第四章 ~『子悪党のボヤ騒ぎ』~


 クレアはギルフォードと共に村を巡回していた。稲穂が黄金に輝く畑を横目に、彼との時間を満喫する。


「二人っきりだと子供の頃を思い出すね」

「懐かしいですね」


 共に領地の畑を駆け回った記憶が想起される。自然と笑みも浮かんだ。


「あの頃のクレアは僕にベッタリだったね」

「ふふ、いつも、お兄様の後を追いかけていましたね」


 血は繋がっていなくても、二人は大切な家族だった。それは子供の頃から変わらない。


「クレアは覚えているかな? 僕が魔物に襲われて怪我をしたとき、君が泣きながら看病してくれたことを」

「覚えていますよ。懐かしいですね」

「あの時、僕は誓ったんだ。この娘を一生守り抜こうってね」

「お兄様……ッ」


 まるで愛の告白を受けているようで、クレアは僅かに俯き、頬を赤く染める。兄妹に対する愛情だと分かっていても、意識せずにはいられなかった。


「クレア、僕はね――」

「女王陛下、伝令です!」


 ギルフォードの言葉を遮るように、馬に乗った兵士がクレアたちの元へと駆け寄ってくる。二人の顔付きは兄妹のものから、国を想う女王と公爵へと変化していた。


「畑を燃やそうとしていた男を捕まえました」

「帝国の人ですね?」

「はい。すぐにいらしてください」


 先導されるがままついていくと、縄で縛られた髭面の男が待っていた。取り囲む村人たちは怒りで眉間に皺を寄せている。


「畑を燃やそうとしたのは、あなたですね。どうしてそんな真似を?」

「理由はない。ただのストレス解消だ」

「わざわざ帝国からやってきてですか?」

「…………」


 髭面の男は俯いたまま、黙秘を貫く。態度から簡単に白状するとは思えなかった。


「僕に任せてもらえるかな」

「お兄様ならもちろん構いませんが、何か手があるのですか?」

「まぁね。こういう相手は慣れっこだから」


 アイスバーン公爵領の治安維持に努めてきたギルフォードは、無法者の相手にも心得がある。魔力を手の平に集めると、炎を浮かべる。


「ルインもゴブリンのストックがなくなって、追い詰められたようだ。相手が人なら知りたい情報はいくらでも引き出せるからね」

「な、何をする気だ?」

「この炎で分からないかな?」

「ど、どうせ脅しだろ。命を奪う度胸もないくせに」


 男はギルフォードの柔和な顔立ちを見くびっていた。とても人を殺せるような人物ではないと見做していたのだ。


「僕は君を殺せないかもね。でも傍にはクレアがいる。死なない程度に焼いた後、治療してもらうといい」

「――――ッ」

「火傷で気を失うほど痛いだろうけど、あとで元通りにするから安心して欲しい。さぁ、尋問を始めようか」

「わ、分かった。白状する」

「随分、あっさりだね」

「俺は痛いのが苦手なんだよ」


 ふぅと息を吐くと、髭面の男は観念する。金で契約していた関係は、裏切るのも早かった。


「だが俺はほとんど知らないぞ。正体を隠していたから、依頼人が誰かも分からないからな」

「依頼金は?」

「前金で金貨五十枚、成功報酬で金貨百枚だ」

「随分と大金だね」

「俺以外の奴にも王国の畑を燃やすように依頼しているそうだからな。資金量から考えても、帝国貴族の誰かだろうな」


 男の反応から嘘を吐いているとは思えなかった。依頼人の正体を知ることは不可能だと分かる。


「犯人の証拠が手に入ればと思ったけど、さすがに甘くないね」


 ダリアンたちは帝国の権力者だ。追求するなら証拠は多いほうが望ましい。だがチャンスを逃しても、ギルフォードの表情に悲壮感はなかった。


「すべては順調だ。計画通りに進んでいるね」

「ですね」


 二人は昨夜の出来事に想いを馳せる。それはアレックスの屋敷で語った計画についてだった。


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