第5話 星の瞬き

 一時間ほどして帰ってきた山井君に誘われて少し風の吹き始めた外に出た。二人はぎこちなく歩きながら再会したあの牧場まで来ていた。

「良い天気だな」

 空には満天の星。風が静かに吹いている。

「晴子。俺まだ志望校決めてないんだ。お前……もう決めてたんだな」

 星を数えながら山井君が言った。

「俺、お前に好かれてるような気がしてたんだ。この前七夕で会った時も学校ですれ  違う時なんかも、お前の気持ち感じてたんだ。

 だから、卒業までにもう少し近づきたいと手紙を書いた。坂上のこと、みんながはやし立てるたびに俺も一緒になって半分馬鹿にして、いいかげん諦めろって笑いながら、気持ちを伝えられない自分に腹がたった。

 俺の勇気の塊のあの手紙にも期待してた反応がなくて、夏休みが近づくにつれて焦り出した。話をしてみようと教室に行った。

 けど、あの日はあまりに絶望的でさすがの俺もまいったよ」

 山井君の素直な言葉に、聞いているこっちがまいっていた。答えようが無くてうつむく。どう返事したらいいのかわからない。

「晴子。良い夏休みにしような。高校最後の夏休み。俺は此処で勉強して自分の進路を決めるかな」

 何も答えない横顔に優しく語りかける。

「お!上見てみろよ。綺麗な天の川だぜ」

 上目づかいに空を見上げると…満天が、包み込むように幾千の星が瞬いていた。スーッと線を引いて流れ星が消える。

「あ……」

 思わず小さく、つぶやいた。


 夏の間。この観測所には、たくさんの人が訪れる。近くのキャンプ村の団体、ふらっと立ち寄った若い二人づれ、ツーリングしながら星巡りをしているバイカー。

一見、星には縁が遠そうな人達。いろんな人がぽつぽつとやってきて星を眺めていく。

 星は誰にとっても心の休まるものらしい。そこにあるだけで人の心を包み込んで癒してしまう。星というものはそう言うものらしい。

 幼い頃から星に憧れて、星、星と言いながらそこにお父さんの姿を求めていただけで星の懐の深さなんて理解していなかった。

 ここに来る人たちは心から星を愛している。その優しい眼差しは疑いようがないほどキラキラ輝いて眩しい。

 前庭に深く腰掛けると上半身が倒れてゆったりと星を眺められるイスがある。そこに二時間も三時間もその姿勢のままで星を見続けている人がいる。寝袋にくるまって星を仰いでいる人もいる。毎晩、母さんを手伝ってそんな愛好家にコーヒーを提供する。

 初心者向けの星空講座を宏輔さんが熱心にしている。見つけ易い夏の大三角から説明を始めて、蠍座、カシオペア、乙女座のスピカを捜す。こんな身近に有名な星達がひしめき合っていることに大抵の人は驚く。

 でも、見えすぎる星空で星座を捜すのはとても苦労することだった。宏輔さんの横で聞いている山井君は星の捜し方をすっかり伝授されて、今では星が捜せない人のナビゲーターが出来るまでになっていた。

 流れ星がすじを引く度に歓声が上がる。ISSもゆっくり進んでいる。

 あ、また……この短い一瞬の間に願い事なんて唱えられそうもない。

 でも、流れ星を見つけた人の幸福そうな顔。見つけただけで幸福になれるんじゃないかってそんなことを思った。

「晴子。七夕の日見えなかった牽牛と織姫。あれがアンタレスあれがベガわかるか?」

 私はコーヒーを入れて山井君に渡した。

「なに?」

「コーヒー」

「そんなのわかってるよ」

 意地になって話をしない訳じゃない。考え過ぎて言葉を無くしてしまったんだ。それは人間に姿を変えた人魚姫のように山井君と最後まで話せないまま泡になって消えてしまうかもしれないと思った。

「ちぇ、意地っ張り」

 山井君にはそう思われてもしかたない。どう見てもそうにしか見えなかった。

 母さんは、そんなガタガタしている私達を心配そうに見守っている。親だけに優しい子でいて欲しいと願う反面。仲が良いのも気がかりなようだった。

 静かな夜は、早苗じゃないけど勉強がはかどる。二人は、別々の部屋で夜遅く迄明かりをつけて受験勉強していた。お互いにヘッドフォンをはめてラジオ放送を聞いたり、英語のヒヤリングをしたり、それぞれ自分の世界に入っていた。

 時々同級生の顔が浮かぶ。みんな頑張ってるんだろうな。自分だけ取り残されてるような不安な気持ちになる。早苗のことが気になる。私は勉強の手を止めて早苗に手紙を書いた。

  

  結城早苗様

 夏休み、いかがお過ごしですか?こちらは気候だけはGOOD!とてもおだやかで暑気知らずです。こっちに来て以来忙しくて星も見ないでいたけど、この頃星を見る機会も増えて、北海道の、宝石箱をひっくり返したような見事な星空にため息をついています。

 早苗は勉強はかどっていますか?また、そちらに帰ったらわからないとこのアドバイスなどしてね。

                              芳野晴子

 

 いろんなことがあるけど早苗に心配させるのは嫌だ。当たり障りのない手紙を書いてペンを置いた。そう言えば、山井君が来なかったらまだ星空見てなかったかもな……ごろっと横になった。

 明日は大学見に行ってこよう。急にそんな気になった。観測所に電気がついている。父さんが仕事をしているんだ。窓の外を眺めると星が目一杯瞬いていた。

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