第四章 ~『二人の悪巧み★ダリアン視点』~


『ダリアン視点』


 帝国内にある屋敷の一室、第二皇子のダリアンは私室のソファに背中を預けていた。雲に沈んでいくような感覚を味わいながら、瞳を閉じて心を落ち着かせる。


 問題に直面した時、ダリアンが冷静になるための習慣である。


 だが沸々と湧き上がる怒りは、いつものルーティンを以てしても鎮めることはできなかった。眉根が寄せられ、表情が険しくなる。


「クレアの存在がこれほど忌々しいとはな!」


 ダリアンはソファから起き上がると、勢いに任せて執務机を叩く。その音に反応し、傍に控えていたルインがビクッと反応した。


「クレアがまた何かしたのですか?」


 恐る恐るルインが訊ねると、感情的になった自分を恥じ、ダリアンは平静さを取り戻す。


「ルイン公爵も知っての通り、王国は小麦を自給自足で生産するようになった」

「他国に依存しなくなったんですよね」

「そうだ、つまり帝国からの間接的な支配から脱却したのだ」


 王国は帝国からの小麦の輸入を続けているが、それは安価であり、国際関係を良好にするためだ。もしウィリアムが価格を上げるようなことがあれば、それを理由に帝国からの輸入量を減らすだろう。


 これができるのは国内で自給自足が成り立つからだ。帝国に食料を依存していると、要求をすべて受け入れるしかなく、実質的に支配されている状態となってしまう。それを避けることにクレアは成功したのだ。


「今や王国でのクレアの人望はうなぎ登りだ。しかもその影響は他国にまで及んでいる」

「他国とは共和国ですか?」

「その通り、共和国に上質な小麦粉の販売を始めたのだ。この調子で共和国内に友好的な者が増えれば、軍事演習の嫌がらせも長くは続かないだろう」


 アレックスを王都から遠ざけるための策は、ダリアンと共和国の将軍が親密だからこそできたことだ。


 ダリアンを上回る関係性をクレアが構築できた場合、嫌がらせを止めるだけでなく、彼の邪魔を共和国がしてくることもありうる。


「これ以上、好きにさせておけば、我らはより不利になる。短期で決着を付けねばならん」

「ですがどうすれば……」

「人望だ。クレアは皆から愛されているから女王として君臨できるのだ。失望されれば、すべてを奪うことも容易い」


 とはいえ、人望を失わせることは困難である。クレアの人間性に問題があるなら話は別だが、温和で優秀な彼女を嫌う者が少ないからだ。


「小麦を奪うしかないか……」

「共和国への輸出を止めるためですね」

「さらに人望を落とすことにも繋がる。クレアは貧困層に無料で小麦を分け与えている。だがこれは諸刃の剣だ。なにせ人は施しを受けた瞬間は感謝するが、それがなくなると理不尽に怒りを覚えるからな」


 小麦の無料配布を止めれば、貧困層からの支持をなくすことができる。それは王国を乗っ取る上で重要な足掛かりになる。


「小麦といえば、第一皇子も厄介ですよね」

「我々の領地への販売価格を上げてきたからな。足元を見ているのだ」


 帝国内の小麦の生産はウィリアムが牛耳っている。そのため嫌なら他国から購入する必要があるが、周辺諸国も今年の収穫量が少ないのか、価格が上昇していた。


 王国からなら安価で手に入るだろうが、クレアと王位を巡って争っている現状ではそれも難しい。結局、ウィリアムの言い値で買うしかなかった。


「クレアの人望を落とし、小麦を安価で手に入れる妙案はないものか……」

「それでしたら、両方の問題を一挙に解決する手段がありますよ」

「ほぉ、それは興味深いな」


 ダリアンはルインが語る計画に耳を傾ける。その内容の悪辣さに、彼は口元をいびつに歪めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る