【第3話】波乱のホームルーム

 教室に着くと知ってる顔も知らない顔もいた。その中で一際目立つ女子が1人。水無瀬アリスだ。アリスは隠しているつもりなのかどうかは分からないが、自慢げに話をしていた。男女構わずその話に聞き入っている。


「うぇ、やっぱ、こういうタイプか」


 日南が何かを呟いたが、それは志乃には届いておらず、キョトンという顔をした。

 席を確認したが、なんと、日南と志乃は前後だった。また喜ぶ2人。その様子を小、中等部から一緒だったメンツはニンマリと見守った。この2人こそ守るべき存在なのだとひしひしと思う周りなのであった。


「せんせー来たぞ!」


 顔見知りの男子が叫ぶ。ガラララと扉が開き、生徒は焦って席に座った。担任の先生は中等部の時もお世話になった方だった。


「おはよう! 初めましての人は初めまして! 顔見知りの人は久しぶりだな! このクラスを担当する猫矢菜子ねこやなこだ。この通り猫又だ。よろしくな!」


 ピコピコと動く耳。髪色からして錆猫だろう。肩くらいまでの髪を外巻きにしている。彼女は黒板に名前を書いて自己紹介をした。その瞬間、うおおおおぉと主に小等部、中等部からエスカレートしてきた生徒は男女共に雄叫びをあげて、歓喜した。やったぞと、なーこ先生だと。高等部からの生徒は雄叫びを上げているヤツらを見てドン引きしていた。

 


――ガラララ、


 歓喜の雄叫びを遮るようにして女子生徒が入ってきた。腕には黒猫を抱いている。なーこ先生が顔を顰めて聞いた。


「遅刻だぞ。なんだその黒猫は、元いた場所に戻してこい。待っててやるから」


 先生の声を聞いて、彼女は顔を上げた。彼女はとても顔色が悪かった。そして、口を動かした。


「……この子、怪我してたんです。だから連れてきました」


「……っ! みんな逃げろ!」


 なーこ先生が突然叫んだ。

 黒猫がこちらを向いていたのだ。それは黒猫と言えるものではなかった。猫の形をした虚人うつろびとだった。核となった猫の物だろうか、ぐるぐると黄色い瞳が揺れる。

 虚人が女子生徒から飛び降りるとその女子生徒はその場に崩れ落ちた。虚人のくせに猫のような伸びをした。

 戦える生徒は残り、その他のものは教室の後方のドアから逃げようとした。しかし、先生も含め誰もがこの虚人の威圧に負けて動けなかった。この虚人はなんだ? 我々が知っている虚人では無い。誰もがそう確信した。



「……ィタァ」


 虚人が真っ赤な口を開けて喋った。

 ありえない。虚人は理性のない者。喋るわけが無いのだ。皆が驚愕の表情を浮かべる中、志乃はなんとも言えない恐怖に包まれていた。だっては志乃の方を見て「いた」と言ったから。


 志乃が後退りすると、教室の前方にいた虚人が居なくなっていた。

 

 影が落ちる。黒い影が。

 見上げると虚人がいた。ニチャアと赤い口を変形させて、志乃を見ていた。



――ドォン! ガシャーン!


 虚人は志乃を巻き込み、窓ガラスを割って3階から落ちた。


「志乃!」


 日南が割れた窓から乗り出し、叫ぶ。

 志乃は手を伸ばした。でも届かなかった。しかし、志乃は心の中で届かなくてよかったと思った。日南を巻き込んでしまうから。

 そのまま虚人と志乃は落下したが、自分に張り付いている虚人を力一杯蹴飛ばしたのだ。志乃も覚醒していないとはいえ人外。虚人は校舎に激突した。志乃は華麗に着地すると、全速力で人気のない校舎裏へと向かった。虚人も激突したことに全く動じず、志乃を追う。



「ハァッ、はっ、やっぱり私が狙いなのね」


 志乃は走りながらいい感じの棒を拾い、校舎裏で虚人を待ち構えた。


 何故私を狙うのかなどと言う思惑にふける時間も無く、虚人は志乃を襲う。虚人の足のようなものがしぱと頬を掠る。鋭い痛みを感じた。血がたらりと滴り落ちる。


 志乃は虚人に反撃をしようとするが、弾き飛ばされてしまう。それはそのはず、虚人に棒など効かぬのだ。すかさず志乃の上に虚人が覆いかぶさり、頬の血を舐めた。


「おィシい、ヤはり、ャハり」


 志乃は抵抗する。虚人はグパリと真っ赤な口を開けて、志乃を喰おうとした。

 涙がぽろりと落ちた。喰われるのかと、ここで終わりなのかと。

 

「そんなのは嫌! 私はまだに会ってない! 生きて、会わなきゃいけないの!」


 何故そう思ったのかなんて分からない。あの人というのも誰だか分からない。でもそう思うと、不思議と力が湧いてきたのだ。


 志乃の黒髪はいつの間にか絹糸のような白髪になり、頭には黒曜石のような黒角が2本生えていた。その事に志乃は気付かないまま自分の上に乗っていた虚人を蹴り飛ばし、その手に持っていた持ち手が黒と紫、刀身が純白の刀で切り裂いた。


――イギャァ!


「あノ方ハア必ず見つケ出す……」


 そう言い残すと灰も残らず消えた。核となった黒猫はもうダメだったのだろう。

 志乃もその場に倒れ込んだ。


「志乃!」


 蒼真と紅賀がやっとの事で校舎裏に来た時は全てが終わっていた。倒れている志乃を抱きしめた。覚醒した姿の妹を見て、蒼真は言った。


「……覚醒してしまった。絶対に今度こそ守るんだ。志乃には言うなよ」

「分かってる……」


 紅賀は影を落とした顔で返事をした。

 徐々に志乃はいつもの姿に戻っていった。

 蒼真と紅賀は志乃を抱き抱えるといつもより強く抱き締めた。


 わらわらと教師が集まる。その教師陣の中から日南が現れる。皆口々に大丈夫か、良かった、などと言い合い、安堵した。その様子を見ている者がいるとも知らずに。





***

「白い髪に黒曜石のような黒角……もしかしたら……ねぇ、期待しちゃうなぁ……」


 その者は学校の屋上のフェンスの上で黒い髪を靡かせ、赤と黄の瞳を揺らめかせながら恍惚の表情で口を開いた。


「とりあえず、報告、かなぁ? あの方に、ね……」

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