鳥のような人と、人のような鳥。

「あの、確認なんですけど…あなた鳥ですよね?」

たこ焼きや綿飴の出店が並ぶ公園の片隅、ベンチに腰掛ける菜々華は、隣に座る鳥をまじまじと見た。


フクロウを思わせるまるっとした体に、ふわふわの茶色い羽。黒くつぶらな丸い目と目の間に、小さな三角嘴がついている。

「へぇたしかに、僕はまぎれもねぇトリです。そういうあなたは鳥みてぇな格好さしとるが、どう見ても人ですよなぁ」

「ええ、直井菜々華なおいななかと申します」

「こんらご丁寧にどうもどうも」

向かい合う人と鳥は、お互いに向かって深く頭を下げる。

「そんで、なして人が鳥人間コンテストに?」

「そ、それなんですが…」

菜々華は背中につけたお手製の羽を掴んだ。

「私、鳥人間コンテストに出たかったんです。あの、人間が鳥のような格好をして、海に向かって走って、それでどれだけ飛べるかっていう…」

「ほぁぁ人は羽もないのに、そげな無茶苦茶なコンテストが?」

「あ、はい。なんていうんでしょうか…。飛べなくてもいいんです」

「へぇ?」

「飛びたいと思うことが大事というか、自分で作った羽でどこまで飛べるか、飛べると信じて走ることが大事というか」

「そげなもんですかぁ」

「はい。だから色々と準備して来たんですけど…まさか間違って「鳥のためのコンテスト会場」に来てしまうなんて」

手のひらで顔を覆う菜々華に、鳥は両羽を合わせた。

「そ、そげな落ち込まんでも。おんなじ名前のコンテストが、おんなじ日にあったら、そら間違う人も鳥も出ますがぁ」

「本当に確認不足ですし、私とんでもない場違いですよね恥ずかしい」

「いやいやいや、顔あげてくんさい。間違いは誰にでもありますから、恥ずかしいことないですよ」

パタパタと羽を揺らす鳥に、菜々華は顔を上げた。

「あれ⋯?そういえば、あなたはどうして「帰りたい」と思ってたんですか?」

「へ?」

「いえ、あなたは鳥なのに、どうしてコンテストに出ずに帰りたいだなんて」

「あぁ…」

鳥は羽をだらりと下げた。

「対戦相手が凄すぎるんです」

「対戦相手?」

「ええ、こっちの鳥人間コンテストは「鳥としてどれだけ人間に愛されることが出来るか」を競うコンテストで、一対一の勝ち抜き戦なんです。ここで結果を残せれば鳥としての認知度が飛躍的に上がるし、優勝なんかしたらもうとんでもない人気者になれるんです。だから本当に優勝する気持ちで来たんですが…一回戦であんな超新星と当たるだなんて…」

「超新生?」

「ええ」

鳥は丸い体をさらに丸めて俯いた。

「僕の初戦の相手はR.B.ブッコローさんっちゅう、今鳥界の中で一番勢いがある、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの鳥なんです」

「そんなにお強い鳥なんですか」

「強いも強いし、何よりカッコいいんですっ!」

鳥は菜々華に向かってバッと羽を広げる。

「ブッコローさんはめちゃくちゃカッコ良くて、僕の憧れの鳥なんです!有隣堂っていう老舗書店が始めたYouTubeのメインMCをやられてて、オレンジ色の体に茶色の羽、黄色や緑の飾り羽までついてるし、僕みたいな特徴のない地味な鳥なんか、足元にも及びませんだぁ」

「ご、ご自分のことそんな風に言わなくても。あなたも丸っこくて、とても可愛らしい見た目じゃないですか」

「いんやぁ違うんですだぁ。ブッコローさんは見た目の華やかさに加え、お喋りがめちゃくちゃ上手で、番組MCとして曲者揃いの有隣堂社員をおいしくなるよう扱ったり、大物芸人さんにも怯まず絡めるし、ほとんど素人みたいなアルバイトの子と話しても、番組をおんもしろくできるんです!あんな才能の塊見たことないですだ!」

「はぁ…」

「それに比べて僕ときたら…」

鳥は羽を閉じ、地面を見つめる。

「七年も前からこの仕事しとるのに、名前もなけりゃぁ影も薄いだ。会社の中でも、僕んこと知っとる人が何人おるだか…。そんな僕がブッコローさんと戦っちまったら、とんでもねぇ恥かくのは目に見えとるだ。そう思ったら⋯優勝したいと思ってた気持ちが急にしぼんで、足は震えるわ羽は震えるわ、脂汗出て腹が痛くてたまらなくなるわで」

「それで、トイレに」

「ええ。情けなか話ですだ」

深く息を吐き出す鳥に、菜々華はふと首を傾げた。

「棄権、するんですか?」

「え?」

「鳥人間コンテスト、棄権なさるのかなって思って」

菜々華の言葉に鳥はブルブルと震え出した。

「き、棄権…は、したくねぇです。本当は逃げたくて逃げたくてしょうがねぇんですが、僕はっ、自分を変えたくてここに来たんですっ」

鳥は震えながら顔を上げた。

「こっ、ここで逃げたら、自分のことがますます嫌になりそうで…」

つぶらな目に涙を溜めている鳥に、菜々華はそっと手を差し出した。

「…何か、お手伝いできることはありませんか?」

「え?」

「あなたの気持ち、痛いほどわかる気がして。なんだか他人…他鳥だとは思えないんです」

菜々華はベンチから立ち上がり、真っ直ぐ鳥に向かった。

「お会いしたのも何かの縁です、私に何か手伝えることはありませんか?」

真っ直ぐ差し出された手に、鳥はパカパカと嘴を震わせる。

「あ、あの…」

「はい」

「あのっ、と、鳥人間コンテストは1名までアシスタントがつけられるんです…その、だから」

鳥は嘴を噛み締めた後、両羽で菜々華の手を取った。

「ぼ、僕がブッコローさんの前で倒れないよう、支えてもらっても、よろしいでしょうか」

「はいっ、一緒に頑張りましょう」

手と羽を取り合った一人と一羽は、コンテスト本部へと向かって歩き出した。

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