第5話 春咲く蘭菊 その3

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

   ◆   ◆   ◆   ◆


 初日なので起きていたいのだが誘惑に勝てそうにない。

 そういえば静かなので無視していたが粘土フィギュアが静かだ。机の縁に座って背中を見せている。微かだが頭が揺れている。

 遠慮はしない。

 こいつの頭を持ってこちらに向かせた。瞼を閉じて一定間隔で船を漕いでいる。 まずは腰と思える位置を持ってみる。そのまま上げてみると足先が机から離れない。机に生えているのか?斜めにしてぶらんと下がった手を机につけてみる。足を浮かせると離れた。

 そのまま逆さにして垂れた髪の毛らしきものを机につけると手が離れる。何某ら机に接触していれば良いらしい。そのまま逆さまで引っ張り上げると机が浮いてしまう。


(うーん。やっぱり机に生えてる。木なのか花なのか?)


「おい風見だったか。手を上げて。何か質問でもあるのか?」

 

 今は古文の時間。先生に指摘されてしまった。まだ、こいつを逆さまにしたままだ。


「すいません。痒くなって頭を掻いてました」

「昨日風呂には入ったのか? 紛らわしい。授業続けるぞ」


 先生はホワイトボードに板書しながら授業を進めていく。


「もしもーし、首が千切れそうなんですが、やめてもらえますかぁ」


 しまった、目を覚ました。慌てて手を離してしまって、ベシャって落としてしまった。


「もう、ひどいよー」


 こちらに顔を向けてくると目尻に水色のピンポン球が付いている。涙か。機嫌を悪くしたのか、プイッとこちらに背を向けて縁に座り込んだ。

その後は突いたりしても、こちらに向いてはくれなかった。そのうちにチャイムが鳴り授業が終了した。良い眠気覚ましになりました。

 

あれっ号令がしない。

前を見ると美鳥が後ろの子に肩を揺すられている。


「先生!すみません。この子、目を回してます」

「早く保健室に連れて行きなさい。保健委員いるだろ」


 教室の前の方が騒然としだした。


「授業おわり」


 先生は告げて廊下に行ってしまった。怒らせたかなぁ。

 その後、美鳥は保健委員に支えられて教室を出て行った。

 最後の授業が終わり俺の周りに人が集まり出した。


「捕まえたよ。さあっいろいろと聞かせてもらおうじゃないか?」


  どうやら質問タイムが始まった。



   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 ◇   ◇   ◇   ◇


 食べ過ぎてしまいました。

 

 午前中に溜まったストレスを無くさなきゃとパスタを1.5盛にしたの。お兄ぃの目、感情が読み取れない冷め切った目で午前中見られていたんだよ。

 メンタルがゴリゴリに削られました。

 すり減った心を満たすのに、先ずは胃袋かと思ってパスタのアラビアータを頼んだ。

 気合いを入れるつもりで、いつも髪は編み込みハーフアップにはしてるのだけれど、さらにクリップで後ろにまとめました。

 太めのパスタをフォークでクルクル巻いて食べたよ。唐辛子の刺激で頭がシャキッ。トマトの酸味で胃を目覚めさせました。フォークが進む、進む。かなりの量を食べきりました。


「美鳥。大丈夫? そんなに食べて」

「うん、食べたい気分だったの。ボーノ、ボーノ。予は満足、満腹」


 トマトソースにまみれた唇の周りを拭い、無糖紅茶でお口の中もスッキリ。気力満タン。これならお兄ぃに会うのも大丈夫と思っていたけど、敵前逃亡みたいになりました。次こそは、だね。


 お腹もくちて、お昼過ぎの授業は古文。お題目を唱えるような授業だったのよ瞼が重くなって閉じてしまいそうになってしまう。

 負けるもんかと姿勢を正すけど、船を漕ぎ出す体たらく。

 もう、堪らないと微睡んでいると体が浮かんでいく。なんか懐かしい。

 記憶の端っこから思い出す。お兄ぃが小さい私を持ち上げている。なんか楽しくて笑っていたと思う。お兄ぃも笑い返してくれた。

 まだ拙い心しかない頃の幸せな記憶。


     えっ

 

 そのまま、お兄ぃは私を横に倒した。転んじゃうと思ってありもしない地面に手を伸ばす。少し怖かった。

 動きが止まらないよぅ。今度は足が上に持っていかれていく。地面に向かって万歳をしているようになってしまった。血が下がってきて頭が膨らむ、痛いよ。弾けちゃう。

 あれっ、足が上に引っ張られてる。それに髪の毛がどっかに引っかかってるの。頭の皮が引かれるー痛いの。

 首も引っ張られる、痛いよ。腰が伸ばされる、関節が抜けそうになる、膝も足首も、痛い痛い、痛いのよ。

 呻きたい、叫びたいけど声も出ないよぅ。苦痛が行き場をなくして体の中に溜まっていく、這いずり回る。

 声が出ないけど喉が裂けたかもしれないぐらい震えている。とまらない。

 もう首が切れちゃうと目をつぶったら、足を掴む力がなくなった。落ちて、ありもしない地面に頭がぶつかったのか大きな衝突音か頭の中に響いた。


 体と心の繋がりが切れて私は暗い深淵に落ちていく。


 意識を失った。





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