09

――リリーウム帝国軍の陣から離れた平原。


ここに陣を構える反乱軍ラルリベの指揮官プルドンが、斥候せっこうからの報告を聞いていた。


プルドンは反乱軍ラルリベの四将軍の一人。


短いブラウンヘアに立派な髭をたくわえている大柄な男だ。


プルドンは自前のひげを触りながら、昼間に見つけたリスを連れた女の正体を気にしているようだった。


「では、その女がリュドラ·シューティンガーの代理でこの戦場へ来たということか」


シューティンガーは代々弓矢の名手の家系。


さらにリュドラは、若いながらもリリーウム帝国内で評価の高い人物だ。


プルドンは、そんな高名な人物の代わりに来た女の素性を、すでに調べていた部下に訊ねた。


代理でやって来た女の名はクスリラ·ヘヴィーウォーカー。


その名は、元々はリリーウム帝国軍にいたプルドンでも、聞き覚えがない人物だった。


「ふむ。聞かん名だが、一体どのような人物なのだ、その女は?」


「はッ、調べたところによりますと。幼い頃に戦争で父を亡くし、その後に母が病死してからはシューティンガー家に引き取られたとのことです」


「すると、今回の人選は身内を贔屓ひいきしてのことか。それとも俺が知らんだけで実はかなりできる人物なのか? そのヘヴィーウォーカーというのは?」


訊ねられた兵士とは別の男が答えた。


クスリラ·ヘヴィーウォーカーという女は、リュドラ·シューティンガーと同じ軍学校には通っていたが、卒業後は軍に入隊することなく、特に表に出てくるような人物ではないと。


その答えに、プルドンは顔をしかめた。


名もない民間人を登用する理由がどこかにあるはずだと、触り続けている髭をさらに丁寧に撫で始める。


しかし、これといって気にする相手ではないと、その場にいた者たち全員が進言した。


実際に、現在の戦況はプルドンの狙い通りに膠着こうちゃく状態だ。


このままブティカをここで動けなくしておけば、反乱軍の本隊が動きやすい。


動かない敵を動かすことができる者など、たとえどんなに有能な策士にもできない。


自分たちは本隊がリリーウム帝国の本国を攻撃するまで、ここを守っていればよいのだと、笑い声が上がっている。


それどころかいっそのことブティカの軍を叩いて、本隊と合流してはどうかなど、完全に相手を舐めている発言まで出ていた。


思い通りに事が進んでいると、軍という集団は慢心まんしんしやすくなる。


しかも相手は、リリーウム帝国軍の中でも一二を争う勇猛さで知られるブティカ将軍だ。


それだけの実力者を翻弄ほんろうしているのもあって、兵たちに油断がしょうじるのも仕方がない。


「お前たち、気を抜き過ぎだぞ」


だか、それでもプルドンには一欠片の慢心も油断もなかった。


それは彼がブティカの実力をよく知っているというのもあったが。


何よりもまったく情報がない人物が現れたときほど、より気を引き締めるべきだということを信条しんじょうにしていたからだった。


今のところリュドラ·シューティンガーの代理で現れたクスリラ·ヘヴィーウォーカーという女に関してわかっていることは、彼女が軍学校出身ということと、シューティンガー家に育てられたということだけだ。


そこから考えるに、けっして気を抜いていい相手ではない。


教育を受け、血こそ繋がってないにしても、名門シューティンガーの家の人間なのだ。


プルドンには戦場に出てから、彼にとっての軍神のように崇めている言葉がある。


それは獅子搏兎ししはくと――。


意味は簡単なことでも全力で取り組むことで、獅子はウサギのような弱い動物を捕まえるときも、全力を出すということからできた言葉である。


それゆえに、プルドンにとって相手が正体不明なほど恐ろしい敵となる。


そんな彼をよく知る兵たちも、指揮官の言葉にゆるんでいた表情を引き締めていた。


兵の数は互角。


ならば、あとは総大将同士の駆け引きや器の勝負になる。


勇猛で知られるブティカだが、以前の戦で、すでにどちらが将として上かは結果が出ている。


まんまと敵から送られた酒だと知らずに飲み出し、そのせいでやぶれたのだ。


そのときに格付けは終わっている。


剣の腕ならば誰にも負けない女将軍とはいっても、プルドンと比べたら所詮しょせん猪武者いのししむしゃでしかない。


反乱軍ラルリベの兵士たちは、自分たちの勝利を信じて疑わない。


すべてはプルドンの思い通りに動いている。


帝国軍が攻めてくれば守りを固め、諦めて本国へ戻ろうとしたら追撃すればいい。


どちらにしても、こちらが負けることはない。


「たとえ相手が名も無き民間人であろうと、今のまま対応するのだ。けっして相手を見くびるなよ。なにより敵の将はあのブティカ·レドチャリオ。たとえ一人でも二、三百人は斬り殺す女だぞ。調子に乗れば一気に流れを変える力がある奴だ。これまで通り強固に陣を守り続けろ」


ゆるみかけていた反乱軍ラルリベの士気が上がる。


プルドンの指示通りに、相手がどこの馬の骨だろうが一切手など抜かぬと。

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