初めてのボス戦

 その後も〔テディベア〕の襲撃は続いたが、ミナルーシュとクシャナが分担すれば数の多さは大した問題ではなかった。

 ミナルーシュが猟犬の牙で遠距離から数を減らし、近付いて来たものはクシャナが呪いの炎で〔延焼〕させる。

 しかもミナルーシュはその〔延焼〕している〔テディベア〕に向かって炎を逃れた〔テディベア〕を捕まえて投げつけて燃やしていた。

 その行動にルゥジゥが似た者夫婦かと呆れたが、ミナルーシュは当たり前のように〔MP〕節約出来るならそうするじゃんと答えていた。

 そうしてミナルーシュがレベルアップをしたので取得したAPとSPを割り振っていた。

「えと、APが〔能力値〕を伸ばすポイントでSPが〔スキル〕を取るポイントだね」

「そうだよ。クシャナも使ったら?」

「んー、まだどこを伸ばしたらいいか、よくわかんないしAPは貯めておこうかな」

 どちらのポイントも手に入った分だけ使い切ったミナルーシュと違って、クシャナは堅実だった。

 しかしAPはと言ったのをルゥジゥは聞き逃さなかった。

「〔スキル〕はなにか取ったの?」

「取ったって言うか、〔魔女のはら〕を2レベルにしたよ」

 物欲が狭い分、衝動買いは抑えられないのかもしれない。欲望に対して業が深い上にためらいがないのは重いな、とルゥジゥは頬を引きつらせる。

「で、ミナルーシュは?」

 クシャナの話を掘り下げたくなくて、ルゥジゥはミナルーシュの方に話をそらす。

「あたし? 〔破壊〕と〔祝福〕を上げたのと〔メンタルリッチ〕を上げたよ。思った通り〔メンタルリッチ〕で〔MP〕が50も伸びたよ、お得だね」

 普通にAPで〔MP〕を成長させたら1APで10MPだけど、〔メンタルリッチ〕を2レベルに上昇させるのに2SPを消費して50MPだ。〔スキル〕の効果は劇的である。

「いいな、〔MP〕切れしなさそう」

「とは言っても、全回してる時でも猟犬使えるの四回だけどねー」

 クシャナはうらやましがるが、ミナルーシュもそんなに余裕のある〔MP〕量でもない。

 普通のゲームと違って〔魔術〕、引いては〔MP〕を使わないで攻撃してもまともにダメージが与えられないので攻撃出来る回数はシビアだ。

 さっきも試しにミナルーシュが全力で〔テディベア〕を殴ってみたが、吹き飛びはしたものの平然と起き上がってきている。

「一発で倒せるようなザコ敵すら物理無効とか、本当に〔魔術〕メインなゲームだよね」

「事前告知から分かってたことじゃないか」

 ルゥジゥの言う通りなんだけど、他のゲームにも親しんだ身であるミナルーシュからすると勝手が違いすぎるのだ。

 でもこんなところで文句を言っても運営には伝わらないし、運営だってそんな根幹の部分はクレームが入っても簡単にはパッチを当てないだろう。

 三人は会話をしながらも足を進めている。もう三十分近く歩いているから、そろそろ出口なりイベントなりが現れてもいい頃合いだとミナルーシュは見計らっている。

 そう思っていた矢先、どこまでも真っ白な風景が陽炎のように揺らめいているのを見つけた。その輪郭は見ようと思えば門のようにも見える。

「お、あれが〔ゲート〕かな?」

「やっと着いたか。やれやれ」

「ルゥジゥは琵琶弾いてるばっかりだったじゃない」

「だってそれが私のプレイスタイルだし」

 実際問題、ミナルーシュとクシャナが敵を排除する手際が良すぎるせいで、ルゥジゥは〔演奏〕をしていても〔魔術〕が発動する前に戦闘が終わってしまってあんまり経験値が入っていない。他の二人の〔ルーツ〕が3レベルになっているのに、ルゥジゥだけ2レベルだ。

 そんなふうに駄弁っていたら、ずん、と地面が揺れた。

 三人が揃って振動した方、つまり景色が歪んでいる方に視線を向ける。

 それは門の向こうからまず腕を伸ばした。地面を掴んだ手は三人の体を鷲掴みに出来そうなくらいに大きい。

 そして腕に力を込めてずるりと体を引き抜いた。

 その肌は陶器のようにつるりと硬質で、ひび割れが走り、あちこちが欠けていた。

 立ち上がった全長は首を思いっきり伸ばして見上げる程であり、目測で三メートルは越えている。その背中から伸びる翼は片方が落ちていて、第一印象を言えば、壊れ掛けの天使、だ。

「なんかでっかいの出てきたよ!」

 ミナルーシュとルゥジゥが若干冷めた目でその天使の巨体を見上げる中で、クシャナだけが新鮮な態度で驚愕していた。

「ねぇ、クシャナの声ででっかいのとか言われるとちょっとエロく感じない?」

「中年オヤジみたいな発言止めた方がいいよ。セクハラで訴えられても擁護しないからね」

「ふ、二人とも余裕だね……」

 ミナルーシュとルゥジゥが巨大な敵を前にしてもどうしようもない会話を繰り広げるから、クシャナも少し毒気を抜かれてしまった。

「侵略……敵……倒、ス……」

 だが三人が気を抜いていても関係なく、ひび割れた天使は砂嵐のようにざさいだ耳障りな声を漏らす。そして硝子のような瞳を光らせた。

 けれど、ミナルーシュもルゥジゥも緊迫感を懐いていないだけで、気を抜いてなんていなかった。

 ミナルーシュは天使の動きよりも一拍早く、前へと飛び出していた。

〈バリア〉

 ミナルーシュは右手をかざして〔ネーミング〕で取得していた〔妨害魔術〕、つまり〔魔術〕に対する防御の効果を待つ〔魔術〕を〔詠唱〕した。

 しかし一度目は不発になって光が霧散したので、即座に二回目を〔詠唱〕する。

 天使が目から光線を放つのにギリギリで間に合ってミナルーシュの出した結界はダメージを軽減する。

 天使の光はミナルーシュの肩を焼いたものの、後ろの二人に届くのは無事に防がれた。

「ちっ。やっぱ〔ネーミング〕の〔魔術〕は成功率ひっくいな」

 ミナルーシュは舌打ちとともに文句を吐き捨てる。

 ルゥジゥはミナルーシュが作った時間を活用して天使から距離を取って琵琶を奏で始めた。

 クシャナだけは二人のようにすぐには動けなくて、ミナルーシュが攻撃を受けたのに動揺していた。

 ミナルーシュはお返しとばかりに腕を天使に突き出した。〔スペルセット〕された猟犬の牙が彼女の目前に浮かぶ。

 今までと違って浮かぶ刃は三本と数を減らしているが一本一本が大きかった。

 数をまとめられて威力を集めた猟犬の牙が宙を走り、それぞれに天使に向かう。

 しかし壊れかけの天使は右手に持った剣を振るって二本の刃を蹴散らした。残る一本は背中を回って天使を突くが刃が半分も埋まらずに消えてしまう。

「あんだけ束ねたのに固くない!?」

 見るからにダメージが少なそうな結果にミナルーシュがさすがに吠える。

 猟犬の牙の〔魔術〕は最大で十六本であり数を減らすほどに威力が割合通りに圧縮されていく。数が半分になれば威力は倍、そういう分かりやすい計算だ。成功率は八割を超えているが逆を言えば二割弱で不発する。先程の三本発生させた時も実は四本中一本が不発になっていた。

 三本発動での威力であの無機質な天使の防御力を突破出来るだろうか。二本以下ではさっきのように剣を振るわれてかき消される。

 ミナルーシュは目まぐるしくそんな思考を回して、猟犬の牙以外の攻撃にシフトするのを決めた。

 ひび割れた天使が拳をミナルーシュに向かって振り上げる。図体がデカいからか、それとも初めてのボスでルーキー用に調整されているのか、動作がいちいち遅くて大振りだ。

 ミナルーシュは地面にめり込む拳を跳躍して余裕で避けた。

〈炎よ、呪え〉

 腕を伸ばし切って無防備になった天使にクシャナの炎がぶつかる。

 炎は引火したけれど、スケールが違いすぎて効果が余り実感出来ない。

 それでもヘイトがクシャナに移行したらしく、天使の感情のない目がクシャナに向けられた。

 壊れかけの天使が剣で突きの構えを取る。

「クシャナ!」

 天使の繰り出す刃は空気を唸らせる。

 ミナルーシュであればすれ違いに回避して逆に懐に飛び込める。

 でもクシャナは迫ってくる刃をただ見つめるばかりで身動きを取れなかった。

〈アクセル〉

 ミナルーシュが〔詠唱〕を咆える。加速した彼女の体が一瞬で消え去った。

 ミナルーシュは天使の突き出した切っ先がクシャナに触れる寸前に彼人かのとを突き飛ばす。

 とっさに跳ねたせいでミナルーシュの足は両方とも地面から離れていた。踏み締める足場がなければいくらミナルーシュでもそこから移動は出来ない。

 クシャナの代わりに巨大な剣の切っ先の前に体をさらしたミナルーシュは、そのまま天使の刺突に直撃する。

「ミナルーシュ!」

 絹を裂くような悲鳴を上げてクシャナは絶望に目を見開いていた。

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