ボクとユキ、緘黙症の聲。feat瞳に映る愛の調べ

蒼井瑠水

告白(二度目)

 これはボクの初恋の『軌跡』、そして私が呪縛から解放されるまでの『物語』

 

「あたし、翼くんが好き。付き合って」

 ごめん。ひとみさん、君の気持ちには応えられない。

『いつかは君の声、きかせてね』

 恥ずかしいけど、あなたになら。

「翼くん、いつか私と付き合ってね?」

 私はあなたに逢う為に生まれてきたんだ。

 歌われ尽くした愛の唄、語られ尽くした愛の物語。

 その中のほんのちっぽけな、ボクの、私の、あたしの、アオハル恋物語。


『一目惚れでした。付き合ってください』

 高校入学初日、放課後の薄暗い教室の中で告白された。クラスメイトの一言も喋らない不思議な女の子に、だ。

 告白は初めてじゃない、されるのは二度目だ。でも断った。

 しかし、今回のこの子の告白にはあの時とは感情が違う。鼓動が高鳴る。肌が、体中が熱くなる。握り拳には手汗がびっしょり。完全に緊張してる。そんな僕に断る理由なんてない。勇気なんてなかった。

 喋らない彼女が声を使わずに伝心させるため使った方法は手紙だった。だから手渡された便箋の真ん中の一言、『一目惚れでした。付き合ってください』の言葉が僕の視界から離れなかった。

 改めて、彼女を見やる。

 桜色の長い髪、パーマでもかけてるのか緩い曲線を描いている。その中に包まれるのは雪のように真っ白な肌、だったのだが、時が経つにつれて髪の色よりも赤く染まっている。木陰の柔らかな黒を閉じ込めたのような黒瞳と形のいいちっちゃなわななく薄紅色の唇。何もかもが完成された人形のような女の子だった。

 だからだろう、こんな言葉が口を突いたのは。

「ーーこれはほんと?ほんとにそう思ってる?」

 きゅーっと目をつぶって肩を震わせてた彼女がぴたりと止まり、顔を上げた。 

 女の子の顔は愕然としていた。まるで酸鼻な光景を目にしたように。その大きな目を目一杯開いて、涙を滲ませていた。

 それでやっと自分の失言に気付いた。相手の好意の真偽を問うてるからだ。

 相手にその気持ちは嘘なんじゃないかって聞き返してる。それはある意味振っているようなものだ。

 声で伝えられず手紙に書いて伝えないと告白出来なかった彼女にはなおさら傷付けただろう。

 ーー謝らないと。

「ごめんそういうつもりで言ったんじゃーー」ないんだ、そう紡ごうとしたのに僕の口は動かなくなった。

 彼女が俯いて息を荒げていたから。豊満な胸の前で拳を握っていたから。

 怒っているーーのか?怒らせてしまったのだろうか?

 しかしそんな想いは杞憂に終わった。

 彼女が一歩歩みでていた。彼女の髪が鼻をくすぐる。ーー桜の匂いだ。

 身長の低い僕は、彼女と同じくらいの背丈。いや、ほんのちょっとばかり彼女の方が上か。

 彼女の前髪が肉薄する。近い。桜の匂いが一気に濃くなる。そのまま僕の両眼に入るかと思ったけど違った。顔の横をすり抜けて耳にふわふわしたものが当たる。

 くすぐったい。

 同時に生暖かい風が耳の中に入り込む。吐息か?ふうっと艶めかしい女性の息遣いだ。

 その思考は刹那。一刹那の時の中で感じたものは僕のなにかを掻き乱す。

 ぐちゃ。ぐちゃぐちゃーー

 脳髄の奥深くで音が響くのが分かった。その後の一拍、秒針がひとつ動く程度の間。0.五九秒に0.0一が足された瞬間に僕の心は踏み拉れる。

 春に吹く花を撫でるような風の音。マイクロ単位の雪の混ざった冷たい儚さの残る温度の囁きが耳元で残響する。

「好き。大好きです。ほんとです」

 彼女の顔が目の前にすぐそこから現れる。

 口を真一文字に引き結んだはにかんだ顔が。

 そんな顔さえも愛らしいと思ってしまう程の端麗な顔が。

 そこにある。

(そう……かーー)

 僕の中で答えは決まっていた。でも中々言葉にならない、喉を通って声にーーならない。

 だから僕は、

「ごめん」

 彼女を抱き締めてそう言った。

 女の子を抱いた事なんてなかった。だからなおさらどきどきした。彼女の豊満な胸が押し当たる。柔らかい。すっごく。大きなマシュマロを沈み込ませてるような、そんな感じ。

 羽根のような髪が僕の手の内側にある。それをもっと引き寄せた。

 そして呟く。

「これが僕のーー答えだよ」

 掠れそうになった声を腹の底から押し出した空気で何とか音にする。声にする。

 僕の返答に彼女は、

「ーーーーっ」

 僕の肩に深く顔をうずめて、僕の背に手を当てた。力が込められる、強く、強かに。

 声もなく嗚咽もなく、ただ鼻をすする音だけが耳元で聴こえた。

 その綺麗な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、僕の学ラン制服をびちゃびちゃにしているのは、分かる。でも彼女の崩れた泣き顔だけ見たくなかった。

 あまりにも可哀想に思えたから。

 これが僕の初恋だ。

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