思考錯誤? 裏の裏のそのまた裏の…
これまで様々な相手と対戦してきたディトリエの経験として――
GMが『ゲームと結界のルールに反さなければ反則を取らない』というルールに気づける者は少なかった。
だが、この
ディトリエ個人としてはそれを積極的に推奨するし、気づければ相手だって利用可能なのだから、フェアの範疇だと思っている。
しかしながら、そのルールに気づいた上で、それ利用してイカサマを仕掛けてくる者はもっと少ないのだ。
さらに付け加えるのであれば、相手もイカサマをしてくることを前提として、イカサマすら駆け引きの材料にしてくる者など、数えるほどしかいない。
オフィーディアはまさにその数えるほどしかいないイカサマすら駆け引きの材料にする人物の一人。
その為に、オフィーディアはディトリエが<ハートの6>へとたどり着くうような思考誘導を何かしているのかもしれないという疑惑がどうしても湧いてしまう。
並の相手であればここでディトリエがミスしても、どうにかなるかもしれない。そんな希望が抱けるからこそ、無謀にも見える踏み込みが可能となる。
しかし、オフィーディア相手にそんな生温い覚悟では勝てない。
だからこそ、様々な情報でもって、オフィーディアが勝利するあらゆる可能性を摘み取とるべきだ。
ディトリエはその上で勝負をしなければ勝利できないと考えた。
(思考しろッ、見定めろッ、素材を増やせッ! 些細なものすら掻き集めろッ!!
この楽しくてッ、楽しくてッ、最ッ高に楽しくて仕方のない時間をッ、最ッ高に楽しく終わらせる為にッ、オフィーディアの首を確実に
そして、ディトリエはついにその材料に気が付いた。
オフィーディアの手札を覗き込んでいたギャラリーが、微かなサインを送ってくる。
(血塗れの手札? ……血塗れ?)
言われて、塗るりとした感触を思い出す。
(……どこからインクを調達したのかと思ったけど、血かよこれッ!? 正気かッ!?)
思わず胸中で叫んでから、ディトリエは思いなおす。
いや、どこまでも正気だろう。ただ勝つために必要だと思ったから、血を流してインク代わりにしただけだ。
(だが、向こうもそこまでの覚悟で挑んでるってワケだ。そりゃ手強い)
ともあれ、サインを読み解くに、オフィーディエの血塗れの手札はダイヤであると判明した。
ちらりとオフィーディアを見れば、彼女はカードの表面を指でなぞるようにしている。
そういえば先のターンでも彼女はああいう動きをしていたと、思い出す。
カードに血を塗ったのはあの時であり、今なのだろう。
そして血を塗るのに真剣になっているのだろうか。
ディトリエが密かに注視していることに気づいていないのか、その作業を続けている。
(片方は<ハートの5>。
今、血を塗っているのは<ダイヤ>の何か……。
いや……指の動き、5……あるいは6か……?)
思案していると、オフィーディアが顔をあげてこちらを見た。
「あら、まだ考えているの?
答えが出ないのであれば、そろそろわたくしにターンを回して頂けないかしら?」
「慌てるなって。相手がじっくり考えている間の待ち時間ってやつも、この手のゲームの醍醐味じゃないか」
「そこは否定しませんけど」
否定しないのか――そんな感想が湧いた自分に小さく笑いながら、ディトリエは覚悟を決める。
(判断材料としては温いけど、塗りつぶしていたのは<ダイヤの6>の可能性が高いか……いや待てッ!
<ダイヤの6>だってッ?! それは答えじゃなかったのッ!?)
もし本当にオフィーディアが<ダイヤの6>を塗りつぶしていたのだとすれば、自分がたどり着いた答えは間違っていることになる。
(どこだ、どこで間違えた……)
もう一度、オフィーディアを見る。
手札の角度、動かし方……その時、ふと気づいた。
まるでわざとギャラリーに見せるかのようではないか。
(バレていたッ! オフィーディアはあたしがギャラリーを使って手札を盗み見ているコトに気づいていたんだ……ッ!)
そして、そのギャラリーは融通が利かない。
ディトリエに対して送るサインは、ギャラリーが見たままのものになる。
(ギャラリーが勘違いするような角度で、わざと見せていたら……)
カードを血塗れにした本当の理由はそこだろう。
(危なかった……ッ! 思考を完全に誘導されていた……ッ!!)
つまり、最初に排除した可能性。
血塗られたカードが5であるパターン!
その場合、<裏面カード>の答えは<ハートの5>か<ダイヤの5>。
(そして、手札をダイヤだと気づかせてから血を塗っていたのはわざとだ)
気づけて良かった。
こっそりと安堵の息を吐き、ディトリエはシニカルな笑みを浮かべた。
「参ったぜ。想像以上の難敵だった」
「あら、ありがとう。それで降参するの?」
返答は優雅な笑みとともに。
余裕を持った淑女の笑み。だがその笑顔の奥にある凄みと気迫は、これまで戦ってきた誰よりも強い。
「まさか」
それに気づかないふりをして、ディトリエは軽く肩を竦めた。
(事前にハートの数字を誤解させ、その後でダイヤもそうだと思わせる。
そういう手だったんだろうが、気がつけたのだから問題ない)
つまり、彼女が手札で血を塗っていたカードは、本当に<ダイヤの6>であったのだろう。
その為、<裏面カード>は6ではなくなる。
危うく最初にたどり着いた6と答えるところだった。
だが、本当の答えは5だったのだ。そして最初にハートの何かを5と錯覚させてきた。
その為、選択肢は<ハートの5>と<ダイヤの5>の二択となる。
(外せば終わりだけど、最初から外れる答えを言わされるよりマシだ)
外してしまったのであれば、自分の運がそれまでだっただけのこと。
(これだけ楽しい勝負であれば負けたって儲けモンだ。
ま、負ける気はサラサラないけどなッ!)
だからこそ、ディトリエは告げる。
「GM。答えるぞ」
『かしこまりました。してカードは?』
「<ハートの5>だ」
オフィーディアへの敬意と畏怖と感謝を込めて。
そして沈黙が流れる。
GMが答えるまでの僅かな間。
けれども永遠にも感じる刹那の沈黙。
その沈黙を破って聞こえて来たのは「ぶぶーっ!」という気が抜けるような不快な感じのような、奇妙な音だった。
『残念。ハズレでございます』
「あ~らら」
二択を外してしまったらしい。
どうやら、自分はこれまでのようである。
ディトリエは素直に手札を表向きにしてテーブルへと放った。
「GM。追加のカードはいりません。このまま答えてしまっても?」
『オフィーディア様がよろしければ』
GMにうなずくと、オフィーディアはこちらに向けて微笑んだ。
そうして、ディトリエの敗北を告げる武器の名を、オフィーディアは告げる。
「ディトリエ、貴女に奪われた
そう前置き、オフィーディアはディトリエへの敬意と畏怖と感謝を込めて、その答えを口にする。
「答えは――<ダイヤの6>よ」
その言葉に――
「……は?」
――ディトリエは思わず変な声を出してしまった。
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