌っている割に、受け入れるのが早い。良く言えば柔軟で、悪く言えばあまり何も考えていないのかもしれない。


「あざす! ちょっと待って、ステータスだけ先に確認させて」


 リヒトは右手を空中に伸ばす。

 これからこの世界で生活することになるのなら、自分のステータスを知っておかないと話にならない。リヒトの胸は期待で踊っていた。老若男女関係なく、ゲーム好きなら魔法を使ってみるのは夢だろう。


「オープンステータス」


 リヒトは身体の芯から右腕にわずかではあるが、熱が移動するのを感じた。魔力だ。

 空中に半透明の四角形が展開した。

 リヒトは期待と緊張を同時に感じながら、そこに書かれた文字を読んだ。


【リヒト・アレン】Lv.4

経験値: 3/20

クラス:村の嫌われ者

攻撃力:1000

防御力:1000

俊敏力:300

魔力:300

知力:10

運:20

寵愛:∞

スキル:《神秘解明》

称号:《神に愛されし者》《英雄の素質》



 リヒトはまず顔をしかめた。クラスが「村の嫌われ者」だったからだ。


(嫌われ者って……まあ、それは置いておいて、なんだ寵愛:∞って、あのロリ女神のせいか)


 リヒトはロリ女神——バンノの顔を思い浮かべた。この世界に転生させられたことや、諸々怒りが湧いてきたが、何とか抑えた。

 

「……いきなりオープンステータスをつかうなんて、やっぱり私達を襲うつもりなの?」


 リヒトはルナの警戒した声が聞こえてきたので、顔を上げる。再び槍や斧を持った人々がリヒトのことを睨んでいた。


「いや、勘違いしてるみたいだから言っておくと、オープンステータスって戦闘に直接使うものじゃないからな。お前たちは文字が読めないから分からなかったんだと思うが、これは自分の情報が書かれているものだぞ」


 戸惑いの声がそこかしこから上がった。


「え? そうなの? 盾の魔法だと思ってたわ」


 ルナは目を見開いてキョトンとしていた。


「大変だ~! スライムが襲ってきたぞ~!」


 リヒトがさらに詳しくオープンステータスについて説明しようとして口を開いた瞬間に、青年が大声を出しながら駆け寄ってきた。

 その声を聞くや否や、人々は血相を変えてどこかに走って行ってしまった。

 長老とルナしか、もう残っていない。


「どうしたんだ?」

「簡単に説明すると、結界が弱まったせいで、モンスターが村に襲いに来る時があるの。最近はスライムが活性化していて……困ったものね。もう何人か死んじゃった……私は戦いに行かなくちゃならないから、村のどこかに隠れてて」


 ルナは暗い表情でそう言った。


「スライムって、たかがスライムだろ?」


 スライムは『トゥルー・ミソロジー』では序盤に出てくる雑魚敵だ。「理外の森羅」のスライムはかなり強いのかもしれないが。


「あなた、本気で言ってるの? まあ、目覚めたばっかりだししょうがないか。絶対安全な場所に隠れててね。じゃあ、行ってくるから」


 ルナはどこかに駆け出してしまった。

 長老がリヒトの目を見据える。


「スライムを甘く見るでないぞ。ルナの言う通り、安全な場所に隠れておれ」

「わ、わかった」


 リヒトは混乱しつつも頷いた。

 人の輪が無くなったことで、景色が見渡せるようになった。小学校の校庭ぐらいの広さの場所に、建造物らしきものがいくつ建っている。

 リヒトはどこかで見たことがあるな、と思った。


(なんだっけ……そうだ、竪穴式住居だ。歴史の教科書に載ってたやつ。石器時代の建物じゃねーかよ)





 

 







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