第16話 王様との商談は胃が痛い

 二泊ほどして旅の垢を落とし、私たちが王城を訪ねたのは赤の月四日、つまり期日の三日前だ。


 応接間でしばらく待たされたのち、王様と王妃様が現れる。


「よ。待たせたな」


 くらいの軽いノリで。


 同行したジュリアンが目を丸くした。まあ、そりゃ驚くか。

 庶民のイメージとしては、謁見の間で玉座のうえにある国王陛下ってのがすべてだもんね。あるいはバルコニーから手を振っている姿とか。


 あれは公的な場だから。

 プライベートにおいては、王様だって普通に振る舞っている。


 で、私たち商人と会うってのは、完全にプライベートな用事だから格式張った態度はとらない。


「モルト公から話はきいてる。お前が噂のアリアニールだな」

「お耳汚しでした。公爵閣下がどんな悪口を陛下に吹き込んだのか、怖くて訊けません」


 微笑んで一礼。

 ジュリアンとサラもそれにならう。


「養女にするって手があるなら、自分のところでもらえば良かったと嘆いてたわよ。彼の御仁は」


 くすくすと妃殿下が笑う。

 ということは、私がアズラル伯爵の娘だって知ってるのかな?


「市井に降りたからこそ、面白いことが色々できます。貧乏貴族の娘でいるよりずっと」


 私は笑みを返した。

 平民って身分も悪くないですよ、と。


「ペルージャー織りを超えるような代物を創り出すというのは、さすがに面白すぎるけどな。モルトの野郎が自慢たらたらに見せびらかしにきたときは、くびり殺してやろうかと思ったものだ」


 がっかっはっと笑いながら、はやくサンプルを見せろと王様が要求してくる。


 どーでもいいけど口が悪すぎる。

 よくいえば気さくってことなんだけど、じつはこれ単に私たちを同格の人間だと思ってないってことだ。


 彼らにとって人間とは、貴族階級、しかも上の方の人たちのことだから。

 平民の商人なんて動物と一緒。醜態をさらしたって、なーんにも恥ずかしくないんだよね。


 貴婦人たちが使用人の前で平然と服を脱いじゃうのと同じ。

 犬や猫に裸を見られて恥ずかしがる人なんていないでしょ? そういうことなんだよ。


 平民からすれば業腹な話だけど、べつに今に始まったことじゃない。


「一般的な図案のものがこちらでございます」


 うやうやしく、私たちは荷物の中から取り出したマコロン織物のサンプルを手渡す。

 もちろん内心の思いなど声にも表情にも出さない。


 まあ、仮に出したとしても気にとめないだろうけどね。王様は。

 平民が無礼なことをして手打ちにされる、なんてシーンが物語でよく描かれてるけど、実際はそうでもない。


 さっき例に出したとおり、高貴な方々は平民を同じ人間だと思っていないもの。

 犬や猫が礼儀を知ってるわけがないだろ、くらいの感じ。


 手打ちにされるとしたら、無礼だからじゃなくて怒らせたから。

 大事にしている服とか敷物とかに粗相をしたら、犬や猫だって殺されるって話なんだよね。


 無礼では怒られないけれど、機嫌を損ねるようなことをしちゃダメ。

 これが、平民が貴族と付き合う場合に留意すべき点である。


「これは素晴らしいな!」


 手に取って肌触りや縫製を確認し、王様が感嘆した。

 モルト公爵にも見せた見本品だ。製品と同じ手法で織られているし、図案もはっきりと判るようになっている。


「ありがとうございます。こちらは既製品のサンプルですが、もちろんフルオーダーに応じることもできます」


 応えたのはジュリアンだ。

 私にばかり喋らせているわけにはいかない。彼自身の修行でもあることだから。


「どんな図案でも作れるのか? マコロンよ」

「どのようなものでもお任せください、と言いたいところですが、残念ながらできるものもあればできないものもございます」


 申し訳なさそうに言って一礼する義兄。

 ものすげー奇抜なデザイン案とかを出されても職人たちは作れない。

 だから直接に王様に会ってアイデアをいただき、それが実現可能かどうかを判断するのである。


 口で言うのは簡単だけど、実際にはかなり危険を伴う交渉だ。

 平民の無礼さに貴族は怒らないが、自分の要望が通らないとものすごく不機嫌になるから。


 王様と王妃様が出すデザイン案に対して、簡単に「ダメですね」なんて言ったら、その場でばっさり斬られかねない。

 ファウルラインの見極めが、非常に重要になるのだ。


「私どもも、しっかりと勉強させていただきたく思います」

「なあに、これを見てしまったらあまり偉そうなことは言えん。モルトめが既製品を買い占めたというのも判る」


 私の言葉に王様が笑う。


「一時期、自分の家で預かっていた伯爵家の娘が、商人に転身してとんでもないものを商い始めた、なんて聞いたときは眉唾だと思っていたのだけれどね」


 王妃様も笑った。

 実物を持ってきて見せびらかしたってことだよね。


「で、見せびらかすだけ見せびらかして、帰っちゃうんだもの」


 ぶーっと頬を膨らます王妃様。

 この人はたしかモルト公爵の従妹にあたるはずだ。


 つーか献上しなかったのかよ、モルト公爵。

 ひどい人だな。

 なにがひどいって、きっと私への援護射撃のつもりなんだよ。これ。


「これは既製品ですので陛下にお渡しするような格式のものにではありません。ライールのマコロン商会でフルオーダーなされるのが、王者の風格というものかと、だと。そんなこと言われたら黙っていられんからな」


 ほらね。

 モルト公爵としては、マコロン織物に「王様が指名買いした」という金縁で飾ってくれようとしてるんだ。


「王妃とじっくり研究したい。二日後にまた訪ねてくれるか? マコロン」

「承知いたしました」


 うやうやしく一礼し、私とジュリアンは席を立った。

 王様たちはそのまま部屋に残り、侍従さんに案内案内された私たちは通用口へと向かう。




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