第三章 ~『戦地への見送り★ギルフォード視点』~
『ギルフォード視点』
王宮前に巨大な馬車の軍団が止まっていた。客車は鉄で覆われ、まるで戦車のようである。そんな装甲馬車の隊列の中心にある一際大きな馬車の車窓から、アレックスが顔を出した。
「見送りに来てくれたのか、ギルフォード」
「今生の別れになるかもしれないからね」
「俺は不死身だ。共和国の奴らと戦争になっても、必ず生きて帰ってくる」
「心配はしてないさ。なにせ叔父さんは強い人だからね」
アレックスの力を誰よりも信頼していた。ギルフォードが小さく目を細めると、彼は大きく口をあけて笑う。
「共和国の奴らが始めた軍事演習はただの脅しだ。戦争なんて起きやしねぇよ」
「そうであると願いたいね」
「根拠もある。第二皇子と揉めてすぐに演習が始まったのはタイミングが良すぎるからな。まるで俺を王都から引き離すための演習だ」
「共和国の将軍と第二皇子の仲は親密だそうだからね……でも仮にこの軍事演習がただの脅しだとしても無視はできないよ」
「本当に侵略してくる可能性もゼロじゃない。俺がしっかりと国境を見張らないとな」
本心ではクレアのためにも王都に残りたいと願っているのだろう。苦々しい表情が浮かんでいる。
「クレアはどうした?」
「別件で見送りには来れなくてね。でも心配していたよ。ほら、これ。クレアの手作りのお守りだよ」
「それは嬉しい送別品だな」
ギルフォードが手渡したお守りには、スタンフォールド公爵家の家紋である薔薇の刺繍が描かれていた。それを見たアレックスは昔を思い出すように目を細める。
「クレアが子供の頃、十年以上前の話だ。俺が病気で寝込んだことがあってな。その時に見舞いに持ってきてくれた薔薇を思い出した」
「叔父さんの育てていた薔薇を間違って摘んじゃったんだよね」
「そうさ。でも嬉しかった。なにせ俺の体調を気遣ってくれたんだからな。昔から優しい娘だった」
子供のいないアレックスはクレアのことを実の娘のように可愛がっていた。だからこそ離れ離れになるキッカケを作ったルインや第二皇子に怒りを覚える。
「あいつら、いつか成敗してやらないとな」
「叔父さんが相手ならきっとルインも震え上がるはずさ」
「おう。でもその前に、ケントの奴をきっちりと守り抜かねぇとな」
客車にはもう一人乗っていた。ルインの父親であるケントである。護衛のために、彼も国境沿いまで同伴することになったのだ。
「トラブルが解決したら、王都に戻ってくる。それまでクレアを任せたぞ」
「もちろん、僕の命に代えてもね」
「お前は子供の頃から頼りになる奴だからな」
「そうかな? 僕が子供の頃は叔父さんに叱られていた記憶しかないけど……」
ギルフォードは幼い頃から高い知性を有していたが、興味が湧くと危険を顧みない好奇心旺盛な一面も持ち合わせていた。だからこそ、幼少の頃の彼の記憶は、アレックスに叱られた思い出ばかりだった。
「危なっかしいところはあった。だが勇気もあった。ほら、覚えているか。クレアが上級生たちに養子だと馬鹿にされていた時、お前、一人で立ち向かっただろ」
「まだ僕の方が小さかったから、返り討ちにあったけどね」
「だが俺はあの頃からギルフォードは凄い奴だと認めていた。その勇敢さはきっと王国の大きな宝になるとな」
「叔父さん……」
「だが大人になってから少し臆病になった。クレアとの関係性をいつまで兄妹のまま保ち続けるつもりだ」
「まいったな。叔父さんには僕の本心が見抜かれていたんだね」
「馬鹿言え。みんな知っていた。隠せていると思い込んでいるのは当人のみさ」
「…………」
ギルフォードは黙り込むと、真剣な面持ちで、自分の感情を整理する。そして本心を隠さないと決める。
「ああ、そうさ。僕はクレアを愛している。血は繋がっていないが兄妹だからと我慢してきたが、本当は彼女と結婚したい」
「ならそうしろ。俺はお前たちが結ばれることを誰よりも願っているぜ」
「叔父さんもね。いい年なんだから、早く結婚しなよ」
「ほっとけ」
アレックスは、「じゃあな」とだけ言い残して、馬車を発車させる。馬が畦道を踏み歩く音が聞こえなくなるまで、ギルフォードはその姿を見送り続けるのだった。
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