部長がまた変なもん作った

夜橋拳

愛が生まれる薬 編

愛が生まれる薬 前編

 草高校の科学室より。


「見ろっ! 我が助手、阿崎亜太郎君」

「なんすかそのメスシリンダーに入った怪しい粉は」


 彼女が僕に見せてきたのは、僕が言った通り、メスシリンダーに入った粉である。

 色は白、砂糖や塩のように粒が大きくはなく、小麦粉のような――いや、麻薬みたいな粉だ。うん、こっちの方が今の状況を表している。


 今度の今度は命が危ない。白い粉はシャレになりません。どうせ飲むのは僕なんでしょう? 仮にその粉が安全だったとして、もっとファンシーにできないんですか……いや、それもそれでLSDみたいでやだな。


「はぁ、全く」


 部長がまた変なもん作った。


 今度は何だろう。



 ○



 部長こと、深山景に阿崎亜太郎が出合ったのは、入学式終わりの桜が散った季節のことだった。つまり五月中ごろだった。


 亜太郎は、入学式前日に交通事故に会い、一ヶ月近く入院をしていた。そのため、新入生として乗り遅れた。五月中ごろに初めてクラスメイトの顔を見た。


 それ自体は彼にとって問題ではなかった。


 集団生活、集団社会が基本となった現代で、一人で生きるとまではいかずとも、集団の中で孤独でも辛うじて生きていける稀有な人間だったからだ。


 しかし困ったことが一つあった。


 彼らが通う草高校は半強制的に部活に入らなければならなかった。


 それはこの高校の校則であり、比較的自由な校風の草高校唯一の拘束でもある。


 どこかの部活に入るのは、彼的に別に構わなかった。運動は苦手ではなかったし、手先も器用だった。


 しかし困ったことに、五月の中頃には、新入生のための部活動紹介が終わってしまったていたのだ。


 どこの部活も新入生をたんまりと入部させることに成功し、正直もう新入生は要らないのであった。しかも五月になれば、卓球部であれば素振りを卒業し球出し、吹奏楽部であればマウスピースを購入するなど、もうある程度、部活をやっていた人はそれが板についてきている頃合いである。その中に新入生が来たら疎まれるのは間違いない。


 良く言えば他人からの無言の圧力やその場の空気などの世間からの脱却が出来ている仙人のような人間、悪く言えば社会不適合者の亜太郎でも、出来るだけ諍いは起こしたくはないし、その種は摘んでおこうと思っていた。


 いささか注意し過ぎ慎重過ぎだとは思いうが、彼はそう言った理由で部活に入り損ねていた。


 入りたくない上、歓迎すらされてない場所に入りたいとは思わないのだ。


 しかしそんな時、まだ部活に入っていない新入生がいると聞きつけた深山景が訪れる。


 彼女が運営する科学部(仮)は部員が彼女オンリーであり、どうにもこのままだと廃部になってしまうのだと言う。


「籍を置いてくれるだけでいい。入ってはくれないか?」

「…………」


 贅沢を言っている場合ではないのだが、僕はしばし考えた。


 半ば強制的に入らされるこの学校で、なぜそんなに部員が少ないんだ? やばい部活なんじゃないか? と、彼の素晴らしい慧眼は実際当たってはいたのだが、結局彼女の見た目に騙されて、科学部に入ってしまうのだった。


 水が流れるようなボブカット、漫画に出てきそうな黒縁眼鏡に、整った目鼻立ち、八頭身あるんじゃないかってくらいのスタイルの良さ、何より堂々とし佇まいに彼は惹かれたのだ。


 まるで、新しい学校のリーダーズのSUZUKAみたいだと思ったのだ。


 彼は新しい学校のリーダーズのファンだった。


 それはそうと、それほどの美人が居ても部員が彼女だけという事実を彼はもっと考えるべきではあった。全く考えてないわけではなかったけども。



 ○



「なんだとはなんだ! これは世紀の大発明だぞっ!」

「はいはい凄い凄い……でもまたこれ僕が飲むんでしょ? 今日は虹色に光りたくありませんよ? 女の子にもなりたくありませんし、自動販売機にもなりたくありませんし、異世界にも転生したくありませんし、アニメの世界にも入りたくありませんからね?」



 多分、僕が何を言っているのか全く分からないと言う人が多いと思う。


 ごちゃごちゃとした説明をしていると日が暮れてしまうのですべて省く。


 僕の言ったことは事実である。何一つ例外はない。


 現在九月。


 この三ヶ月余り、とても苦労しました。


「ふふふ、違うね。今日は君は薬を飲まない。薬を飲むのは私だよ」


 おっと。


 話が変わって来た。


「は? じゃあ僕は何をしたらいいんですか?」


 というか何が目的なんですか。


 僕に飲ませない――人体実験を必要としない薬なら、彼女が僕に見せる必要はないからだ。作ったものの凄さを見せつけたいとかではない。絶対にない。


 彼女は僕が犬好きであることを知りながら、彼女が犬型四足歩行ロボットを作った時、見せてくれなかったのだ。


 そのことから彼女が僕に研究したものを見せる時は、僕を実験に使う時のみだ。


「何をすればいいかって? 喜べ、セックスだ」

「…………はい?」


「いまから私と君でセックスする。そうだな、自然着床の確率が二十パーセントと言われているから、連日で五回だな」

「あ、あの質問いいですか?」


「うん、いいぞ」

「聞き間違いでなければ、連日五日セックスすると聞こえたのですが……」


「そう言った」

「……………………」


 ……………………!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?


「えっ、あっ⁉ ええ⁉」

「まあ、驚いてしまうのも無理はない。私だってちょっと恥ずかしい」


「そ、その粉、ですよね??? 僕達がセックスしなきゃいけない理由ってのは。しかもそれ飲むの僕じゃなくて部長なんですよね???」

「ああ、そうだよ」


「!?!?!?!?!?」


 謎が謎を呼ぶ。


 まさかのミステリー展開。


 僕と部長が性行為をしなければ、効果が分からない薬って一体……


「あ」


 わかってしまった。


「そう、これは百パーセント避妊出来る避妊薬だ。おまけに体への害はない。むしろカルシウムを摂取できる」


「背も伸びるわけですね」


「そう、背も伸びる。飲むかい?」


「やです」


 なるほど、腑に落ちたぞ。


 確かに避妊薬の効果を確かめるなら、セックスするのが一番だ!


 なわけあるか。


「別に僕たちがしなくても、やりまくりのバカップルとかに渡せばよくないですか? 別にわざわざ僕らがやる必要性はないのでは?」


「やれやれ、形はどうあれ誘われていると言うのに、全くつれない男だよ君は。

 やりまくりのバカップルというのは、君のクラスにいる青山君と水野さんのことだな?」


「はい、そうですよ」

「あの二人は別れた」


「ええ⁉ いつですかそれ」

「昨日」


「……まだ一ヶ月くらいでしたよねあの二人」

「今が最高系のカップルはそんくらいだよ。顔でする恋の寿命は短いんだ」


「校門でキスとかしてたのに……」

「ハハハ、面白いよね、めっちゃ面白い。どんなに熱々なカップルもいつか覚めるんだよ。例外はないよ。この世に永遠に続く愛なんかないからね」


 この三ヶ月余りで、部長についてわかったことが一つある。


 彼女はカップルに対し相当の憎しみを持っている。


 単に幸せそうな奴がむかつくとか、そんな感じではなく、心の底から憎んでいるような、あるいは羨んでいるような、そんな感じがする。


 そんな感じの目で彼女はいつもこう言う。


「恋なんかするやつは病気だよ」


 僕もそう思いますよ。


「また質問いいですか?」

「いいよ、オールオーケー」


「部長は……好きな人とかいないんですか?」

「いたらこんなことしようだなんて提案しないよ。まあ強いて言うなら君かな。言うこともよく聞いてくれるし、唯一私から逃げなかったし」


 少なからず僕は好かれているのだろう。


 まともな感性を持たない部長ではあるが、仮にも女の部長が体を許していいくらいには。


 だが、こうじゃない。


 これじゃない。


 だから、僕は聞くことにした。


 ここ数ヶ月、彼女が僕にぼかし続けていた部分だ。いつもなら答えてくれないだろう。


 しかし状況が状況である。彼女なら、正直に言ったふりをしてはぐらかしてもおかしくはない――が、それでもいい。彼女がここまで、リア充を憎み、馬鹿にする理由を知りたい。


 下に土があるかどうかもわからない暗闇に向けてシャベルを掘り出すような気持ちで聞いた。


 彼女の闇を。


「部長、なんで避妊薬なんか作ったんですか?」

「世間には愛なくして生まれる子供が多すぎるからだよ」


「……愛無くして生まれる子供ですか」

「そう、愛のない子供。青山君と水野さんみたいにすぐ別れたカップルから時折子供が生まれるが、そういう子供には大抵愛が無い。出来ちゃった婚で出来た夫婦は直ぐ覚めるさ。そんで冷めた時、自分のことで精一杯の自分達が子供に愛情を向けるかな?」


「……できちゃった婚でも子供は可愛いとか、そういうこともあるかもですよ」

「まあ、確かにあの二人に子供が出来たらそういうこともありそうだよね。彼らは熱に浮かされやすそうだから。子供が出来た俺達エモいー運命感じるとか言って一生なんとかなるかもね。


 でも、他にも想定したケースはあるんだよ。例えばさ、レイプで子供が生まれちゃったりしたら、君はどう思う?」

「…………」


 何も言えなかった。言えるわけがなかった。


 でも、全てわかった。


 結局、僕を助手に選んだのは、誰でも良かったからなのだろう。


 やはりそういうことだ。誰でも良かったんだ。


「私はそうやって生まれた。もちろん私には愛はない。時折思い出したかのように、こうすることが正しいかのような、こうしている自分が正しいだろうみたいな、そういう上辺の愛情をくれたりするが、それはやっぱり上辺で、私は愛されたことが無い。愛されたことが無いと変に育つ。私が変なのは君も良く知っているだろう?」

「話の流れ的に、というか、さっきの質問も踏まえると、あなたは愛されないと同時に、誰も愛することが出来ない」


「そうだよ。私のことをよくわかってるね。流石、私の助手だ」


 そう言って彼女は僕の頭をガシガシと鷲掴みにしながら乱暴に撫でた。笑顔だった。それはもう満面の、そして満点の。


「じゃあ、部長は僕を愛してないままセックスをするんですか?」

「ん、そうだよ。でもそれの何が悪いのさ。私の容姿は君の好みっぽいし、別にスポーツだと思えばいいよ。まあ、今回に限っちゃ君が嫌だって言うなら無理強いはしないよ。強姦魔にだけはなりたくないからね」


「いや、別に嫌ってわけじゃないです。僕は部長のこと尊敬してますし、いつかそういう関係になりたいと思ってました」

「ははは、なんだよ口説いてるみたいじゃないか」


「そうですよ?」

「……?」


「部長、セックスについて一つ条件があります」

「……ああ、なんだい? 言ってごらん」


「大好きです。結婚してください」

「…………………………………………まじ?」


 ――誰でもいいから、愛されたかったのだろう。

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